願い
出来上がった髪飾りを持って、お仲様のところへ伺った。それらを並べてお仲様に見てもらった。
「まあ こうやって並べると野原一面にお花が咲いているようでございますね」 お仲様は手を前で組んで感動してくださった。
「ありがとうございます。喜んでくださって嬉しいです」 私も作った甲斐があったと嬉しくなった。
「ところで、このお支払はどうさせて頂いたらよろしいですか?」 お仲様は言いにくそうにおっしゃった。
「そのことなのですが・・・組紐の材料の代金だけ頂いてもよろしいですか?」 私も言いにくそうに言った。
「えっ? それだけではお里様のもとには?」 お仲様はおっしゃった。
「私はいいのでございます。お仲様への新しい門出のお祝いになればと・・・その代わりといってはなんですが・・・市が開かれる日に、私も一緒にお手伝いさせて頂くことはできませんか?」 私はそう言って頭を下げた。
「お里様? お代を取られない上に、市のお手伝いをしてくださるなんて・・・それではいくらなんでも・・・」 お仲様は困られたお顔をされていた。そして続けられた。
「それに、こちらに何度も来てくださるというだけで、お清様にお叱りを受けておられるかもと思っておりますのに・・・市の日に町へ出かけるなどお許し頂けないのでは?」
「じつは・・・それはお夕の方様にお許しを頂いているのでございます。それに、お夕の方様のお知り合いに組紐を安くわけて頂いたのです」 私は以前、上様に市の開催を是非見てみたいとお話しておいた。上様はおぎんが都合がつくのであれば、かまわないとおっしゃってくれたのだった。ただ、お昼から夕方までの明るい時間だけならと・・・私はそれだけで充分嬉しかった。
「お夕の方様はいったい・・・」 とお仲様は呟かれた後、「それでは今回は甘えさせて頂きます。よろしくお願いいたします」 笑顔で頭を下げてくださった。私はホッとして、一緒についてきてくださったおぎんさんを見た。おぎんさんも笑顔で頷いてくれた。
その帰り道、賑やかな道を歩いていると通りの向こう側に見知ったお顔を見つけた。
「菊之助様!」 私がそう呼ぶと、菊之助様はあっというお顔をされ私たちの方へ近付いてこられた。
「お里殿、今日はお仲殿のところへ?」 菊之助様が尋ねられた。
「はい、菊之助様は町に用事でございますか? そういえば、最近町によく来られているのですか? いつも美味しいお土産を頂いているので・・・」 と私は聞いた。
「えっ? ああ・・・はい。 ちょっと用事がありまして・・・」 菊之助様は少し慌てられたようだった。
(私には言えないお役目もあるのでしょうね。ここは、あまり触れない方が良さそうだわ)
「そうですか。それでは私たちは先に戻らせて頂きます」 そう言って頭を下げてから、おぎんさんと一緒にお城に帰った。
夜、上様に今日菊之助様とお会いしたことを話した。
「お仲様の家からの帰りに菊之助様にお会いしました。最近は町に行かれることが多いのでございますか?」
「ああ 色々用事があるのだろう・・・」 上様の様子が気になったけれど、きっと表のことで何かあるのかもしれないと思ってそれ以上は聞かなかった。
「上様、市へ行くことをお許し頂きありがとうございます」 私は改めてお礼を言った。
「ああ お里も自分が作ったものがどのようにして売られているのか見てみたいであろう?」 上様は私の頬をさすりながらおっしゃった。
「はい、どのような方が買ってくださるのかも楽しみでございます。でも、売れ残ったらどうしましょう・・・お仲様に申し訳ないわ」 私は売れなかったらと思うと心配だった。
「大丈夫だ・・・もしそうなったら、私が全部買い取ってやる」 上様は笑いながらおっしゃった。
「それでは意味がありません」 私も笑いながら言った。
おりんさんのお腹もだいぶ大きくなり、一人では隠し通路を通ってくるのは危ないということになった。なので、頻繁にはお部屋に来られなくなり、週に一度くらい菊之助様と一緒に朝こちらへ来られ、夕方に一緒に帰られるという日があった。
「お腹が大きくなり、子が無事に育っているのは嬉しいことですが・・・お里様と自由にお会い出来なくて寂しいです」 おりんさんはそう不満をこぼされた。
「でもおりんさん、これは上様も心配されてのことですからね、我慢してください」 私はたしなめるように言った。
「はい、わかっているのです」 少し口を尖らせて言われた。
「お里様、市までもうすぐでございますね」 おりんさんが話題を変えられた。
「ええ、今回は一緒に行けませんが今度は一緒に行きましょうね」 私がそう言うと「絶対行きます」 と目をキラキラさせておりんさんが言われた。最近、おりんさんが来られたときは、不安を聞いたり、楽しい話をしたり何もせず会話をするようにしていた。毎日来られていた頃とは違い、菊之助様を一人で待っておられる間、出産に対して不安もあるだろうからせめて一緒の時はおりんさんのお話をいっぱい聞いてあげたいと思ってのことだった。
「お里様、今日は昨日菊之助様が買ってこられたおはぎを食べましょう」 おりんさんは相変わらず食欲旺盛だった。
「はい、そうしましょう。菊之助様は町へ行かれることが増えたようでございますね」 私はおはぎの包みを開けながら言った。
「そうなんです。隠密の時は、ほとんどのことを知らされていたのに・・・今はお休みをしている状態なので、私は知らなくてもいいとあまり教えてもらえないのです」 おりんさんはそう言って拗ねた素振りをされた。
「それはおりんさんに心配をかけないためですね。おりんさんにお話しすれば無理して動かれそうでございますからね」 私は苦笑いをした。
「まあ そうですよね」 おりんさんもそういうご自分をわかっておられるようだった。
「本当に大きくなられましたね」 私はおりんさんに了承をもらってから、お腹を撫でながら言った。
「はい。身ごもっているもののお腹をさするとさすった方も身ごもるというお話を聞いたことがあります。私の子がお里様にも幸せを分けてくれませんかねえ」 おりんさんはさすられているお腹を見つめながら言われた。
「まあ そうなれば幸せでございますね。でも、まずはあなたが無事に生まれてきてくださいね」 私は自分の手の向こう側にいる菊之助様とおりんさんのお子に向かって言った。
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