お仲の幸せ
私たちがお使いに出かけることは門番の方に言っておいてくださったので、門を抜けて町へと向かった。久しぶりのお出かけに私は心が浮き浮きしていた。
「いつの間にか桜も散ってきましたね」 私は歩きながら景色を楽しんだ。
「おりんの子が生まれる頃は暑さも治まる頃でございますね」 おぎんさんが言われたので「楽しみでございますね」と言った。その後は、男子だろうか女子だろうか、どちらに似ても可愛いでしょうね、などと話しながら歩を進めた。
「この辺でございますね・・・」 しばらくすると、おぎんさんがキョロキョロしながら歩かれた。私もわからないのに一緒にキョロキョロとした。
「お里様!」 遠くで私を呼ぶ声が聞こえたので、振り返った。笑顔で大きく手を振られているお仲様を見つけた。私は笑顔で頭を上げた。お仲様に案内されたところは、長屋にしては立派な家だった。私たちは家の中に案内されて、お部屋に通してもらった。
「お里様、来ていただけて本当に嬉しいです。狭いところで申し訳ありません」 お城でお会いしたときより気さくに話されるお仲様は以前より若く見えた。
「あの・・・あなたは?・・・ あっ お夕の方様のお付きの方でございますよね?」 私とおぎんさんは顔を見合わせて以前のことを思い出した。
(御中臈になるための研修をしていたころ、上様がお夕の方様として私に会いに来てくださっていたとき、付き添っておられたのはおぎんさんだったわ。すっかり忘れていた)
「え、ええ、今日はお夕の方様からもお許しを頂いてこちらに来させて頂きました。私のお付きのお鈴が今休養中でございまして」 私は少し焦ったけれど、悟られないように言った。
「おかねと申します。よろしくお願いいたします」 おぎんさんはそう言って頭を下げられた。
(おぎんさんはおかねさんなのね。おりんさん同様、本名は明かされないのだわ。特にお城関係の方には・・・)
「こちらこそ」 お仲様はおぎんさんに笑顔で挨拶された。そして、私の方を向かれた。
「今日こちらへお返事に来られるということは聞いていましたから、朝からずっと外で待っていました」
「まあ お待たせしてしまいましたね。申し訳ございません」 私は頭を下げた。
「いえいえ、私が勝手に外で待っていただけですもの。それより、いかがでしたか?」 お仲様は急に心配そうにされた。
「はい、お許しを頂きました。それで、どのようなものがいいのか一度お仲さんとお話をしたくて、今日はおぎ・・おかねと一緒に伺わせて頂きました」
「本当でございますか? ありがとうございます」 お仲様は飛び上がられるのではないかというほどの喜びようだった。私はその様子がとても可愛らしかったのでクスッと笑ってしまった。
「まあ はしたなかったでございますね。申し訳ございません」 お仲様は恥ずかしそうされた。
「いえいえ、そんなに喜んで頂いてご期待に添えるかどうか・・・」
「お里様にお任せさせて頂きますよ。少し大きめのものや、小さめのものなど色んな種類があると嬉しいです。数の方は、特に決めていないのでお里様の無理のないようにお願いします」 お仲様はハキハキと話された。
「それで、市はいつ頃に開かれるのでございますか?」 私は期日が気になった。
「暑くなる前でございますので、まだ2月程先でございます。ですから、無理なさらないでくださいね」
「わかりました。時間があるようですので、少しずつ作らせて頂きます」
「よろしくお願いいたします」
その時、玄関が開く音がした。
「あっ 帰ってきましたわ。少しお待ちくださいね」 そう言ってお仲様は玄関の方へ小走りで向かわれた。しばらくすると、とても背の高いお顔立ちもスッキリされた方と一緒に戻ってこられた。その方は廊下で慌てて手を付かれてご挨拶してくださった。
「妻のお仲がお世話になります。私は小間物売りをやっております、千太郎と申します」
「私はお里と申します。こちらはお付きのおかねでございます。お仲様には大奥でお世話になっておりました」 私も頭を下げた後、お仲様を見た。お仲様は私がお世話になっていたと言ったところが気になられたのか、千太郎さんの後ろでニヤッと笑われていた。私も同じように笑い返した。
「千さん、お里様が髪飾りのこと引き受けてくださいましたよ」 お仲様は笑顔で報告された。
「本当か? 良かったなあ」 千太郎さんも笑顔でお仲様を見られた。
「お里様、本当にありがとうございます」 千太郎さんはもう一度私に頭を下げられた。
「そんなに頭を下げないでください。お願いいたします」 私も頭を下げた。二人ともペコペコと順番に頭を下げるかんじになった。
「お里様、それではキリがありませんよ」 後ろからおぎんさんに言われ、みんながクスクスと笑った。
失礼しようと玄関を出たところに、人力で引く屋台が止まっていた。
「まあ これで小間物を売りに?」 私は始めて見る屋台に興味深々だった。
「はい、少し見られますか?」 そう言って千太郎さんは屋台を見せてくださった。かんざしや巾着など、着物を身につけるときに必要な小物が色々並んでいた。
「まあ 素敵なものばかりでございますね。ここに、私が作ったものも並べて頂けるのですね。なんだか、やる気がわいてまいりました」 私は実際に商品として並ぶところを想像して頑張らなければと思った。
「私が仕入れるものなど、安物ばかりでございますが・・・お里様が作られたものはきっとすぐに売れてしまうでしょう」 千太郎さんは笑顔でおっしゃった。
「そうなれるように頑張りますね」 私も笑顔で返した。
帰りの道でおぎんさんが私に言われた。
「お里様? お仲様ってあんなかんじのお方でしたか? 私はお里様に水を掛けられて笑われている姿しか覚えていなかったのですが・・・今日のお仲様は初めてお会いした方のように思えます」 不思議そうな顔をされていた。
「それほど今がお幸せなんでしょうね」 私がしみじみと言うと、そんなものかもしれませんねとおぎんさんは納得されたようなお顔をされた。
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