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菊之助様とおりんさんの結婚 ④

次の朝、やっぱり早くに目が覚めてしまった。起き上がろうとすると、上様の手が私の手をしっかりと握っておられたので、起こしてはいけないと布団の中で天井を見ていた。


「ん? お里、起きているのか?」 上様が尋ねられた。


「上様、お目覚めでございますか?」 


「ああ 何だか目が覚めてしまって・・・もう一度目を閉じるか迷っていたところだ」 上様は、握られていた手を離し私を抱き寄せられた。


「私も楽しみで目が覚めてしまいました」 そう言って微笑んだ。


「そうか・・・」 しばらく上様の温もりを感じていた。


「なあ お里?」


「はい」


「お前は菊之助とおりんが羨ましくならないか?」 上様は私の顔を覗きながらおっしゃった。


「羨ましい・・・でございますか?」


「ああ みなに妻が出来たと公言し、堂々と夫婦になれる・・・それに比べて、お前は何か私と一緒にする度にみなに嘘をついて同行せねばならない。不便な思いをさせてしまっているのではないかと・・・」


「そんなことを思ったことがございませんよ。私をこの部屋においてくださっているのは、他の側室方から妬まれないようにと上様と御台所様の計らいでございます。おかげで、このお部屋では上様を独り占めさせて頂いております。それに、同行させて頂く際は御台所様からのお許しも頂いてもらっております。確かに・・・嘘をつくこともございますが、誰も傷つけているわけではございません」


「それはそうだが・・・私がこの立場でなければ、お里はもっと自由に出来たのだろうと思うことがあってな」


「私は上様に見つけて頂き、何故この場にいるのかわからない私をここまで大事にして頂いております。それだけで幸せでございます。不便だなどと思ったことはございません。それに、自由にさせてもらっているつもりです」 不安そうな上様を励ますように笑って言った。

「私には今目の前にいるお里が全てだからな。以前のお里などどうでもいいことだ・・・お里がそう思ってくれているのなら良かった」 上様はホッとしたお顔をされた。


「菊之助様とおりんさん、おぎんさんと平吉さん、皆さん、立場は色々違いますがお互いのことを思って、思われて・・・その方が大事なことのように思います」


「そうだな・・・ありがとう」 そう言って、上様は私をきつく抱きしめられた。


「上様、早めに食事にしましょうか。廊下にお膳があるか見てまいります」 私はそう言って起き上がろうとした。


「なに、急ぐことはない」 上様は私をもう一度抱き寄せられてキスをされた。そうこうしているうちに、時間が経ってしまい急いで朝食をとることになった。その後、上様と私はそれぞれ総触れに向かってもう一度お部屋へ戻った。お部屋へ戻ると、おぎんさんが待っていてくれた。


「お里様、おはようございます。上様はお着替えは表で済まされますので、お里様のお着替えは私がさせて頂きます」


「おりんさん、おはようございます。よろしくお願いいたします」 早速、着替えを始めた。上様が用意してくださっていた着物が掛けられていた。


「今日はこちらを上様がご用意されました。おりんの着物の邪魔をしないように、控えめだけどお里様らしいものをとおっしゃった、と平吉が言っておりました」 


「色が控えめでやわらかい印象のお着物ですね。本当に素敵です」 私は着物を見ながら言った。


「上様は本当にお里様に似合うものをご存知でございますね。私も頭が下がります」 おぎんさんはそう言って相変わらずテキパキと着付けをしてくれた。準備が終わると、今日は表から籠に乗るとのことだった。


「今日は御台所様の代理でございますからね。ですが、玄関までは最低限のものしか控えておられないとのことですのでご安心ください」


「はい、わかりました」


「それと、出来るだけ下を向いて歩いて役人に顔を見せないようにと上様のお言いつけでございます。本当にどこまで嫉妬深い・・・いえ、心配症なのだか・・・」 おぎんさんは苦笑いで言われた。


「はい、承知しました。下を向いて歩きます」 私も笑いながら応じた。側室方のお部屋を避けて遠回りをして中表まで向かった。大きな門から出られるようではなかった。その庭に籠とお役人さんが何人か控えておられた。その中の一人のお役人さんが私の元へ近付いてこられた。


「さっ、こちらへ」 手を差し伸べられた。私は以前に菊之助様に手を取られたときの上様の嫉妬を思い出した。知らない方に手を取られて上様は怒られるのではないかと・・・


「お里様、どうぞ」 お役人さんはもう一度手を伸ばされた。ずっと下を向いていたので気付かなったけれど、聞き覚えのある声だった。そっと、顔を上げてそのお役人さんを確認すると・・・平吉さんだった。


「お里様、上様が知らない方にお里様のお手を取らせられるわけがございません。これは私が仰せつかったことでございます。遠慮なく・・・」 そう小声で言ってから笑われた。


「はい、ありがとうございます」 私は遠慮なく平吉さんの手に手を置いた。籠に向かって歩いているとき、前の籠から上様が御簾を開けてこちらを見ておられるのに気が付いた。私は上様に笑顔を向けると、上様も微笑んで頷かれた。


「お里様、私は横を歩いておりますので・・・」 おぎんさんがそう言われた。籠が動き出すと、何だかドキドキしてきた。


(自分が祝言を挙げていただいた籠の中よりずっと緊張しているわ。菊之助様とおりんさんは驚かれるかしら? 私たちが急に行って喜んでくださるかしら? 困られることになったらどうしよう・・・)


そんなことを考えている間に、どうやら到着したらしく籠が下ろされた。


 「お里様、お屋敷から少し離れたところに籠を下ろしております。ここからは少し歩いて頂きますね」 おりんさんがそう言いながら扉を開けてくれた。


 「はい、わかりました」 私が返事をして籠を下りる用意をすると、横から上様が手を出された。


 「お里、ゆっくりな」 上様はそう言って微笑まれた。


 「上様、でも・・・」 私は周りの方の目が気になって、どうしようか迷った。


 「お里、ここからは役人の格好をしているものもほとんどが隠密だ。心配することはない」 上様は私の心配に気付かれてそうおっしゃった。


 「はい・・・」 私は素直に上様の手を取り籠から下りた。そこから見ても立派な門が見える程のお屋敷だった。中は賑やかな声が聞こえてきて、もうすぐ祝言が行われるところだろうということがわかった。


 「さあ 二人を驚かせてやろう」 上様はいたずらっ子のようなお顔をされた。


 「はい!」 私も笑顔で答えた。門を抜けて、玄関まで入っていき上様は玄関の戸を開けられた。


 「失礼する」 上様は大きな声でそうおっしゃった。


 「はいはい・・・どちらさまで?」 女中さんのような方が玄関まで出て来られた。女中さんは今日のお手伝いに来られただけの方だろう・・・上様と手を取られた私を交互に見て、不思議そうなお顔をされた。


 「祝言の祝いに参ったのだが・・・」 上様は気にせずおっしゃった。


 「はい、少々お待ちくださいませ」 女中さんはバタバタと廊下を引き返していった。しばらくすると、紋付と袴を着られた少し年配の男性が来られた。その方は、にこやかに私たちに近付いて来られたが、上様のお顔を見られた瞬間固まられた。


 「う・・・うえさま」 そう言われると玄関の下まで降りてこられ、土間に膝をついて頭を下げられた。


 「おいおい・・・花婿の父親が土下座などよさないか。早く玄関に戻ってくれ」 上様は少し慌てておっしゃった。


 (この方が菊之助様のお父上様なのね・・・あまり似ていらっしゃらないのかしら・・・)


 「あ・・・あの・・・どうして・・・」 お父上様は、頭が混乱されているようだった。


 「私の大事な菊之助とおりんの祝言だ一目見たいと思ってな。迷惑だったか?」 迷惑だなどと言わさない感じで上様はおっしゃった。


 「とんでもございません。こんなに有難いことはございません。どうぞどうぞ・・・狭いところにございますが・・・」 お父上様はこのお屋敷を上様がご用意されたことなど忘れたかのように狭いところと言われたことなどわからないほど動揺されていた。上様は玄関を上がられ、私が履物を脱ぐのを待ってくださった。もう一度手を取られると、クスッと笑われた。私も、先ほどのお父上様が面白かったので一緒に笑ってしまった。

 奥の座敷まで案内されると、お父上様は一瞬振り返って上様を確認された。上様はニコリとお父上様に微笑まれた。

 お父上様が襖を開けられると、正面の金屏風の前に並ばれる菊之助様とおりんさんが目に入った。遠目でわかる程、おりんさんは可愛くて綺麗だった。


 「う・・・うえさま!」 さすがの菊之助様は一瞬で上様のことがわかられた。おりんさんも私を見ておられるのがわかった。菊之助様のお言葉から、周りが一瞬ザワザワした後皆さんが一斉に座り直され頭を下げられた。


 「今日は菊之助とおりんの祝言を見に来ただけだ。みな、そんなにかしこまらないでくれ。私とここにいる御台所代理のお里はこの末席で見せてもらうだけでいい」 と上様がおっしゃった。


 「な・・なんと・・・上様を末席になど、とんでもございません。是非あちらへ・・・いえ、金屏風の前にでも・・・」 お父上様はもう何を言っておられるのかご自分でもわかっておられないのだろう・・・


 「あなた! 何をおっしゃっているのですか! 上様、お里様、本日は息子のためにありがとうございます」 そう言って、頭を下げられたのはとても美しいお方だった。上様は、その方にやさしく微笑まれた。


 「私は、菊之助の母のきみと申します。いつも、菊之助を上様のお傍において頂きありがとうございます」 そう言ってもう一度頭を下げられた。


 「ああ 菊之助はよくやってくれている。何も心配することはない」 上様はそう優しくおっしゃった。


 (菊之助様は母上様に似ておられるのね) 


 お綺麗なお顔を見ながら、思っていた。

 

 「有難いお言葉でございます。今後ともよろしくお願い致します」 母上様は、深々と頭を下げられた。


 「ああ 菊之助に挨拶させてもらうよ」 上様はそうおっしゃると、私の手を取って菊之助様の元へ歩き始められた。菊之助様は手を付いて頭を下げられたままだった。

 菊之助様の前で上様は腰を下ろされた。私も続いてその横に腰を下ろした。


 「菊之助、おめでとう。今日は驚かせようと思ってな」 上様は笑顔でおっしゃった。菊之助様は頭を上げられ、上様を見つめられた。


 「私のために・・・ありがとうございます」 そうおっしゃると、もう一度頭を下げられた。上様は、菊之助様の耳にお顔を近付けられた。


 「お里がどうしても見たいというのでな・・・」 そうおっしゃるとおりんさんの方を見られて、もう一度おめでとうとおっしゃった。おりんさんもありがとうございますと頭を下げられた。


 「お里様・・・」 おりんさんは私を見て呟かれた。


 「おりんさん、とても綺麗でございますよ。今は泣いてはいけません」 私は微笑んで言った。おりんさんは、涙を我慢するように唇をギュッと結ばれて、頷かれた。


 「ということで、少しだけ末席にいさせてもらってもかまわないか?」 上様が菊之助様に尋ねられた。


 「もちろんでございます。末席で申し訳ございませんが、ごゆっくりお過ごしください」 そう言って、もう一度頭を下げられた。


 「ああ そうさせてもらう」 そうおっしゃると上様は立ち上がられ、もう一度私の手を取ってくださり部屋の入り口の方へ向かわれた。上様が通られる間、皆さん頭を下げておられた。私と上様は菊之助様の母上様がご用意くださった場所に腰を下ろした。

 間もなく、簡単な儀式のようなものが執り行われた。盃にお酒をそそぎ、菊之助様、おりんさんと順番に口を付けられた。三々九度のようなものだろう・・・

 時折、お二人は顔を見合わせられ微笑み合っておられた。とても幸せそうで私も心が温かくなっていた。 その後、宴が始まった・・・皆さん、お酒もすすまれ、場は一気に賑やかになった。あんなにかしこまられていたお父上様は「上様に祝言に来て頂けるとは、一生の家宝だ」 と大きな声で何度も言われるたびに、皆さんが笑われていた。上様もその様子を笑顔で見ておられた。


 「菊之助様もあんなに綺麗な方にお嫁に来ていただけて幸せですね」

 「なんでも、お嫁さんもお城勤めをされているらしいわよ」 そんな声が聞こえてきた。


 (おりんさんが隠密だということは、やはり内密にされているのね)


 全員がお二人を温かく見守られている、とてもいい雰囲気だった。


 「お里、いい祝言だな」 上様は笑顔でおっしゃった。


 「はい、お二人とも幸せそうで・・・上様、今日は連れてきてくださってありがとうございます」 私も笑顔で言った。


 「ああ そろそろ帰るとするか・・・ここからは私たちがいない方がいいだろう」 上様は微笑まれた。


 「そうでございますね」 私もその方がいいと思ったので、二人でそっと部屋を出て行くことにした。玄関まで歩いて行くと、すでにおぎんさんと平吉さんが待っていてくれた。


 「お帰りでございますね」 おぎんさんが言われた。


 「ああ 籠を頼む」


 「すでに用意してございます」 私たちは賑やかな家を振り返ってから、二人で目を合わせ微笑み合ってからそれぞれ籠に乗り込んだ。



ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

次回からは第3章に入ります。引き続き読んで頂けると、嬉しいです。

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