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菊之助様とおりんさんの結婚 ③

 夜の総触れの後におぎんさんが部屋にきてくれた。この時間は必ずおりんさんがいないことがわかっているからだった。髪飾りも仕上がっていたので、おぎんさんに見て頂いた。


 「おりんを想像されたことがよく伝わってまいります。着物ともとても合っていますね」 おぎんさんは、髪飾りを手に取って色んな角度から見られ何度も素敵ですと言われた。


 「本当ですか? そう言ってもらえると嬉しいです」 


 「おりんにはいつお渡しになられますか?」


 「きっと、祝言の前日に上様にご挨拶に来られると思いますのでそのときに・・・もしかしたら、もう髪飾りは用意されているかもしれませんが・・・ご迷惑でなければつけて頂きたいと思いまして」 私はもしかしたら髪飾りを誰かが贈られているかもしれないことが心配だった。


 「それは大丈夫でございますよ。おりんには、着物に合わせた髪飾りも注文してあると言ってありますので・・・自分では準備していないはずです」 おぎんさんはそう言ってにっこり笑われた。


 「さすがおぎんさんです。おぎんさんが協力してくださって良かったです」 と私は感心しながら言った。


 「お里、戻ったぞ。 おぎん来ておったか」 上様がお部屋に戻って来られた。


 「はい、お里様に髪飾りを見せて頂いておりました。とても素敵な出来上がりとなりましたね」 おぎんさんは上様に一礼されてから言われた。


 「ああ 毎晩私を忘れる程、一生懸命作っておったからな」 と上様は私の方を見ておっしゃった。


 「そんなことはございませんよ」 私は少し拗ねた言い方をした。その様子を見て、おぎんさんは口を押さえてクスッと笑われた。


 「それよりおぎん、もう一つの件はどうなっておる?」 上様がおぎんさんに尋ねられた。


 「はい、全て準備いたしております」


 「もう一つの件?」 私は何のことかわからず聞いた。私の前で話されるということは聞いてもいいかと思った。


 「ああ お里、おりんの花嫁姿を見たいと何度も言っておっただろう? だから、内密に参加して菊之助らを驚かそうと思ってなあ・・・」


 「えっ? えっ? ということは、私も祝言の様子を見ることが出来るのでございますか?」 私は嬉しくなって上様に近付いた。


 「お里、落ち着け。 そういうことだ」 上様は私を落ち着けるために肩に手を置かれた。


 「本当でございますか? 夢みたいです」 私は興奮が止まらなかった。


 「お里も驚かすことになったみたいだな・・・それでおぎん、籠で出かけることとなるのか?」 


 「はい、ですが上様が乗っているということは隠していただかなければなりません」 


 「ああ それはかまわない」


 「あの・・・隠し通路を通るのではないのですか?」 私はどうしてわざわざ籠に乗るのだろうと思った。


 「ああ あの隠し通路はな、たとえ菊之助だろうと身内のものにも知られてはならないのだ。だから、そこを通って私が登場したとなるとみなに知られてしまうだろう?」


 「なるほど・・・そういうことでございますか・・・なら、私は歩いておぎんさんと?」


 「いや、私が菊之助の祝言に顔を出すことを城の者に隠す必要はない。ずっと傍におる者のことだから誰も不思議に思うことはない。だが、お里をいち御中臈として連れ出すのは周りが騒がしくなるのでな・・・」


 「そうでございますね」


 「御台所代理として、一緒に籠で行くことにした」


 「また、御台所様の代理でございますか? 御台所様はご存知なのでしょうか?」


 「ああ お里はきちんと御台所に言っておかないと、断ると思ったからな。先に話はしてある。菊之助のことだ、御台所も何ら気にすることなく承知してくれた」


 「そうですか・・・申し訳ございません」 私は御台所様に申し訳なかった。私のわがままで代理というお立場を頂くことになったので。


 「なに、謝ることはない。御台所もいちいち報告しなくても良かったのにと言っていたくらいだ」 上様は気にするなと何度も言われた。


 「はい・・・ありがとうございます。それでは私は御中臈の格好で行くということでございますね」


 「ああ そうだ。だが、主役はおりんだからな、いつものような打掛ではなく着物で行ってもらう。お里にも新しい着物を用意してあるからな。当日はそれを着てもらう」


 「えっ? いつの間にでございますか?」 私は新しい着物をご用意頂く暇などなかったのではと思った。


 「ああ 私の表の部屋に平吉に何着か持って来させて、その中から私が選んだのだ。気に入ってくれるといいが・・・」


 「まあ 平吉さんまで・・・有難いことでございます。おぎんさん、よろしくお伝えくださいね。上様がお選びくださったお着物は全て素敵でございますから、きっと気に入ると思います。ありがとうございます」 そう言って頭を下げた。


 「当日は平吉も一緒にまいりますからね。あの人もおりんの晴れ姿をみたいとウズウズしていたものですから」 そう言っておぎんさんが苦笑いをされた。


 「そうですか。平吉さんにお会いするのも久しぶりで楽しみでございます」 


 「では、当日は一日菊之助には休みをやっている。朝の総触れが済んだらこの部屋で着替えを済ませて一緒に籠で出かけよう」 上様が締めくくられた。


 「はい、よろしくお願いいたします」 私はもう一度頭を下げた。


 (きっと、おりんさんも菊之助様も驚かれるだろう・・・だけど、おりんさんの花嫁姿を見ることが出来るというだけで楽しみで仕方がないわ)


 祝言前日の朝、上様が朝の食事をとっているときに話された。


 「今日の昼から、菊之助とおりんにこの部屋で時間を取ってくれと頼まれている。お里も同席してくれ」


 「はい、承知しました。お常さんにお茶とお菓子の用意をしておいて頂きますね」


 「ああ 頼んだぞ」


 朝の総触れから帰った私はお花を生けて、念入りに掃除をした。おりんさんは、前日なので何かと準備があるらしく昨日からお屋敷の方へ詰めておられた。お昼前にはお常さんがお昼のお膳と一緒に、お茶を点てられるような用意と立派なお茶菓子を持ってきてくれた。


 「お常さん、ありがとうございます」


 「いいんだよ。お里はいつの間に字を書けるようになったのだい? 私としては、お膳を下げるときに手紙を書いておいてくれて助かるんだけどね」 私は今日の朝のお膳を廊下に出すときに、紙に『お昼からお客様が来られます。お茶を点てる用意とお茶菓子を4人分お願いします』 と書いてお膳の上に置いておいた。お常さんはいつも知らない間に廊下のお膳を下げて行かれるので会わないことの方が多かった。


 「はい、上様と一緒に留守をさせて頂いていた間に上様に教わったのです。まだ、わからない字もあるのですが・・・」


 「まあ 上様に教わるとは、有難いことだねえ。充分、伝わるように書けているよ」 お常さんはそう言ってくれた。今日は私も一人だったので、お常さんはゆっくりと部屋で過ごしてくれて、お昼を食べる間も話に付き合ってくれた。久しぶりにお常さんと一緒に過ごせてすごく落ち着いた気分になれた。食事が終わると、一緒にお茶の準備をしてくれてから空のお膳を持って御膳所へ戻られた。

 しばらくして上様がお部屋に戻られた。


 「いよいよだな。何だか私の方が緊張してしまうよ。お里こっちへ」 そう言って上様は私を呼ばれたので、私は上様の隣に座った。


 「はい、私も緊張してしまいます」 私は楽しみ半分、緊張半分だった。


 「少し、緊張をほぐすとしようか」 上様はそうおっしゃるとお顔を近付けて来られた。私も素直にそれに応じようと目を閉じたとき、「上様、菊之助でございます」 と廊下から声がした。私は、我に返り急いで上様から離れようとすると、上様に腕を引っ張られその場に座らされた。


 「まったく、菊之助はいつもいつも・・・」 小声で呟かれてから 「はいれ」 とおっしゃった。


 「失礼いたします」 菊之助様が挨拶をされ、その後ろからおりんさんも一緒に頭を下げられた。


 「ああ こちらまで」 上様が用意してあるお席をさされると、菊之助様とおりんさんはそちらに腰を下ろされた。今日のおりんさんはいつもの動きやすいお着物ではなく、よそ行きのお着物を着ておられた。髪も綺麗に結われていた。


 「上様、お里殿、本日は私たちのためにお時間を作って頂きありがとうございます。私たちは明日、上様がご用意くださったお屋敷にて祝言をあげ、夫婦とならせて頂きます。今後も今までと変わらず、私もおりんも上様とお里殿に仕えさせて頂き、精一杯勤めに励んでいく所存にございます。よろしくお願い致します」 菊之助様は、とても緊張されているようだったけれど、心に伝わるお言葉で一言一言はっきりとお話しされた。


 「ああ おめでとう。私たちは、お前たちが幸せになり変わらず私たちの傍にいてくれることを心から願っている。屋敷はもう菊之助のものだ。住ませてもらっているなどと、寂しいことを言うな」 上様は穏やかに優しくお言葉を発せられた。


 「有難き幸せにございます」 菊之助様とおりんさんが頭を下げられた。上様は私の方をチラッと見られ、微笑みながら頷いてくださった。私は、後ろに隠しておいた髪飾りを手に取り立ち上がってお二人に近付いた。


 「菊之助様、おりんさん、本当におめでとうございます。これは、明日付けて頂こうと私が作ったものにございます。おぎんさんに手配頂き、村から組紐を取り寄せて頂きました」 私はそう言ってそっとおりんさんの手の上にそれを乗せた。


 「お里様・・・」 おりんさんはそう言われると、髪飾りを色んな方向から眺められ「可愛い・・可愛い」 と何度も言ってから、菊之助様に手渡された。菊之助様は目を丸くされたようにそれを見つめられた。


 「お里殿がこれを・・・」 菊之助様は独り言のようにそうおっしゃった。


 「お里様、いつの間に?」 感激されると近頃涙もろいおりんさんは早速涙をいっぱいに瞳にためて言われた。


 「はい、夜の総触れが終わってから上様が戻られるまでの時間に作りました。おりんさんの花嫁姿を想像しながらの作業はとても楽しかったです」 私はおりんさんに言った。


 「お里殿、ありがとうございます」 菊之助様は私の目を見ておっしゃった。


 「いえ、私一人の力ではございません。おぎんさんも何度もこちらへ来てくださり、用意するものをお持ちくださったのです。上様にも、お部屋に戻られてからもキリのいいところまで作業してもかまわないとお許しを頂きました」 私はそう言って上様をみた。


 「ああ それを作るのに集中しているお里も可愛くてなあ・・・」 上様はそう言って笑われた。


 「はあ・・・そうでございますか・・・」 菊之助様は抑揚なくおっしゃった。


 「私、おぎんさんがそんなに出入りされていることに気が付きませんでした。私を驚かすために内密にしてくださったのですね」 おりんさんはもう一度髪飾りを手に取って言われた。


 「おりん、少し違うのだ。おぎんがおりんに内緒でお里と会っているとおりんが嫉妬するだろうから、そこは絶対に知られてはならないと3人で申し合わせたのだよ」 上様はおりんさんをからかうようにおっしゃった。


 「上様のお考えは合っております。今、嬉しい気持ちと、これを3人で内緒で進められた嫉妬の気持ちもございます」 おりんさんはそう言ってニコリと笑われた。私が横でクスッと笑うと、私の方を向かれもう一度ニコリと笑われた。


 「上様、お里様、本当にありがとうございます。このお気持ち、おりんはしっかりと受け止めて菊之助様のために良き妻となりたいと思います。そして、上様とお里様のために今後も命を懸けてつとめてまいります」 おりんさんは今度はキリっとしたお顔をされてそう言われた。


 「ああ これからもお里を頼んだぞ」 上様は優しいお顔でおっしゃった。その後、お常さんが用意してくれたお茶とお茶菓子の準備をした。


 「お里様、私が・・・」 とおりんさんは手伝おうとしてくれたけれど「今日はお客様です」 と言って、私は制した。「でも・・・」 と言われるおりんさんに上様が「今日はお里の言うことを聞いておけ」 とおっしゃった。4人で和やかにお茶会をしていると、明日一段と驚かれるお顔を想像した。


 (明日のことを思うと楽しみで、ドキドキして、私は今日は眠れるかしら?)


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。 

次回、祝言当日です。

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