番外編 菊之助様とおりんさんの結婚 ①
村からお城に戻り、以前のように生活を取り戻していた。上様も戻って来た当時は、村にいた頃のように一緒にいられないことに不満を漏らしておられたけれど、お城でやらなければならない仕事の忙しさに追われて、そんなことを言っている訳にはいかないようだった。だけど、出来るだけ私たちのお部屋で仕事をされ、夜はほとんど一緒に過ごしてくださっていた。
おりんさんは、今新しく家を建てられているので上様の計らいでお城の中の一室に住んでおられたので毎日私のところへ来てくれた。そのときには、家の状況を教えてくれた。
「私たちが村に行っている間に、隠し通路は閉じてしまったので今は普通に建物を建てて頂いているのです。全ての工事が終わったら、そこだけを隠密の方たちに工事して頂きます」
「そうですか。それで、今はどのあたりまで建築が進んでいるのですか?」
「はい、台所もお里様から助言を頂いたようにもう出来上がっているのですよ。外側は、ほとんど出来上がっています。後は、中の細々したところが仕上がれば、私は戻るつもりです」
「やっとお二人で暮らせるのですね。私も楽しみです」
「ありがとうございます。私には勿体ないくらい広くて素敵なお屋敷です。でも、菊之助様に期待をされて上様が考えてくださったことですから、私も少しでもしっかりお家を守らなければと思っています」
「上様は、菊之助様とおりんさんのお二人だから考えられたのだと思いますよ。だから、あまり気を負わずお二人で仲睦まじく過ごしてくださることが上様の願いだと思います」
「そうですね。私たちは上様とお里様が信頼し合って、過ごされているのを間近で見てきましたから・・・そんな夫婦になりたいと思っています」
「ふふふ・・・菊之助様とおりんさんなら大丈夫ですよ」 私は、意気込んで話されるおりんさんがとても可愛らしかったのでつい笑ってしまった。
「この隠し通路が復活したら絶対にお屋敷を見にきてくださいね」 おりんさんはそう言って手を取られた。
「もちろんでございます。楽しみでございますね」 私はあの長屋がどんなお屋敷になっているのか楽しみで仕方がなかった。
夜になると、上様は疲れたように戻ってこられた。
「お里、今戻った」
「おかえりなさいませ。今日は総触れでもお疲れのご様子でございました。すぐにお休みになられますか?」 私は上様の体調を気遣い聞いた。
「いや、疲れているのは疲れているのだが・・・お里と話がしたい。このところ、すぐに休んでいたから、あまり話も出来ていないであろう? お里の姿を見ることは出来ているのに何か物足りないのだ」 上様はそう言って私を抱き寄せられた。
「上様のお体が大丈夫なのでございましたら、私もお話をしたいです。本当に大丈夫でございますか?」
「ああ この方が元気をもらえるよ。お里に癒されたい」 上様はそう言って、今度は私の後ろに回られ、私を膝の上に座らせられると後ろから抱きしめてくださった。
「今日はどんなことがあった?」 後ろから耳元で話される上様のお声にドキッとした。
「はい、今日はおりんさんに新しく建てられているお屋敷の話をして頂いておりました。もうすぐ出来上がるのですね」
「ああ 私も菊之助から聞いている」
「ならば、祝言ももうすぐ挙げられるのでございますか?」
「ああ 屋敷が建ったらそこで祝言を行うつもりだそうだ。といっても、前にも言ったが家族だけで顔合わせのようなことをする予定らしい。おりんの方は、親戚も少ないからな・・・嫁のお披露目のような形になるだろう」
「そうでございますか。おりんさんならきっと皆さんに気に入られるでしょう。それに、着飾ったおりんさんはとても素敵でしょうねえ」 私は想像するとうっとりとしてしまった。
「お里も見てみたいか?」
「もちろんでございます。でも、家族だけの祝言ですからね・・・でも、私もおりんさんに何か贈り物をしたいのですが・・・」
「贈り物か・・・んー ・・着物でも選んでやるか? なら、私から手配するが・・・」 上様は一緒に悩んでくださりながら答えられた。
「もちろん、それはきっと喜ばれるでしょうが・・・私が村の皆さんに祝言を挙げて頂いたときおぎんさんが白色の打掛を縫ってくださったと聞いてとても感動いたしました。その時のように、何か私だけにしか出来ないものはないかと考えているのです」
「そうか・・・お里にしか出来ないものなあ・・・」 上様は頭を傾げながら考えてくださった。私も一緒に何かないかと考えた。
「そうだ! ではお里、私がおりんに着物を贈ろう。お里は、それに合う髪飾りを以前にお仲に作ったように作れば良いではないか?」 上様は、いいことを思いついたというように声を弾ませられた。
「まあ それは素敵でございます。上様に相談して良かったです」 私は上様の方を振り向いて笑顔でそう言った。上様は、私と目が合った瞬間に唇を重ねてこられた。「ん・・ん・・」 しばらくそうした後に「私もお里の役に立てて良かった」 と優しく微笑まれた。
「ですが、組紐を用意するなどおりんさんに内緒で出来ますでしょうか・・・」 私はいつもおりんさんが全ての物を用意してくださっているので、自分ではどうしていいものかわからなかった。
「それなら、おりんがいない時間におぎんに来てもらうよう私が手筈を整えておくから心配いらない」
「それでは菊之助様にはわかってしまいますね」 私は菊之助様にも秘密にしておきたかった。
「菊之助には、お里がおぎんに内密に相談があるようだと言っておくから大丈夫だ。おぎんに一度会えばあとは二人で相談することが出来るであろう?」
「はい、ありがとうございます」 私は贈り物の準備に取り掛かることが出来て嬉しかったので、上様に抱き付いた。
「ははは・・・お里の嬉しそうな顔が見られて、今日はすぐに休まなくて良かった」 上様は私を抱きしめながらおっしゃった。
「さあ、では休むとしようか」 と上様がおっしゃったので、「はい」 と言って上様の膝から下りようとすると上様はそのまま私を抱き抱えたまま立ち上がられた。
「今日はこのまま寝ることにしよう。明日は、朝食は総触れの後にしてゆっくり休もうか」 と笑顔でおっしゃった。久しぶりにゆっくりと上様と話すことが出来て嬉しかったのと恥ずかしかったので私は「はい・・・」 と上様に抱き付いたまま言うことで精一杯だった。
次の日、早速お昼過ぎに上様が戻られおりんさんに二人になりたいから席を外すようにおっしゃった。
「はい、承知しました」 とおりんさんはお部屋を出て行かれた。しばらくすると、おぎんさんが来てくれた。
「おぎんでございます」
「ああ、はいれ」 おぎんさんは襖を開けられて入って来られた。
「おぎんさん、お久しぶりでございます。今日はお忙しい中お呼び立てしてしまって申し訳ございません」 私は、村から戻って以来おぎんさんにお会いしていなかった。おぎんさんと平吉さんは、村に庄屋さんが戻られ皆さんの生活が落ち着くまで村で過ごすとのことだった。
「お里様からのお呼び出しと聞き、上様にまた困らせられておられるのかと・・・心配になり、飛んでまいりました」 平然とした顔をしておぎんさんは私に向かって言われた。
「おぎん、どういうことだ」 上様は納得出来ないようなお顔をされ、おぎんさんに言われた。
「でも、上様と一緒にいらっしゃるということは、そういうことではなさそうですね。安心致しました」 そう言うとにっこりと笑われた。
「おぎん!」 上様は、少しムッとされた。
「はい、上様には変わらず大事にして頂いております」 私は笑いながらそう言ってから、上様を見て微笑んだ。上様は、ムッとされたお顔を戻された。
「それで? どうかされましたか?」 とおぎんさんが聞かれたので、私はおりんさんへの贈り物のことを話した。
「それはおりんもとても喜ぶことでしょう。是非、私にも協力させてください。私は材料を揃えればよろしいのでございますか?」 話を聞き終わるとおぎんさんは笑顔でそう言ってくれた。
「はい、お願いしてもよろしいですか?」
「もちろんです」
「それと・・・以前同じようにお仲様の贈り物に髪飾りを作ったときは、赤や白、黄色などの色の組紐はあったのですが・・・村で作っておられる組紐はもっと素敵な色が沢山ありました。それで・・・村の組紐をご準備頂くことは可能ですか? もちろん、お金をきちんとお支払いして手に入れて頂きたいのですが・・・」
「お里様からお金を?」 おぎんさんが聞かれた。
「はい、私は御膳所勤めのときにおいてあるお給金がございますので・・・そんなに沢山お支払いをすることは出来ませんが・・・」
「いや、私が用意するから心配いらない」 上様が横からおっしゃった。
「でも、私が勝手なお願いをしているのですから・・・」
「私とお里からの贈り物であろう? お里はその分思いを込めて、作ってやればいい」 上様はそう言って微笑まれた。
「上様がお支払いくださるとのことであれば、少し高値でご用意いたしますね」 そう言って、おぎんさんは上様に微笑まれた。
「ああ 村の為にもなるのならそうしてくれ」 上様はそれに答えられた。
「ありがとうございます」 私はお二人に頭を下げた。
「それではお里様、他に用意するものなど後で打ち合わせ致しましょう。おりんは、するどいところがございます。私とお里様がコソコソとしていることに気付かれれば、私が嫉妬されてしまいますので、今後は夜の総触れ後にお伺いすることにいたしますね。上様、よろしいですか?」
「ああ おりんはたまに私にも嫉妬することがあるからな・・・お里の着付けをこれからは私がすると言ったときには、少し拗ねておったくらいだ・・・だから、そうしてくれ」 思い出しながら上様が笑われた。
「おりんは、お里様が大好きでございますから」
「村の様子はどうだ?」 上様が話題を変えられて話された。上様も村のその後が気になられていておりんさんからお話を聞くために同席してくださったのだろう。私は、その間にお茶の用意をした。
「はい、村の者には今年徴収した分の米が戻ってまいりました。1年充分に暮らしていく分はございます。戻ってまいりました庄屋も、精を出して村の者のために頑張っております。体の方もすっかりと元気になったようで・・・庄屋が、余るのならと米を買い取り村人もお金を手にして生活にも少し余裕が出てまいりました。子供達も、内職をせずに寺子屋へ通い始めたところでございます」
「そうか・・・まだまだ始まったところだからな」 上様はそうおっしゃりながら、ホッとされたようなお顔をされた。その横から私はお茶をだした。
「そうそう、お屋敷が引っ越す前よりも綺麗になっていて驚いたと庄屋のおかみが言っておりました。弥助さんにくれぐれも多田様の奥方様によろしくと言っていたそうでございます」
「わざわざ ありがとうございます。でも、お屋敷のお掃除は上様と二人でしたことですので、私一人でやったわけではないのですよ」 私が言うと
「まあ 上様が? 私はその頃、祝言の準備でお手伝い出来ていなかったので・・・」 おぎんさんは驚かれた様子だった。
「ああ 私も障子を貼り替えることが出来るようになった。また何か必要があればやってやるぞ」 とどうだというお顔をされたので、私とおぎんさんはそれがおかしくて笑った。
「おぎん、ではお里の希望を聞いてやってくれ。私は村の様子が聞けて良かった。これからもよろしく頼む。私は表に戻るからな」 上様はそう言って立ち上がられた。
「上様、お忙しい中お時間を頂戴してありがとうございました」 私は上様に頭を下げた。
「そんなことは気にするな。私がしたくてしていることだからな」 上様はそうおっしゃると私の肩をポンッと叩かれた。
「じゃあな、また夜の総触れが終わったら戻ってくる」 そう言ってお部屋から出て行かれた。
「相変わらず、上様はお里様が可愛くて仕方がないようでございますね」 二人きりになるとおぎんさんがニヤニヤとして言われた。
「本当に嬉しいことです」 私は顔を赤くして答えた。それから、二人で用意してもらうものやその日にち、着物を選ぶ日などを段取りした。
ここまで、読んで頂きありがとうございます。
番外編として菊之助とおりんの祝言の部分を書いてみました。




