第二章 最終話
緊張しながら居間へ向かった。
「お里様、手が少し冷たくなっておられますよ」 おぎんさんが言われた。
「なんだか緊張してしまって・・・」 私は正直に答えた。
「上様も惚れ直されますことでしょうね。どんなお顔をされるか楽しみでございます」 フフフと笑いながらおりんさんが言われた。
「上様、お里様のお支度が整いました。入らせて頂いてよろしいですか?」 居間の襖の前でおりんさんが言われた。
「ああ」 上様は少し高い声で返事をされた。おりんさんが襖を開けてくれた。私は少し俯いてそこに立ったままでいた。一瞬シーンと居間が静まり返った。菊之助様も平吉さんも弥助さんもいらっしゃるはずなのに・・・私はそっと、顔を上げて上様を窺った。上様は私と目を合わせた瞬間に少し目を逸らされたが、また私をジッと見つめられた。
「あの・・・皆さん、お口が開かれたままでございますよ」 おりんさんが静まり返った空気を一掃するかのように笑いながらおっしゃった。
「上様、いかがでございましょうか」 私は上様がどう思っておられるか気になって聞いてみた。
「ああ・・あの・・お里なのだが・・・お里じゃないみたいで・・・でも私のお里だ・・・」 上様は、顔を真っ赤にしておっしゃった。
「上様、それでは何を言っておられるかわかりませんが・・・」 横から菊之助様がおっしゃった。
「うるさい! お里が綺麗で可愛すぎて緊張してしまったのだ」 上様は顔を赤くしたままおっしゃった。
「お里様、本当にお綺麗でございます。白い打掛はお里様にお似合いですなあ」 平吉さんがにこにことしながら言われた。その横で弥助さんも頷かれていた。
「おぎんさんが縫ってくださったと聞いてとても感動いたしました。平吉さんもお手伝いくださったのではないですか? ありがとうございます」 私は平吉さんに頭を下げた。
「いやいや、私も何か手伝おうかと言ったのですが・・・おぎんが、これは私一人で仕上げたいと言いまして・・・横で見ているだけでした」 平吉さんは微笑まれたまま言われた。
「今日のこの場をみなさんがご用意くださったとお伺いしました。本当にありがとうございます」 私はもう一度皆さんに向かって頭を下げた。
「私からも礼を言う。みな、ありがとう」 上様も皆さんにお礼を言われた。皆さんはその場で頭を下げて応えられた。
「さあ、上様、いつまでも私がお手を取っていてもかまわないのですか? 私はこのままでも嬉しいですが・・・そろそろ、籠に乗って頂きましょう」 おぎんさんが言われた。
「ああ わかった。お里、まいろうか」 上様はそうおっしゃって、手を差し伸べられた。私は「はい」 と返事をして、上様の手に手を重ねた。そのまま玄関の方へ連れて行ってくださり、玄関の前に用意してあった籠に乗せてくださった。今日は二人乗りの大きな籠だった。担いでくださるのは八兵衛さんともう一人の隠密の方だった。私は籠に乗る前に「よろしくお願いいたします」 と言った。
籠の中で上様と二人きりになると上様が手をギュッと握られた。
「お里、本当に綺麗だよ。他のものに見せるのが惜しいくらいだ」 今度は私の目をしっかりと見て言ってくださった。
「上様も凛々しくて素敵でございますよ。白い羽織なのでございますね」 上様は侍の格好ではないけれど、袴に白い羽織を着られていた。上様も白色がいっそう綺麗なお顔を引き立てられて素敵だった。
「ああ これも用意してくれたようだ。さすがに、家紋を入れることは出来なかったみたいだがな」 そう言って笑われた。
「家紋が入っていたら、皆さん驚いて腰を抜かされますでしょうね」 私も笑いながらそう答えた。そんな話をしている間に外から「間もなく到着です」 と菊之助様の声がした。
籠が下ろされると、上様が先に籠を降りて履き物を用意してくださり手を取ってくださった。
「お里、ゆっくりでいいぞ」 優しく微笑まれた。私はゆっくりと履き物をはいてから、上様の手にしっかりと掴まり立ち上がった。前を見ると、そこは村の集会所のようなところだった。以前、ここを散歩したときに今は誰も住んでいないここで皆が集まったりしていると聞いていた。
「さあ こちらでございます」 弥助さんが先頭を歩いて案内してくれた。集会所の中は襖が全て開け放たれて一つの大きな座敷にしてあった。そこに、お膳が並べられ皆さん席に着かれていた。私と上様は部屋に入る前に一礼して、上様に手を取られたまま一番上座の金屏風があるところまで歩いた。歩いている途中も、「お里様、お綺麗ですよ」 「まあ、庄屋さんのところにあったお雛様のようですわ」 「多田様も凛々しくて素敵でございますね」 などと声をかけてくださった。私は恥ずかしくて、俯き加減で頭を少し下げてお礼を言った。
私たちが席に着くと弥助さんが話始められた。
「今日は、みなお二人の為に協力してくれてありがとうな。お二人の祝言と言うとおおげさだが、今まで庄屋として尽力してくださったお礼も兼ねて楽しい祝いの席としよう」 そう言われると、皆さんうんうんと頷かれた。そこで、弥助さんが上様を見られた。上様は頷いて姿勢を正された。
「今日はありがとう。私たちは事情があって祝言を挙げることが出来ないままだったのだが、こうやってみんなが用意してくれたこの席は何よりも嬉しいものとなった。これから、新しく庄屋が戻ってきたらみなで協力して平和で活気のある村にしてくれ。私も陰ながら見守っている。本当に今日はありがとう」 と上様が皆さんに頭を下げられたのと同時に私も手をついて頭を下げた。
それからは、乾杯を機に皆さん楽しそうに食事とお酒を楽しまれていた。村に伝わる民謡のような歌を歌ってくれたり、踊りを踊られたりと本当に楽しい時間だった。子供達も元気そうに笑っていた。すると、私の元へ女の子が寄ってきてくれた。
「お里様、本当に綺麗ですね」 そう言ってにっこりと笑ってくれた。
「ありがとう」 私も笑顔で返した。
「私もお里様みたいに綺麗になって、大人になったら上様の元へ側室として奉公に行きたいなあ」 私は一瞬声が出なかった。
「まあ どうして?」 やっと出た質問だった。
「だって、上様ってすごく素敵だって聞いたの・・・だから、私は上様のお傍にいきたいの」 まだ側室の意味はわかっていないみたいだけれど、目を輝かせながらそう言った。
「ならば、素敵な女の子にならなければですね」 私が笑顔で言うと、「うん」 と女の子は大きく頷いた。その様子を上様は横で微笑んで見ておられた。
「旦那様、私に強力な恋敵が出来てしまいました」 私は上様の耳元に顔を寄せ、小声で話した。
「そうみたいだな・・・」 上様は微笑まれたままおっしゃった。
「しかし、残念ながら諦めてもらいましょう」 私は少し真剣な顔で言った。
「お里、それはあまりに大人気ないのではないか?」 上様が驚かれたようにおっしゃった。
「いえ、旦那様のことに関しては大人も子供も関係ありません」 私はそう言って上様に向かって微笑んだ。
「でも、そうやってお里が嫉妬をしてくれるならこの子にもう少し頑張ってもらうか」 上様は意地悪そうにニヤリとされた。
「なら、私はまた家出をせねばなりません」 私もニヤリと笑って返した。
「それは困る」 そう言って笑いながら上様は私の手を握られた。私も笑って上様を見た。
「まあまあ お仲がよろしいことで」 そう言われたのは、もうすぐ赤子が産まれると言われていた妊婦さんだった。でも・・・今は小さな赤子を抱っこされていた。
「無事にお生まれになられたのですね。おめでとうございます」 私は笑顔でお祝いの言葉を言った。
「ありがとうございます。以前よりしっかりと食事が出来ていますので、お乳の出も良くて日々大きくなっているようです」 優しいお母さんの顔をしてそう言われた。
「旦那様、良かったですね」 私は上様の方を見て言った。
「ああ」 上様は満足そうな顔をされて、微笑みながら赤子を見られていた。
「旦那様・・・ 幸せでございます。何もなかった私がこんなに幸せになれるなんて思ってもいませんでした。信頼出来る方が傍にいてくださり、何より私のことを大切にしてくださっている・・・私は毎日毎日楽しくて仕方がありません」 皆さんが笑いあいながら楽しそうにされている姿を見ながら話した。
「私も幸せだよ。お里と出会っていなかったら、ここまでして村を助けなかったかもしれない・・・そもそも、そんなことを知ることはなかっただろう。自分の運命を嘆いて色んなことから逃げていただろうと思うよ。お里がいてくれるから、優しくなれる・・・人の気持ちを考えようとする・・・まだわからないことばかりだからな、まだまだお里の力が必要だ。これからもよろしく頼むよ」 上様も同じように皆さんの姿を見ておられたが、最後に私の方を見て微笑んでくださった。
「はい、これからもお傍で旦那様と一緒に幸せを増やしたいと思います。よろしくお願いいたします」
私はそう言って笑ってから少し頭を下げた。頭を上げると目が合った上様が笑顔で頷いてくださった。そして、ギュッと手に力を入れて握ってくださった。
(本当に色々なことがあって戸惑ってばっかりだった私だけれど、今は私の話を聞いてくださる方がいて、一緒に考えてくださる方がいる・・・この幸せがいつまでも続いてほしい・・・そしてどんな状況でも上様のお傍にいたい・・・)
心の中で何度も同じことを思いながら、楽しい夜は更けていった。
第二章 最終話を迎えました。
ですが・・・まだまだ、上様とお里のお話は続けたいと思っています。
ここまで、読んでくださった皆様、ブックマークや評価をくださった皆様ありがとうございます。
今後も励みにさせて頂き、頑張って書いていきます。
しばらく不定期になるかもしれませんが、出来るだけ毎日投稿したいと思っていますので、変わらず読んでいただければ嬉しいです。




