サプライズ
部屋の掃除もほぼ終え、お城へ帰る荷造りも大体終わったある日の朝、起きて居間へ行くとおぎんさんとおりんさんがおられた。
「おはようございます。おぎんさんお久しぶりでございます」 私は久しぶりにおぎんさんの顔を見て嬉しくなり笑顔で挨拶した。
「お里様、おはようございます。今日は用事があってまいりました」 おぎんさんも笑顔で答えてくれた。
「はい、何でございましょう?」 私は何かあったのかと少し心配した。
「今日はお着替えをして、少しお屋敷から出て頂きます」
「えっ? どこかへ出かけるのですか?」
「はい、出かけるといってもすぐそこまでなのですが・・・籠で向かって頂きます」 おぎんさんは笑顔のまま話された。
「どなたかお客様でも来られているのですか?」 籠ですぐそこまでとはどういうことなのかと思って聞いた。
「いえ、まあ細かいことはおいおいということで・・・さっ とりあえずお着替えに取りかかりましょう。今日は、お化粧もさせて頂きますからね」 おりんさんが、私の手を引いていつもとは違うお部屋へ連れていかれた。部屋の襖を開けられると、そこには真っ白な打掛が掛けられていた。その美しさに私は息を飲んだ。
「こ、これは・・・?」 私は何だか全く見当もつかなかった。
「今日は上様と祝言を執り行います」 おぎんさんが、驚いて打掛を見つめている私の後ろから言われた。
「祝言・・・? 誰のですか?」
「ですから、上様とお里様のです」 おりんさんが半分笑いながら言われた。
「えっ? でも、上様のご正妻は御台所様で・・・私は側室にもなっておりません」 私はとんでもないというように、手を顔の前でぶんぶんと振った。
「でも、この村では旦那様と奥方様だったでしょう?」 おぎんさんが言い聞かせるように言われた。
「それは、振りをしていただけで・・・」 私はどうしたらいいものか戸惑うばかりだった。
「村の者に、あのお二人は事情があり祝言をあげていないのだと話をしたところ、ならば是非この村におられる間にみんなでささやかですがお祝いをしようということになったのです。それで、私たちはしばらくその準備をしておりました」 おぎんさんは微笑みながら話してくれた。
「そんな、もったいないことです」 私はそれでも祝言を行っていいものか迷っていた。
「私たちは着飾ったお里様を上様にお見せしたいだけです。祝言と言っても大して何かをするわけではないのですよ」 おりんさんがそんなに重く考えなくてもいいと言われた。
(私が以前に行った結婚式は3回も衣装を変え、初めて会う方に挨拶をしてまわり・・・とても疲れたのだけれど。江戸時代にはまだ結婚式はなかったのかしら?)
「村のものたちと一緒に食事をするのだと思ってくださればいいですから。これは、庄屋の代わりにこの村を守ってくださったお二人へのお礼だと思って、有難く受け取ってやってください」 おぎんさんがそう話されている間にも私は涙が止まらなかった。
(村の方たちは、この問題を解決されたのが上様だということはご存知ない。まして、今ここに住んでいる多田様が上様だということも言わずに私たちは城へ戻ることになっている。なのに、村の方たちは、私たちのために・・・)
「お里様、泣かれてはお化粧がうまくできません。さっ、帯がきつくなるので軽く食事をしてお着替えしますよ」 おりんさんがそう言って、お部屋の隅に用意してあったおにぎりを指さされた。胸がいっぱいで、喉を通らなそうだったけれど「何か食べておかないと後でしんどくなりますから」 とおりんさんはおにぎりを私の目の前に持ってこられた。私も少しずつそれを口にした。
お腹も涙も落ち着くと、おぎんさんとおりんさんが着替えをしましょうと着付けを始めてくれた。私は、村に来てからは自分で着物を着ているし、お城にいる間もほとんど最近では上様が着付けをしてくださっているので、こういうふうにおぎんさんとおりんさんに囲まれて着付けをしてもらうのを懐かしくかんじていた。
「お里様もすっかり、どんな着物も着こなせるようになられましたねえ」 おぎんさんが言われた。
「本当に・・・初めはお二人が魔法使いのように見えました」 私は笑いながら言った。
「ま・・ほう・・つかい?」 おりんさんがハテナの顔をされた。
「いえ、一瞬で私の姿を変えて頂いて驚いたのです・・・」 私は少し焦って言い直した。
「あの頃は、いつも戸惑われていたお里様も、今は上様を助けられ力になっておられるのですもの」 おぎんさんが懐かしむように言われた。
「私の方が上様にいつも見守られて助けられているのでございますよ」
「上様のお里様への思いは時が経つほど増すばかりですけどね」 おりんさんがいつものようにからかいながら言われた。
「こんなに大事にして頂けるなんて思っていませんでした。私は今でも新しい上様のお顔を発見するたびに見とれてしまうのです」 言ったあとに顔を赤くした。
「まあ まあ うらやましいことです」 おぎんさんがにやりとして言われた。
途中まで着替えが終わると、少し休憩いたしましょうとお茶を持ってきてくれた。
「お里様、苦しくないですか? まだこれから髪の毛を結ってお化粧をしますが・・・」 おぎんさんが聞いてくれた。
「はい、まだ大丈夫です。最後に、あの打掛を羽織るのですね」 私は立派に掛けてある打掛を見ながら聞いた。
「あの打掛ですが、実はおぎんさんが縫ってくださったのですよ」 おりんさんが言われた。
「えっ? 本当ですか? 準備と言われたので、場所やお食事の準備かと思っていました。まさか、打掛を縫ってくださっていたなんて」 私はおぎんさんが縫ってくださったものだと思ってもう一度打掛を眺めた。
「お里様には是非白の打掛を着て頂きたかったのです。派手な打掛はお城に戻ってからいくらでも着ることが出来るでしょう? 白はお里様の肌の白さにも似合いますし、お里様の心の色でもあると思うのです」
「私の心の色?」
「はい、この先上様とご一緒に何色にも変化することが出来るようにと・・・願いも込めました」 おぎんさんはそう言い終わると微笑まれた。
「あり・・・がとう・・・ございます」 私はおぎんさんのお気持ちが嬉しくてまた泣き出してしまった。
「もう、おぎんさん! 今からお化粧をするのにお里様を泣かせないでください」 と言われたおりんさんの目にも涙がにじんでいた。
「私がこんなに幸せに毎日を暮らせるのは、上様をはじめ、菊之助様、おぎんさん、おりんさんがいてくださるからです。誰が欠けても、こんなに幸せにはなれなかったと思います。これからもよろしくお願いいたします」 私は姿勢を正して、お二人に頭を下げた。
「何だか、娘が嫁ぐみたいな気分ですわ。私も変わらずお傍にいたいと思っています。よろしくお願いいたします」 おぎんさんが頭を下げてくれた。
「私もずっとお傍にいますからね」 おりんさんもそう言ってくれた。
「さあ 上様がお待ちかねでございますよ。準備をすすめましょう。お里様も涙を拭いてください」 おぎんさんがそう言って手ぬぐいを渡してくれた。
「はい、ありがとうございます」 それから、お化粧と髪の毛を結ってもらった。
「さあ 出来ましたよ」 おぎんさんとおりんさんが満足そうに私を見られていた。
「いかがでございますか?」 私は自分ではその姿を見ることが出来なかったので、お二人に聞いてみた。
「この打掛が似合うとは思っておりましたが、想像以上にお綺麗で我ながら驚いております」 おぎんさんが言われた。
「お里様、天女様みたいでございますよ」 おりんさんは手を前で組んで目を輝かせて言ってくれた。
「ありがとうございます」 私は素直にお礼を言った。
「さあ 上様のお着替えもとっくに済んでいることでしょう。まいりましょうか」 そう言っておぎんさんが私の手を取ってくださった。
「あの・・・上様はこのことはご存知でいらっしゃったのですか?」 私は気になっていたことを聞いた。
「いいえ、上様には菊之助様からあと少しの時間お里様とお二人で過ごす時間を増やしたいので私たちは昼の間は村の方で用事をしに出掛けてまいります。と言ってもらっていたのです」 おりんさんがニヤリとして言われた。
「そうでしたか」
「上様がご存知なら、きっとニヤニヤとしてお里様に気付かれてしまいますからね」 おぎんさんが冷静におっしゃった。
「そうかもしれませんね」 私がそう言うと、3人で笑い出した。
「さあ 上様の元へまいりましょう」 おぎんさんがそう言われてもう一度手を引いてくれた。
「はい」 私はドキドキとしながら上様の元へと足を進めた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。




