いざ
今日は皆さん朝から気合が入っておられるように感じた。お昼過ぎには、領主様の所へ出向くことになっているからだった。でも、庄屋の家が強盗に合って大変なことになっていると伝えてあるので名目上は村の人たちが今後の相談に行くということになっている。
朝食を終えて、上様たちと打ち合わせをすることとなった。
「基本的には私たちは一緒に行動することになる。だが、お里に何かあっては絶対にならない。もし、向こうがお里を別の部屋へ案内しようとしたとしても絶対におぎんとおりんはお里から離れるな」 上様は打ち合わせの合間合間で同じことを言われた。おぎんさんもおりんさんも、真剣な顔で何度も「承知しました」とお返事されていた。
「お里、本当に一緒に行くのか? この屋敷で待っていてもいいのだぞ?」 私にはこの言葉を何度もおっしゃった。
「はい。どうしても皆さんのご迷惑となるなら、私はここでお留守番させて頂きたいと思います。ですが、この事の成り行きを最後まで見届けたいと思っています」 私も何度も同じ返事をした。すると上様は
「そうだな・・・わかった。お里のことは絶対に守るからな」 と言ってくださった。
(もちろん、上様たちと一緒に最後まで事の成り行きを見たいのは本当だわ。でも、上様があの嫌味な領主をギャフンといわせられるところを見てみたいという興味があって・・・だから、今回は是非とも一緒に行きたいわ)
「菊之助、奉行はこちらへ向かうと言っていたのだな?」
「はい、お昼過ぎにはこちらへ到着する予定だと聞いていますが・・・明け方の雨でどうなることか・・・」 昨日の夜更けに帰ってこられた菊之助様がおっしゃった。
「ああ まあ捕まえるまではこちらでやってもよい。今日中に着いてくれれば、後は領主を預けるだけだからな」 上様は、軽い感じでおっしゃった。
「弥助、村の者は?」 上様が弥助さんの方を向いて尋ねられた。
「はい、広い屋敷の中で起こったことでございました。皆さんが素早く辰吉らを取り押さえられたこともあって、村の者であの夜こちらであったことに気付いているものはおりません。辰吉も今から考えると女遊びをしに行っていたのでしょうが、よく家を空けることも多かったですしその点も不審に思っているものもいないようです」
「そうか、村の者には出来るだけ平穏でいてほしい。何も知らさず、問題を解決できることが一番だ」 村のことをこのように考えられる上様が素敵だと、私は心の中で思っていた。
「平吉、領主の様子は?」
「はい、八兵衛に知らせに行かせたのですが、驚いた顔で『それは大変だ。村の者もさぞかし心配であろう。後はこちらに任せておけばいいから、安心するように』と言っていたそうです」
「ふんっ しらじらしい」 上様は吐き捨てるようにおっしゃった。
「それでは、みな頼んだぞ」 上様がおっしゃると、みな気合をいれて返事をした。お昼ごはんまで少し時間があったので、私は上様とお部屋に戻り二人きりになった。二人きりになると、上様は早速私の膝に頭を乗せられた。そして、大きくため息をつかれた。
「上様、お疲れでございますか?」
「いや、疲れてなどいないよ。やっと、この村の問題を解決して平和が戻るのだと思うとホッとする気持ちになっているくらいだ」
「そうですね。村の皆さんが以前の生活に戻り、心穏やかに過ごせるようになるのですものね」
「それより・・・」 上様はそこで言葉を切られた。
「それより? 何か他に悩み事でも?」 私は上様に尋ねた。
「問題が解決したら、私たちも城に戻らねばならない・・・庄屋の息子も体調が戻ってきたらしいからな」
「それは良かったですね」
「ああ だが、私はこの生活がとても心地良かった。一日中、お里と一緒にいて触れたいときに触れ、話したいときには時間を気にせず過ごせる・・・それが終わってしまうのかと思うと、少し寂しいよ」 上様は少し照れたように私を見られながら話された。
「はい、私もここでの生活は楽しかったです。上様の色んなお顔を見ることが出来て・・・村の方に対する優しいお姿や、子供たちと遊ばれる子供のようなお顔も」 そこで私は思い出し笑いをしてしまった。
「子供のようだったか?」 上様はそこが気になられたらしく、尋ねられた。
「ええ それほど心から楽しんでおられたということです」 私は上様の頬を触りながら微笑んだ。上様はその手を取られた。
「ああ 本当に楽しかった・・・」
「お城に戻っても、私は上様のお時間が許す限り一緒にいたいと思っております。今のようにはいきませんが、お会いできる時間が少なくなったとしても沢山楽しく笑っていましょうね」 私はもう一度上様に微笑んだ。
「ああ ありがとう」 上様は穏やかなお顔をされた。
「上様、そろそろ食事の準備ができました」 襖が閉められたまま廊下で菊之助様がおっしゃった。
「ああ すぐにいく」 上様がお返事されると、菊之助様はそのまま廊下を戻られた。
「お里、あと少しだがその間は思い切り楽しもうな。その前に、まずは今から大仕事だ。しっかり私を見守っていてくれよ」 上様は体を起こされて、キスをされた。
「はい、もちろんでございます。頼りにしております、旦那様」 私はそう答えて自分から上様にキスをした。上様は驚かれた後、「まいったな・・・」 と顔を赤くされた。
そのまま、居間にいった私たちにすぐにおりんさんが気付かれてニヤリとされた。
「あら、今日は上様がお顔を赤くされているのですか?」 そうおりんさんに言われた上様は、ご自分の頬をさすられた。
「おりん、うるさい」 そうおっしゃると、おりんさんを睨まれた。おりんさんは、私の方を見られ、へへへといった顔をされ舌を出された。私はその姿がおかしくて吹き出してしまった。
「お里も笑うのか?」 上様が私を見られ、おっしゃった。
「さあ、食事を始めましょう」 菊之助様がおっしゃると、私たちは席に着いた。
この食事を終えて・・・私たちはいざ、領主の元へまいります。
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