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辰吉

 「ところで、辰吉から話は聞けたのか?」 上様が平吉さんに尋ねられた。


 「はい。すっかり観念したようで・・・朝までじっくりと話を聞きました」 平吉さんが答えられた。


 「それで?」 菊之助様が先を促された。


 「はい・・・辰吉が植木屋で奉公をしていたのは本当でした・・・しかし、辰吉には兄弟もなく女手ひとつで育てられたようで、その母親の具合が悪くなったのでこの村に帰ってきたと・・・母の病気を治すため、なんとかなけなしの金で治療を受けさせていたのですが、金も尽きて母親も弱ってきてしまったそうです。そのときに、金が必要なら工面してやると、見知らぬ男から声をかけられたと言っております」


 「それが、領主の手の内のものだったということか」 上様は真剣なお顔をされておっしゃった。


 「はい、薬のような包み紙を渡され、うまい菓子をもらったからと菓子に薬を塗り庄屋のところへ持って行けと・・・その時は、庄屋だけを狙えるようにその場で食べさすよう指示をされたとのことです。それを何回か繰り返した頃、庄屋は床についたと・・・」


 「庄屋は私よりも歳を召してましたからなあ・・・体力ももたなかったのでしょう」 弥助さんが悲しそうに言われた。


 「辰吉はそれで金を得ましたが、その甲斐もなく母親は亡くなってしまったそうです。辰吉は落ち込み、この村を出ようと決心した時にもう一度領主に呼び出されたと・・・しかし、もう金など要らぬと思っていた辰吉は依頼を断ったそうですが、お前が庄屋を殺したと奉行所に届け出ると脅されたそうで・・・仕方なく、今度は庄屋の息子まで・・・」


 「そんな・・・」 私は知らぬ間に声をあげていた。


 「庄屋の息子は、何かおかしいと感じていたのか色々と調べ始めていたようでして、それに焦った領主が家族ごと狙うように魚に毒を入れて差し入れをさせたようで・・・しかし、庄屋の息子は魚を生で食べることが好きだったので、奥方がさばいたものを一人で食べてしまった・・・生で食べたこともあり、毒がよく回ったのでしょう。あっという間に床に臥せってしまったようです」


 「その後にも、代理でまとめ役をさせようと代表を決めたのだが・・・そいつはどうなりましたか?」 弥助さんが不安そうに聞かれた。


 「はい。その者は、金で村から出て行くように仕向けられホイホイと金を受け取ったとのことです」


 「そうですか・・・いいやつだと思っていたのに・・・」 弥助さんは辛そうに言われた。


 「そして今度は私たちということか」 上様が唇を噛みしめながらおっしゃった。


 「すっかり脅されて言うことを聞くしかなかった辰吉は、今度も魚を差し入れる振りをして毒を仕込んでいたようです。上様が、初めて領主にお会いになったときの牽制が効いたのでしょう。すぐに取りかかれと言われたと言っています。しかし、何度差し入れに行っても家族全員がピンピンと元気にしていたので、辰吉も焦ったと言っておりました。領主からは早く何とかせよと急き立てられていたようで・・・強盗に見せかけ殺してもかまわないと命令をされたとのことです」


 「それで、この家の庭を綺麗にしたいと言ってきたのですね」 おりんさんは怒ったように言われた。


 「ああ だが、ここで庭をいじりながら上様やお里様と話をすることが楽しくなってしまった。部屋の様子は把握したからもう屋敷に行く必要などないのに、毎日通っていたと言っていました。だから、そんなお二人を自分は殺害など出来ないと、苦しんだようです。ならば、強盗に入り怖い思いをさせて村から出て行くように助言をすれば殺されずに済むのではないかと考えていたようです」


 「確かに辰吉たちは人を斬れるような刀は持っておりませんでした。せいぜい、怪我をさせることが出来るほどの錆びた刃物しか・・・」 菊之助様がその時のことを思い出しながらおっしゃった。


 「はい。私ももう一度懐の中を調べましたが、菊之助様がおっしゃる通りでございました」 周りがただの怒りだけではない、少し寂しさもある沈黙に包まれた。


 「辰吉のことはわかった。全て片付いた後に、奉行と沙汰については話し合う。しばらくは平吉の所で預かってくれ」 上様がおっしゃった。


 「かしこまりました」 そう平吉さんがおっしゃると、その後ろでおぎんさんも頭を下げられた。


 「これからどうされますか?」 菊之助様が上様に尋ねられた。


 「ああ 領主のところへ行かねばなあ・・・ さあ どのように懲らしめてやろうか」 上様はニヤリとされた。


 「今回のことが失敗に終わったことは、まだ領主には伝わっていないはずですね」 おりんさんが言われた。


 「ああ 平吉、誰か村人を領主の元へやり庄屋の家が強盗に襲われて大変なことになっていると伝えてこい! 1日くらいの時間稼ぎにはなるだろう。領主も、上手くいったとわかればすぐには動いてこないであろう」 


 「はっ!」 平吉さんは返事をされた。


 「それから菊之助、おりんと一緒に城へ戻りこのことを奉行に知らせてこい。そしてこちらへ来るよう手はずを整えろ。私がここにいるということは内密に動けと言うことも忘れずにな」 


 「はっ!」 「はい!」 お二人も返事をされた。


 「弥助は村の者が何か不審に思ったり、不安に思ったりすることがないように注意を払っておいてくれ」


 「承知しました」 


 上様はあっという間に皆さんに指示を出された。その的確で、素敵なお姿に見とれていた私は思わず声をあげてしまった。


 「あの・・・私は何を?」 言ってしまった後、私には何も出来ることなどないのにと恥ずかしくなってしまった。


 「お里は私の傍にいてくれ」 上様が皆さんに指示を出されるのと同じ口調でおっしゃった。私は恥ずかしくなりながら「はい」 と返事をした。


 「お里様へのご指示が一番大変ですね。私たちはしばらく家を空けますので、上様のお世話はお里様お一人でお願いいたしますね」 おりんさんはそう言われた後にニヤリと笑われた。


 「はい 承知しました」 私はそう言って下を向いた。


 「お里もしっかり頼むぞ」 上様が優しく念を押された。私はもう一度返事をして、顔を上げると皆さんがにこやかな?温かい目で私を見られていた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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