慰労会
今日は、上様、菊之助様、平吉さん、弥助さんと私たち女3人で久しぶりにお昼からゆっくりと食事をしながら宴をしようということになった。朝のうちに、沢山の料理を準備した。上様がお好きな煮物も用意し、今日はお酒も用意した。
(上様は私の前であまりお酒を飲まれることはないけれど、お酒はお好きではないのかしら?それとも、私と過ごすときは我慢しておられるのかしら?)
私たちが宴の準備をしている間、男の方々は村に向かいお城から取り寄せたお酒を少しずつ配って回られた。
「私たちだけ、酒を飲むのも悪いからな。村のものたちにも、少し分けよう」 と昨日、上様がおっしゃっていた。村を一回りされたみなさんが帰られた頃、お膳の準備も整っていた。
「おお 美味しそうだ。早速始めるか」 上様がおっしゃった。みなさん、それぞれ席に着かれた。私はまだお給仕があるので入り口の所に、おぎんさんとおりんさんと控えていた。上様が隣に来るようにと目で合図をされたので、私はおぎんさんとおりんさんに促され上様の隣に座らせて頂いた。
「みな、ここに来てずっとご苦労だったな。特におりんには危険な目に合わせてしまった・・・だが、みなが私とお里を守ってくれているおかげで毎日楽しく暮らすことが出来ている。こんなに穏やかな日々を送ることが出来るのは、初めてだ。ありがとう。これからも、よろしく頼む。今日は日頃の疲れを癒してくれ」 上様が挨拶をされた。みんな、上様のお言葉をしみじみと聞き最後に全員揃って頭を下げた。宴が始まると、みなさん無礼講で楽しく話を始められた。上様も気の知った方たちばかりだったので、楽しそうに過ごされていた。
「それでは、私がここで一曲舞を」 と平吉さんが踊り始められたのを見て、みんなで手を打ち笑い転げた。その後、上様と菊之助様がお二人で舞われたときは先ほどの平吉さんの踊りとは違い、ひとつひとつの所作にため息が出るほど見惚れてしまった。私は、自分が緩い顔になっていると気付き、辺りを見回すとおりんさんも同じお顔をされていた。
「さあ 次はお里様でございますよ」 とおぎんさんが前へ出るように言われた。
「おお それは楽しみだ」 上様が上機嫌でおっしゃった。
「私は・・・舞なんて出来ませんし・・・そんな皆さんの前で披露するものなど・・・」 と困っているところへ、おりんさんがお琴を持ってきてくれた。
「お里、なかなか弾いてもらう機会がなかったからな。少し弾いてくれないか?」 と上様がおっしゃったので、私は「はい・・・」 と自信のない返事をして、お琴の前に座った。そして、前回も弾いた「さくら」 を一曲弾くことにした。演奏が終わると、みなさん静まり返ってしまわれたので、「お耳汚しですみません」 と頭を下げた。
「やはり、何度聞いてもお里の琴は癒される」 と上様が言われたのを、周りのみなさんが笑顔で頷かれた。私は少しホッとして自席へ戻った。
その後も宴は楽しく続いた。弥助さんが、上様は始めなかなか上手に馬が操れず半べそをかいていたこともあったと話始められたときには上様は弥助さんに掴みかかるように「弥助、もういいから」 とおっしゃった。その様子を私たちは見て、また笑った。
(私が大事に思っている上様と、友として接してくださるおぎんさん、おりんさん・・・そして近くで見守ってくださっている菊之助様・・・上様を慕われる方たち・・・そんな方に囲まれ思い切り笑っていられるなんて・・・本当に幸せだわ。ずっと、この幸せが続きますように・・・)
私がそう願いながらみなさんの様子を見ていると
「お里、何を考えているのだ?」 と上様のお顔がとても近くにあった。私は一瞬驚いて、ビクッとなった様子をみて、上様は笑われた。
「はい、みなさんとこうしていられることが幸せだと実感していたところでございます」 と上様に笑顔を返しながら言った。
「そうだな・・・私は、将軍になってからずっとこの者たちと過ごしていたが、お里と出会ってから本当に感謝するようになった。それまでは、それが当たり前のことだと思っていたからな・・・これもお里のおかげだ」 と言いながら、私の肩に頭を乗せられた。
「私のこの目の前の幸せは上様がくださったものです。ありがとうございます」 そう言って、上様の頬に手を当てたところで皆さんの視線が集まっていることに気が付いた。私はすぐに手を戻し、下を向いた。
「お里、気にするな。 この者たちはもう動じることもしないだろう?」 と上様が皆さんに向かっておっしゃった。
「はい もう動じることはありませんが・・・お里様の反応がとても愛らしくて、ついつい困るように見てしまうのです」 とおぎんさんがニヤリと笑って言われた。
「おぎんさん! 意地悪はやめてください」 と私は顔を赤くしたまま、おぎんさんに抗議した。
「お里様、そうやってまた顔を赤くされますと、余計におぎんさんにからかわれますよ」 とおりんさんも面白そうに言われた。
「まあっ」 私はどうしていいかわからず、今度は下を向いた。
「おいおい お里を苛めるのはその辺にしておけ」 上様がそう言って私を抱きしめられた。
「上様! おやめください」 皆さんの前で抱きしめられて私は頭が沸騰しそうだった。それを見て、菊之助様が大笑いをしだされた。
「お里殿、上様の溺愛はもう諦めてください」 と菊之助様は笑いながらおっしゃった。私は、上様の腕の中でしばらく真っ赤な顔を隠した。
あっという間に夜も更けてきた。そろそろお開きにしよう、と上様がおっしゃったので皆さんそれぞれ家路に着かれることとなった。上様、菊之助様、おりんさん、私は門まで皆さんをお見送りに出た。挨拶を済まされ、家へ戻ろうとしたところで上様がよろけられた。
「まあ 旦那様、今日は飲み過ぎでございます。早くお休みになってください」 と菊之助様と一緒にお部屋へ連れていってもらった。
「ああ 今日は楽しかったから、少し飲み過ぎてしまったようだ」 と上様は夜に似合わない大きな声でおっしゃった。私たちも、今日は早く休むことにしようとそれぞれ部屋へ戻った。
私が布団に入ると、上様が抱きしめてこられた。私も素直に甘えて、今日の楽しかったことを思い出しながら目を閉じた。
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