表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/233

 食事の支度をしていると、いつもおりんが「少し味見をしてみてもいいですか?」 と料理の途中でつまみ食いをされる。最初のうちは、よほどお腹が空かれているのかしら?と思っていたけれど、そういう訳でもなさそうなので聞いてみた。


 「おりんさん、まだ味付けが全て終わっていないものも味見されるのですか?」


 「はい お里様がひとつひとつの素材をどのように味をつけられているのか知りたいので・・・お里様が味を付けられていないものと比べて、どのように違うのか確かめているのでございます」


 「花嫁修業でございますか?」 私はクスッと笑いながら言うと 「はい そのようなものです」 と笑顔を返された。

 その日は昼から上様と菊之助様は弥助さんと一緒に村の畑を見に出て行かれたので、私とおりんさんとで食事の支度をしていた。いつものようにおりんさんが、お鍋の中のものを一口、口に入れられた。私はその様子をいつものことかと思い笑いながら見ていた。しばらく話をしながら料理をしていると


 「うう・・・うう・・」 と苦しそうにしゃがみこまれた。


 「おりんさん!」 私は驚いておりんさんに駆け寄り、顔を覗きこんだ。おりんさんは真っ青な顔をしていた。


 「おりんさん! どうされましたか? どこか苦しいのですか?」 私は半分パニックになりながら、おりんさんに聞いた。


 「お・・さと・・さま・・・みず・・を・・」 おりんさんが苦しそうに言われたので、私は急いで湯飲みに水を汲み、おりんさんの手に握らせた。おりんさんは懐から何か包み紙を出されそれと一緒に水を飲まれた。


 「おりんさん?」 私は背中をさすりながら、オロオロするしかなかった。しばらくすると、おりんさんの呼吸が落ち着いてきたようだった。


 「おりんさん、とりあえず部屋へ行けますか?」 私は自分が冷静にならなければと思いおりんさんの肩をかかえて部屋まで行った。急いで、布団を敷きおりんさんをそこへ寝かせた。


 「おさとさま・・・私はだ・・・だいじょうぶ・・です。しばらくよこに・・・なれば・・・すぐになおり・・ます・・」 そう言って、無理に笑顔を見せられたようだった。

 とにかく、上様と菊之助様に知らさねばと「おりんさん、しばらく待っていてくださいね。すぐに戻りますから」と言うと「おさとさま・・・ひとりでいっては・・いけません」と私の腕を掴まれた。私は「いえ すぐにもどりますから」 と、その握られた弱弱しい腕を布団に戻し、急いで玄関に向かった。

 そして、村の中心部へと向かう坂道を急いで下った。何度も途中で転びそうになったり、つまずいたりしたが、足を前に進めることに必死だった。すると、畑を見ながら、話をしている3人ほどの男の方が見えた。私はまだしっかり確認する前に「旦那様! 菊之助様!」 と大声で叫んでいた。叫びながらしばらく走っていると上様の姿を確認することが出来た。もう一度大きな声で「旦那様!」 と叫ぶと菊之助様が気付かれて上様にお声を掛けられた。上様は、驚いて私の方へ走ってこられた。その後ろに続いて、菊之助様も私の元へ来てくださった。


 「お里、どうした?」 上様は私の形相を見て、落ち着かせようと抱き締めてくださった。そして、もう一度「どうした?」と優しく聞いてくださった。私は上様の顔を見ると安心したのか一気に涙が溢れだした。

「おりん・・さんが・・・急に苦しまれて・・・どうしたら・・・いいのか・・」 走っていたのと、泣いていたのとで息が苦しくうまく声がでなかった。でも、上様はそこまで聞くと「菊之助!」と菊之助様の方を見られた。「はいっ!」と菊之助様はお返事をされ、すぐに家に向かって走り出された。


 「お里、だいじょうぶか?」 上様は私を抱きしめたまま、頬を撫でてくださりなんとか落ち着けようとしてくださった。「菊之助が今戻ったから、きっと大丈夫だ。落ち着いたら私と一緒に家へ戻ろう」 泣きじゃくる私にそう何度も言ってくださった。私も急いで家に戻りたかったので、上様に掴まりなんとか立ち上がった。


 「歩けるか? 無理なら私がおぶってやろう」 と言ってくださったけれど、「大丈夫です。歩けます」 と言い少しずつ歩を進めた。だが、ここに来るまでに全体力を使ってしまったのか、何度もよろけた。これでは上様の足手まといになってしまうと思い 「上様、先に家へお戻りください」 と言うと「何を言っている! お里をおいていくわけがないだろう。一緒に戻ろう」 と優しくおっしゃった。

 そして「やはりこの方が早いからな。少し大人しくしていてくれ」 と私をお姫様抱っこされた。私は恥ずかしいとかそんなことを言っている余裕もなかったので 「はい・・・ありがとうございます」 と素直に言った。

 上様は「それでいい」 と優しく微笑んでくださり、歩みを進められた。歩きながら、上様の腕の中で少し落ち着いてきた私は「おりんさんは大丈夫でございましょうか?」 と聞いた。


 「ああ こういうこともあるかもしれないと準備はしていたのでな。たぶん、大丈夫だ」 とおっしゃった。準備とはどういうことかわからないと考えているうちに、家の前に着いた。上様は私を抱きかかえられたまま、玄関を入られた。


 「お里、ゆっくりおろすぞ」 私をおろされ、そのまま手を取っておりんさんの部屋まで連れて行ってくださった。

 部屋の前で「入るぞ」 と一声かけられ、襖を開けられた。布団の中では、おりんさんは目を瞑っておられた。菊之助様が、静かにこちらに寄ってこられ


 「今、眠ったところでございます。上様、あちらのお部屋でお話してもよろしいですか?」


 「ああ お里も一緒においで」 上様は私の手を引かれた。


 「でも おりんさんの傍にいないと・・・」 私はおりんさんに何か出来ることはないのかと思った。


 「お里殿、おりんは大丈夫でございますよ。先ほどまでしっかりと話をしておりました。次に目覚めたときには、いつものおりんに戻っております」 そう言ってニコリと笑われた。私は不安気に頷き、居間の方へと移動した。居間でも上様は私を横に座るように言われ、ずっと手を握っていてくださった。すると、菊之助様が話し出された。


 「上様、お里殿の前でございますがお話させて頂いてもよろしいですか?」 


 「ああ 今後のためにお里にも聞いてもらう」 


 「わかりました。やはり、毒によるものだったようです。さいわい、おりんは常に解毒のための薬を持っておりましたので、すぐにそれを飲んだようでございます」


 「毒でございますか? 確かに・・・おりんさんは苦しまれているときにお水をと言われ一緒に包み紙の中味を飲んでおられました」 私は、何を言っておられるのか理解出来なかったけれど、その時の様子を話した。


 「お里、ここの庄屋が死んで、その後にも息子が倒れたであろう? 今は江戸で養生させているが医者の話によると、症状から見ると毒ではないかと言っておったのだよ。それで、念のためにおりんが毎日食事を毒見していたのだ。どうやら、その考えが当たってしまったらしい」


 「・・・・」 私は驚きと困惑で声が出なかった。


 (おりんさんは笑顔で、花嫁修業だと毎日毒見をされていたのだわ・・・私は何も知らずに・・・)


 「お里? 大丈夫か?」 上様が握っていた手に力を入れられたので、私はハッとした。


 「わたし・・・何も知らずに・・・のんきに・・・」 そこまで言うと、おりんさんに申し訳ないと思い、涙が出てきた。上様は泣き出してしまった私を引き寄せられた。


 「お里が何かを気にすることではない。私たちが話し合って、お里に心配をかけぬように気付かれないようにしていたのだよ」 私の背中をさすりながら上様がおっしゃった。


 「お里殿、隠密たちは毒を飲んでしまったときの処置なども特訓しております。こういう言い方を私がするのもどうかと思いますが・・・それが、隠密の役目なのです。上様やお里殿が毒を飲まれなくてすんだことを、おりんも良かったと言っておりました。ですから・・・おりんを褒めてやってください」 菊之助様はそうおっしゃると、頭を下げられた。


 「そんな・・・毒を飲んで良かっただなんて・・・」 


 「お里はおりんが毒見をしていることを知っていたら、素直にそれを見過ごすことが出来たか? 代わりに自分が食べてみると言い出していたかもしれないだろう?」


 「・・・・」


 「みんな、お前のことを心配していたのだよ。おりんが一番、内緒にしておくようにと言ったのだ。だから、おりんの気持ちもわかってやれ」 上様が穏やかにおっしゃった。


 「はい・・・」


 その日は、おぎんさんが簡単な食事を作ってくれたが喉を通らなかった。上様はおりんさんをゆっくり休ませるために菊之助様に看病をまかせて、早く休むようにとおっしゃった。私と上様も早くに布団に入ることにした。


 「お里、私はお里に何もなくて良かったと思っている。お里もおりんに助けられたと思いなさい」


 「はい・・・」


 「今日はゆっくり休んで、明日みんなで話をしよう。お里もしっかり寝るのだぞ」 そう言って抱きしめてくださった。上様の腕の中が心地よかったけれど、あまり眠ることは出来ず夜を明かすこととなった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ