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領主

 そうやって、過ごして3日後・・・私たちがいつものように村を回ってから家へ戻ると、玄関で真剣な顔をしたおぎんさんが迎えてくれた。一目見て、上様が何かあったのかと察しられた。小声で「どうした?」 と聞かれると、おぎんさんが「領主様がお見えでございます」と言われた。上様は、一瞬顔色を変えられたが「案外、早かったな・・・わかった」 とおっしゃった。


 「お里、何があっても口を開いてはいけないぞ。黙って私の横にいなさい。わかったな」 と私の方を振り返っておっしゃった。私は、「承知しました」 と一言返事をした。そのまま家の中に入ると、領主様は客間で待っておられた。上様は、なにくわぬ顔でお部屋に入られその場に座られてから挨拶をされた。


 「お待たせをして申し訳ございません。私の方から、挨拶にお伺いせねばなりませんでしたのに、ご挨拶が遅れました」 そう言って頭を下げられた。私も隣で一緒に頭を下げた。


 「おぬしが 多田 豊兵衛か・・・随分若いのう。そんなにかしこまらなくてもよい。おぬしが、ここへ到着して早速農民たちに米を配ったと聞いてな、貧しい村にどんな金持ちが来たのかと顔を見にきただけだ」 扇子であおぎながら、その領主様はおっしゃった。その態度や言い方がとても横柄で、嫌味だった。私は横で腹が立って仕方がなかった。


 「わざわざありがとうございます。遠い親戚とはいえども、同じ血で繋がった家の窮地だと聞きまして・・・江戸から駆け付けましてございます。ここの現当主が床に臥せっております間、代わりを勤めさせて頂きたく存じます」 上様のお言葉はとても落ち着いていて、先ほどの嫌味など気にされていないようだった。


 「そうか・・・おぬしに代わりが勤まるのか? ところで、毎日村を回っているようだが、何をしている?」


 「はい、今年の米の取れ高を聞いて回っております。税で納める米と、農民たちが食べられる米を調べてまわっているところでございます」


 「・・・なに!?」 一瞬で領主様が顔色を変えられた。そして続けて、声を大きくして言われた。


 「そんなことは庄屋の仕事ではない。そのような計算はこちらで間違いなくしておる! あまり余計なことをすると、この村にいられなくなるぞ!」 


 「申し訳ございません。江戸では、米を納める時などの相談にものっておりましたもので・・・その際、計算などもすることがあり、これも庄屋の仕事なのだと思っておりました」 上様は涼しいお顔でおっしゃった。


 「この村にはこの村の仕来たりがある! 勝手なことはせぬように、肝に命じておけ」 


 「はい 承知いたしました」 上様はもう一度頭を下げられた。


 「それより、おぬしの横に座っているものは?」 私の方をジロジロと見られてから尋ねられた。


 「はい 妻のお里でございます」 私はそう紹介されると頭を下げた。


 「そうか・・・なかなかの器量良しであるな」 今度はニヤニヤとされていたが、私は目を合わせず俯いたままでいた。


 「まあ 今日は挨拶に来ただけだ。 また、私の屋敷にも遊びに来るがいい」 そう言うと席を立たれた。


 「はい 本日はわざわざご足労いただき、ありがとうございました」 そう言って私たちは頭を下げた。


 「なに くるしゅうない。江戸の女を間近で見ることができて、来た甲斐があった」 そう言いながら玄関を出て行かれた。領主様が外の門を出られるまでお見送りすると、私たちは家に入り大きくため息をついた。部屋の中に入り、それぞれ座ると菊之助様が口を開かれた。


 「上様、よく堪えられました」


 「ああ あんなやつの言うことなど何でもない。ただ、お里のことを見る視線が気に入らなかった・・・私が腹を立てたのはそこだけだ」 そうおっしゃると、横に座っている私の手を握られた。


 「私はあの方は嫌でございます。物の言い方や上様に対する態度・・・思い出しただけで腹が立ちます」 私はそれまで耐えていた苛立ちを、声を上げて発散した。一通り言って、周りを見ると・・・皆さん呆気にとられたように口を開けられたままだった・・・私はしまった!と思うと急に恥ずかしくなり下を向いた。すると、上様が少し笑いながらおっしゃった。


 「お里が一目で人を嫌うのは珍しい・・・それに腹を立てるのもな」


 「はしたなく声を上げてしまい、申し訳ございません」 と私が謝ると、おりんさんが笑いを堪えきれず吹き出された。それを機に皆さん笑い出された。私は一段と恥ずかしくなり、なかなか顔を上げられなかった。 


 「領主の目にお里を触れさせてしまった。今後、どんなときもお里を一人にはしないように・・・もしものことがあっては困る。おぎんとおりんは特に頼んだぞ」 上様は真剣な顔でおっしゃった。

 その後も、午前中は上様と一緒に村を回ったり、午後からは机に向かい読み書きを教えて頂いたりした。


 「お里、字が上手だな。お里の心が字から伝わるようだ」 そう言っていつも褒めてくださった。私は習字を習っていたので、字を書くことは出来たけれど、やはり昔の仮名使いや読み方が難しかった。でも、上様と同じ机に向かい色々と教えてもらうことは、楽しい時間だった。夕方近くになると、菊之助様たちが来られ上様はお仕事をされるので私はおりんさんたちと食事の支度にとりかかった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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