表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/233

入村

 歩いているときとは違い、ドンドンと景色が変わっていった。きっと、いくつも村を越えているのだろう・・・所々に集落があるようだった。どこの田んぼも稲刈りが済んでいるようだった。子どもたちが、村のあちこちで走り回るのが見え、大人たちは畑を耕していたり固まって話をしていて、時々道端まで笑い声が聞こえてくることもあった。そのような、集落をいくつか見た後・・・明らかに今までとちがう集落に入った。


 「お里、この村だよ」 上様が教えてくださった。外で走り回っている子供もいなければ、外で会話している笑い声も聞こえない・・・どんどんとその集落の中に入っていくと、笑い声どころか、みんな顔がやつれ、疲れているようだった。私は、何とも言えない恐怖から上様にギュッと抱き付いた。


 「お里、明らかに今までとは違うようだな・・・大丈夫だよ」 と言って、私を抱き寄せてくださった。さらに集落の中に入っていくと、大きな家に突き当たった。その前におぎんさんと平吉さんと、少し腰の曲がったご老人が立っていた。


 「お疲れ様でございました」 3人揃って頭を下げられた。


 「ああ」 上様は一言だけ返事をされると、サッと馬を下りられ今度は下から私に手を差し出してくださった。私は上様の手をギュッと握りジリジリと移動すると、上様は私の両脇を抱えられヒョイと抱きかかえてくださり、ゆっくり地面に下ろしてくださった。馬にずっと揺られていたので、私がフラフラしては危ないとその後もずっと腰を支えてくださっていた。そうしながら、ご老人に挨拶をされた。


 「弥助、歳はとったが元気そうであるな」 と、笑顔でおっしゃった。


 「豊丸様・・・ご立派になられまして・・・この度は私どものために・・・ありがとうございます」 目に涙を浮かべられ、言葉を切れ切れに話された。


 「何を泣いているのだ。とりあえず、お里を休ませたい。平吉、中に案内せよ。弥助、話は中で聞く」 上様はそう言って、私を気遣いながら家へと連れて行ってくださった。家の中はとても広く、いくつお部屋があるのかわからないほどだった。おぎんさんが、居間のような場所に座布団を敷いてくださり、それぞれが座ると今度はお茶を持ってきてくれた。


 「お里様、大丈夫でございますか?」 お茶を渡しながら聞いてくれたので、私は「はい もう落ち着きました」 と答えた。その質問と同時に上様が私を見られたので、上様にも笑顔で頷いた。上様はホッとしたようなお顔をされた。


 「とりあえず、弥助、こちらから来たものを紹介する。菊之助、おりん、そしてお里だ」 私たちは順番に名前を呼ばれたあとに頭を下げた。


 「皆さま、ありがとうございます。私は弥助と申します」 そう言って、弥助さんも頭を下げられた。


 「やはり、ここへ来るまでの間の村の様子を見てきたが、この村だけが明らかに村人たちが疲れておる」


 「はい 今月に入って2組の家族が他の村に逃げていってしまいました」 弥助さんは苦い顔をして言われた。


 「そうか・・・とりあえず、ここでしばらく様子をみたい。村の者には、とりあえず少しずつだが米と野菜を持ってきた。明日、挨拶を兼ねて配ろうと思っておるから、段取りを頼んだぞ」 上様は優しくおっしゃった。


 「ありがとうございます。みな、喜ぶことでしょう。子どもたちも、今は寺子屋にも行けず、ほとんど金にもならない内職を手伝わされております。食べる物も満足にないので、最近では走り回ることもないのです」 


 「子供まで犠牲になっているとは・・・早く何とかせねばなりませんね」 菊之助様がおっしゃった。


 「ああ まずは庄屋代理として様子をみてみよう」 上様がおっしゃった。


 「とりあえず、お里様とおりんに部屋を案内させて頂きます」 おぎんさんがそう言うと立ち上がられた。


 「ああ お里いっておいで」 上様がそう言ってくださったので、私とおりんさんはおぎんさんについて行った。部屋が想像以上に広く、沢山あった。私と上様のお部屋、菊之助様のお部屋、おりんさんのお部屋にはそれぞれ荷物が運び込まれていた。


 「本当に広いお家なのですね。お庭も素敵だわ」 私はお部屋から見えるお庭を見ながら言った。


 「こちらも荒れていたのですが、平吉と一緒に少し整えさせてもらいました」


 「そうだったのですか・・・」 


 「お里様、見ての通りの村でございます。でも、村人たちはそれでも一生懸命生きるために頑張っております。みな、良い人たちばかりですので、お里様にも仲良くして頂ければ嬉しく思います」 おぎんさんは改めて言われた。


 「もちろん、そのつもりでございます。明日、村の皆様にお会い出来るのが楽しみでございます」 私は笑顔でおぎんさんを見た。おぎんさんは、私の顔を確認してホッとされたような顔をされた。そして、おりんさんの方を向かれ「おりんもよろしくね」と言われると「はい」と答えられた。それから私たちは、台所に届いていた荷物を開けて夕飯づくりを始めた。

 煮物や、前回おりんさんが褒めてくれた茶碗蒸しも作った。その間も男の方たちは話し合いをされているようだった。

 ご飯の用意が出来たことを、おりんさんが伝えに行かれると話が一段落したところだから食事を始めようとのことだった。私たちは、出来たものから順番にお膳に乗せていき運んだ。おぎんさんが、後は私たちが運びますのでお里様は席に着くようにと言われたので、居間へ行くと「お里は私の横にきなさい」 とおっしゃったので、上様の横に座らせて頂いた。その様子を見られていた弥助さんが上様に尋ねられた。


 「豊丸様? お里様は・・・ご側室でございますか?」 


 「お里はな、今は側室ではないがずっと私の傍にいてもらう者だ」 と言ってくださった。


 「そうですか・・・」 弥助さんは何か言いたそうだった。


 「なんだ、弥助? 何か言いたいなら言えばいい」 上様は不服そうなお顔をされた。


 「いえ、こちらの噂では上様は沢山の側室を抱えられているのに、誰にもご執心されないと・・・側室は子を作る道具だと思っておられると聞いておりましたので」 と弥助さんはなんの遠慮もなく言われた。


 「相変わらず弥助は遠慮がないのう・・・まあ、それも事実だ。だが、今も側室はいるが、お里は違うのだ」 ハッキリと弥助さんに言われ、苦笑いをされた。


 「そうでございますか・・・」 弥助さんは何だか腑に落ちないような顔をされていた。食事が全て並ぶと上様が「さあ 食べよう」とおっしゃったのを合図にそれぞれが箸を進めた。


 「お里が作った料理を食べるのは初めてだ。何から食べようかのう」 上様が嬉しそうにお膳を見られていた。


 「煮物と卵の蒸し物はお里様が作られたのですよ」 おぎんさんが言われた。


 「そうか・・・この蒸し物が以前おりんが言っていたものだな?」 そう言いながらそれを一口、口に運ばれた。


 「んー うまい。 こんな優しい味の蒸し物は初めてだ」 そうおっしゃると、私の方を向かれてニコリと笑われた。私も嬉しくて、笑顔を返した。皆さんも、美味しいと言って食べてくださった。私はその笑顔を見ながら、やはり料理を作るのも楽しいなと実感していた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ