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心配症

 次の日の朝は少し肌寒くて、早めに目が覚めた。季節はもうすぐ秋になろうとしていた。廊下に出ると、もう朝食のお膳が用意されていた。見ると、ごはんはおにぎりにしてあった。


 (きっと、お常さんが朝バタバタしないように配慮してくださったんだわ)


 私はお膳を部屋の中へ持って入り、上様を起こさないように準備を始めた。上様に背中を向けていたので、起きられたことに全く気が付かなかった。後ろから急に抱き付かれ「お里、おはよう」とおっしゃった。私はびっくりして手に持っていたお箸を落としてしまった。


 「上様、起きられたのですね? 全く気付きませんでした。おはようございます」 私は心臓がドキドキしているのを手で触って確認した。


 「驚かせてしまったな。すっきりと目覚めたら、お里が目に入って抱き付いてしまったよ」 と朝から爽やかな笑顔でおっしゃった。


 「上様? すぐにお食事は出来ますか? お常さんが食べやすいようにご飯を握ってくださっているようですが・・・」


 「ああ 少しだけでも食べておくか」 上様はゆっくりと立ち上がってお席に着かれた。私は食事の準備をすぐにして、上様の前においた。


 「お里も少しでも食べておきなさい」 とおっしゃったので、私も席につき食事を始めた。


 「お里、今日は行動が別になるが気を付けるのだぞ」


 「はい」


 「お里、おぎんとおりんからはぐれないようにするのだぞ」


 「はい」


 「もし途中で疲れたら、遠慮せずにいうのだぞ」


 「はい」 そこで私はクスッと笑ってしまった。


 「私はお里のことになると心配症だな・・・京都の1件があったから余計に心配なのだ」 上様は困ったようなお顔をされた。


 (上様は京都で私と2人で出かけたときに、私を休ませるために1人でお団子を買いに行かれた隙に、男に連れて行かれそうになったことを言っておられるのだわ。あの時は、おぎんさんとおりんさんが助けてくださって何ともなかったのだけど・・・)


 「上様、おぎんさんとおりんさんから離れずについていきます。疲れたら遠慮せずに言いますね」 私は笑顔で言った。


 「ああ そうしてくれ。私の方が先に着くだろうから、待っているよ」


 「はい。でも明日からはずっと一緒でございますね」 もう一度笑顔を向けた。


 「そうだな。今日は大人しく一人で籠に乗るよ」 そうおっしゃって苦笑いをされた。


 食事が終わりしばらくすると、菊之助様とおぎんさんたちが来られた。上様はそのまま表へ行かれるとのことだった。


 「おぎん、おりん、くれぐれもお里を頼むぞ」 念を押すようにおっしゃった。おぎんさんが「上様安心なさってください。何があってもお里様は無事にお宿まで送り届けますので」と子供をあやすような言い方をされた。


 「お里、じゃあ先に行くぞ」 上様はもう一度私の顔を見られた。


 「はい 上様もお気を付けて」 そう言って頭を下げた。上様が渋々廊下に出られ、足音が聞こえなくなるとおりんさんが大きく息をつかれた。


 「本当に上様は心配症でございますね」


 「京都での1件があったから心配なのだとおっしゃっていました」 着替えをさせてもらいながら話をした。


 「私たちが一緒ですから、大丈夫ですよ。それに、そんなに危ない道は通りませんし昼間ですからね」 おぎんさんが言われた。


 「とにかくお里様の無理のないように進んで、出来るだけ早く上様を安心させて差し上げましょう」 おりんさんが張り切って言われた。


 「はい よろしくお願いいたします」 私は立ったまま頭を下げた。用意が整い、そろそろ出発しようかと思った時廊下から声がした。


 「お常でございます」 私が襖を開けると、お常さんが座っておられた。


 「お常さん、どうされましたか?」


 「今から出発かい? 上様は?」


 「上様は先に出発なさいました。私たちは女だけで出発するところです」


 「そうかい、ならちょうど良かった。道の途中で食べてもらえるように団子を作ったので、持っておいき」 そう言って、まだ温かい包み紙を渡してくれた。


 「まあ ありがとうございます」 私は美味しそうな匂いに顔がほころんだ。


 「お膳を下げるときに、まだ出発してなかったらと思って声をかけてみて良かったよ」 お常さんは笑顔でおっしゃった。


 「お常さん、ありがとうございます」 私が頭を下げると、後ろにおられたおぎんさんとおりんさんも頭を下げられた。


 「ああ 3人とも気を付けてね。では、私はお膳を持っていくからね」 そう言ってお常さんは御膳所へ戻られた。


 「では、お里様まいりましょう。出発はおりんの家からになりますから小屋へいきましょう」 おぎんさんがおっしゃった。


 「はい」 小屋に入って、中から扉を閉めると何か細工をされているようだった。私が不思議そうに見ているとおりんさんが教えてくれた。


 「この小屋のことは誰にも知られてはいけませんからね。中からしっかり錠をして、誰かが無理矢理こじ開けようとした場合にはあとからわかるように印をつけておくのです」


 「なるほど・・・」 私は感心してその様子をジッとみた。


 「さあ お待たせ致しました。まいりましょう」 今度は畳を上げられ、その中へと進まれた。私も蠟燭の明かりを頼りについていった。おりんさんの家までたどり着くと、日の光が眩しくて目を細めた。


 「お里様、すぐに慣れますよ」 言われた通り、しばらくすると目が慣れてきた。「大丈夫ですか?」 とおりんさんに聞かれたので大丈夫ですと答えた。この隠し通路はいつ通ってもなんだか不思議だなと改めて思った。入口と出口の風景が違い過ぎて、不思議な感覚になるようだった。おりんさんの家を出ると、しばらく町の方へ向かうとのことだった。ほとんど荷物をお二人に持って頂いていたので、身軽だったのと外を歩くことが久しぶりで何だかとても気分も軽く出発することができた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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