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甘々

 それからというもの、私がお部屋へ行くと待ち構えられている上様に甘やかされる日々だった。でも、キチンとお仕事はしなければなりません。


 「お里、もう終わったか?」

 

 「いいえ、今からお部屋のお掃除に取りかからせて頂きます」


 「そうか…」


 「掃除も片付いたようだな」


 「いいえ、今からお庭のお掃除をしてまいります」


 「そうか…なら、私も縁側まで出ておこう」


 「上様、その格好ではダメでございます。縁側まで出ては、誰に見られるかわかりませんので」


 「そうか…では、早く掃除を終わらせて、ここへ戻ってこい」


 「はい。かしこまりました」


 といったようなことの繰り返しだった。


 (私のことを必要として、近くにいたいという気持ちを素直に表現してくださる上様にとまどっている…だって、こんな風に接してくれた男の人は初めてだったから…でも、それが恥ずかしくもあり、嬉しいと思っている…私は愛されたかったのかな)


 「上様、お仕事の方が一段落いたしました。お茶でもお淹れしましょうか?」


 「やっと終わったか! お茶よりもこちらへきておくれ」


 そういって、上様は私を優しく抱きしめられ、手を握って顔をスリスリされる。


 (これがとても恥ずかしい)


 「ああ こうしてお里の近くにいると落ち着くのだ」


 私はそう言われると、すぐに顔が真っ赤になる。


 「そうやって照れられるとますますかわいい」


 (かわいいなんて言われたことないし、本当に照れる)


 「このままずっと、こうしていたい…」


 上様が、そっと呟かれた。私は少しだけ上様から顔をはなして


 「そうですね。でも、そろそろお戻りにならなければならないお時間ですよ。菊之助様がお迎えにいらっしゃいます」


 「そう意地悪を言うな」


 上様が顔を近付けられて、そっとキスされた。


 「おさと…」


 そう言いながら、もう一度深く唇を合わしてこられた。


 「んん…」


 私は恥ずかしさで頭が沸騰しそうだったけれど、そうされたことが嬉しく自然に受け入れていた。こんな甘い時間を過ごす日々が、こんな歳になってくるなんて、いったいどういうことなんだろうと考えていた。


 (いまの世界ではもっと若いんですけど…)


 そっと、上様が顔を離されて私を見つめられた。


 「お里は甘すぎる」


 (いえいえ、甘いのは上様です)


 「上様…そろそろ…」


 襖の向こうから菊之助様の声がした。


 「あいつはいつもいいところで…」


 上様が半分投げやりに言われた。


 「はいれ」


 「失礼いたします」


 菊之助様が入って来られる時は、私はすっかり上様から離れて定位置に戻っていた。


 「お里殿、ご苦労様ですね」


 「はい、本日もお仕事の方は終わっております」


 (ところで、最近気になっているんだけど…菊之助様に殿ってつけられるんですけど…)


 「あの…菊之助様?」


 「なんでしょうか?」


 「私のことを最近『お里殿』と呼ばれているような…」


 「はい。その通りですが、どうかしましたか?」


 「いえ、あの、私は菊之助様に殿と付けて頂くようなものではございません。雑用係ですから…」


 「わかっていますよ。もちろん、ここ以外では『お里』と呼ばせて頂きます。でも、ここには上様と私たちしかおりません。お里殿は、今では上様の大事なお方ですので、私にとっても大事なのですよ」


 「菊之助が大事にしなくても、私が大事にするのだが」


 上様が割って入られた。


 「上様、そういうことではございません。まったく…このお方は…お里殿のことになると冷静でなくなるので困る…」


 最後の方は、ほぼ独り言のように菊之助様がおっしゃった。私はとりあえず、苦笑いするしかなかった。


 「では、そろそろお戻りになられますか?」


 菊之助様が言われた。


 「仕方がないな…ではお里、また明日な」


 「はい。明日は、お常さんにお願いして甘いお菓子を用意して頂きましょうか?」


 「ああ 頼む。お里より甘いものはないがな…」


 「上様!!」


 真っ赤になった私をみてクスッと笑い、上様は戻られた。




 雑用係として、上様と部屋で過ごすときが、私にとっても心が落ちつくように感じられるようになってきた。


 「実はな、お里、暑さが落ちつく頃に京都まで行かなければならなくなった」


 「そうでございますか。どれぐらいの行程になるのですか?」


 「行き帰りの行程も入れて、ひと月くらいにはなるだろう」


 「わかりました。その間は、お常さんのもとで御膳所のお仕事をしておきますね」


 「いや、そうではない」


 「あっ! たまにはこちらへもお伺いして、お掃除もしておかなければなりませんね」


 「それでもないのだ」


 「では?」


 「私がひと月もお里と離れることが出来ると思うか?」


 「はあ…でも…」


 「いいことを考えたのだ」


 「なんでしょう?」


 「お里も京都へ連れて行く」


 「えっ?」


 私が驚くのを楽しそうに眺められていた。


 「上様? 私が上様とご一緒するのは無理でございます。雑用係が…しかも女中がついていくなんて…」


 上様は私がそう言うだろうと予想されていたのか、ニヤリと笑われた。

 

 「お里はお夕として私と一緒に同行するのだ」


 「!!!」


 (私がお夕様としてなんて、恐れ多い!!)


 「実はな、お夕はどこの公の場所にも出たことがない」


 (それはもちろんでございましょう。だって、上様がおられるところに登場するのは絶対に無理です)


 「だから、お里がお夕だと言っても誰も疑わないのだ」


 「でも…」


 私は菊之助様に助けを求めた。


 「お里殿…上様はもう決められた。誰の言うことも聞かれません。私も諦めました。とくに、お里殿とのことは…」


 そう言いながら、首を振られた。


 (そんなあ…)


 「そういうわけだ」


 得意気な顔をされた。


 (はあ…私はこの世界にきて、大奥の事だけしか知らないのに…外に出るなんて全く自信がない)


 「そうは言っても、お里も不安であろう」


 (もちろんです)


 「はい」


 「それで、出立までの間、ここで訓練をする」


 「くんれん?」


 (どういうこと?)


 「今着ているような着物ではなく、もっと重い着物を着ねばならない。お茶の作法も必要であろう…だから、出立までの間は雑用係とは別にここでお夕となる訓練をするのだ」


 (何を考えておられるのだろう…確かに訓練は必要だけど、ちょっとしただけでお夕の方様になれるわけがないのに…)


 「私が訓練しましても、そう簡単に身につくものではないかと…」


 「お里なら大丈夫だ」


 (何の根拠があって、こんな自信たっぷりに話しておられるのだろう)


 「菊之助をはじめ、あと二人、訓練の師匠をしてもらう者を用意した」


 (えっ? 上様がここに来られていることは内緒なのに大丈夫かしら?)


 「おいっ!」


 と上様が急に言われたので、私がビクッとなってしまった。

 後ろに気配を感じ、振り返るとさらに飛び上がるくらいビックリした。女性が2人そこに控えておられたのだ。


 (!!…忍者? くのいち?)


 明らかに女中ではなかった。漫画で見たことのある、忍者の格好をしていた。


 「お前たち頼んだぞ」


 「はい。かしこまりました。お里様、私は上様の隠密、()()()でございます」


 続いて、もう一人の忍者さんが挨拶された。


 「私は()()()でございます」


 (おりんさんとおぎんさん、歳は今の私よりも上ですね。お二人とも美人さんです)


 「何もわからないもので、お手数をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします」


 私も二人に向き直って、頭を下げて挨拶をした。


 「とにかく、3人で精一杯お支えするので、お里殿、観念してください」


 と、菊之助様が言われた。


 「はい。わかりました」


 (この状況、そう言うしかない…上様ーーー!!)


 上様は、自分の思っている通りになり、大変満足そうだった。


 「では、明日からお里、頑張るように! もちろん、私も毎日こちらにくるからな」


 (私の姿を見て、笑われるおつもりですね)


 「はい。わかりました」


 

 「では、お里以外は下がれ! ここからは2人で過ごす」


 「はいはい。わかりました」


 呆れ顔の菊之助様をはじめ、隠密のお二人はニコニコしながら部屋から出られた。


 2人になり、いつものように上様に抱き寄せられた。


 「隠密と言われるお方を初めて見ました」


 「そらそうだな。そうそう顔を合わすと、隠密にならぬからな」


 「そうでございますね」


 私は、自分で言って自分で笑ってしまった。上様はまた、私の顔にスリスリされ


 「明日からのお里を見るのも楽しみだな」


 と言われた。


 「あの…あまり期待しないでくださいね」


 と私が少し拗ねたように言うと


 「期待しかないよ。拗ねた顔もかわいい」


 と、優しくキスをされた。


 (なんか、これでごまかされていないかしら? 私のために、3人も先生がいるのだもの…頑張らなくては!)


 そう思うしかなかった。


 


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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