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出発前日

 次の日は、上様も表で打ち合わせがあると朝から忙しそうだったので私もおりんさんと最終的に何か忘れ物がないかチェックすることにした。


 「向こうでは、料理やお掃除はさせて頂くつもりですが他にも時間を持てあましてしまうかしら?」 


 「上様と一緒なら、そんなことないんじゃないですか?」 おりんさんがニヤリと笑われた。私は恥ずかしくなって顔を赤くした。おりんさんはさらにからかわれるようなお顔をされた。


 「何か本でも読んでみようかしら・・・」 私はふと思いついた。


 「本でございますか?」


 「はい 少しは読み書きも出来たほうがいいのではないかと思って・・・少しだけですが、読むことも書くことも出来るのですが」


 (ここのところ、古典をもっと頑張っておけば良かったとつくづく思うことがあった。菊之助様から報告があるときも、わざわざ言葉にしてくださっているわ。上様だけの場合は、後で読んでおいてくださいと紙を渡されるだけのときもある・・・)


 「それはいいですね。時間があるときは、上様に教えて頂いてはいかがですか?」 おりんさんが手を打っていい考えだと言ってくれた。


 「上様に? お忙しいのにお付き合いくださるかしら?」 上様に習うことが出来れば楽しいかもしれないと思った。


 「お里様のお願いなら喜んでうけられますわ」


 「わかりました。頼んでみますね」 私は今日の夜にでも頼んでみようと思った。出発前にバタバタとさせてしまうかもしれないけれど、後で本を届けてもらってもいい・・・

 夕方になると、上様はお部屋に帰って来られた。明日は早いので、今日は総触れに参加せず明日に備えてゆっくり過ごそうということであった。

 昼過ぎには、おりんさんにお願いしてお常さんをお部屋へ呼んでもらった。もちろん、上様にはお許しをもらっていた。


 「お里、何かあったのかい?」 お常さんは私が呼び出すことなど初めてだったので、少し緊張したように尋ねられた。


 「いえ、明日から上様に同行させて頂き長めの留守をいたしますので、お常さんには一言お伝えしておきたくて。お忙しいのに申し訳ございません」 そう言って頭を下げた。


 「そうかい。わざわざありがとうね。上様やおりんさんたちが一緒なら何も心配はいらないと思うけれど、気を付けて行ってくるんだよ」 そう言ってお常さんは私の手を取ってさすってくれた。


 「はい また帰りましたらご報告いたします」 私は笑顔で答えた。お常さんは、しばらく他愛もない会話をした後、御膳所へ戻られた。

 夕食前には、菊之助様とおぎんさんもお部屋に来られて、最終的な打ち合わせを少しした。明日は、早朝には起きて上様は表に行かれるとのことだった。おぎんさんとおりんさんは部屋に来て頂き支度を手伝ってくださるとのことだったので、私は安心した。一通り、打ち合わせが済むと、皆さんも準備があるのでと早々にお部屋を出て行かれた。


 「それでは、明日から頼んだぞ」 上様も改めて皆さんにお願いをされていた。


 私たちは2人で夕食を済ませ、ゆっくりと時間を過ごした。


 「上様? お願いがあるのですが・・・」 私はお昼におりんさんと話していたことをお願いしてみることにした。


 「ん? なんだ?」 優しく聞き返してくださった。


 「村に行ったら、読み書きを習いたいと思っているのですが・・・上様に何か本を題材にして読み書きを教えて頂けないかと・・・」


 「読み書きか? なぜだ?」


 「はい 出来ないよりは出来た方がいいのではないかと思いました。もし、それに村でお時間があるのなら、上様に教えて頂きたいと・・・」


 「そうか・・・私は全然かまわないよ」 笑顔でそう言ってくださった。


 「本当でございますか? 上様もお忙しいでしょうから、お時間があるときでかまいませんので・・・よろしくお願い致します」 そう言って頭を下げた。


 「お里が私に願いを言うのは珍しい。二人で本を読むのもいいかもしれんな。私も読書が好きだ。お前に会うまでは、一人で読書をしてこの部屋で過ごしたものだ」 しみじみとおっしゃった。


 「読書がお好きでいらっしゃったのですね。今はこのお部屋では、本を読まれている様子はないので・・・私がお邪魔をしているかもしれませんね」 お仕事のものを読まれていることはあっても、読書をされている姿はほとんど見たことがなかった。そういえば・・・お夕の方様の姿をされているときには、よく読書をされていたことを思い出した。


 「今は読書をするよりも、お里と話していたいし、触れていたいからな。優先するものが変わっただけだ。お里が気にすることではない」 上様はそうおっしゃると私の後ろにまわって、そっと抱きしめてくださった。


 「はい わかりました。それでは、よろしくお願いいたしますね」 私はもう一度お願いをした。


 「ああ どんな本を選ぼうかなあ。初めてなので、出来るだけ優しい本を選ぼう。物語よりも、随筆のようなものにしようかのう・・・古い本だが、徒然草のようなものがいいかなあ・・・それとも、物語の方がお里には楽しいか」 と上様は独り言を言いながら考えられていた。私はその言葉を聞きながら「上様におまかせいたします」 と言った。


 「わかった。少し考えてみることにしよう・・・さあ、明日は早いから今日は早めに休むとするか」 上様はそう言ってお着替えをしようとされたので私もお手伝いをした。上様が席に着かれている間に寝間の用意も整えた。


 「上様、お支度が出来ました。どうぞおやすみください」 


 「お里も早く着替えなさい。明日が楽しみでなかなか寝付けないかもしれないからな・・・でも、お里と一緒だとゆっくり眠れそうだ」 私はその言葉を聞きクスッと笑ってしまった。遠足が楽しみで寝られない子供のようなことをおっしゃると思ったけれど、それがとても可愛く思ってしまった。私が笑ったのを気にされたのか、少し拗ねたようなお顔をされたけれど、私が「はい」と返事をすると笑顔に戻られた。

 布団に入ってからも「ああ 明日からこうやってお里とずっと過ごせるかと思うだけで嬉しいよ」とおっしゃった。私も「そうでございますね。お料理も楽しみにしていてくださいね」というと「ああ 楽しみだ」と言ってくださった。寝られないとおっしゃっていた上様だったけれど、そのような会話を2、3往復する頃には目を閉じられた。私は、またクスッと笑いながらお布団を被せ直した。でも、上様の腕はしっかりと私を包んだままだった。その温もりを感じながら私も次第に眠りにおちた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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