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新居

 夜の総触れが終わり、部屋に戻るとおりんさんが寝間の用意をしておいてくれたようだった。


 (おりんさんも早く戻られたら、菊之助様にお会いになれるかもしれないですものね。これからは、私が夜の総触れに行けば自分の家へ戻ってもらうように言おうかしら。私の一存では決められないから上様に相談してみよう)


 上様が戻られ落ち着かれた頃、早速話をしてみた。上様は私の膝に頭を乗せられていた。


 「上様?」


 「ん?」


 「菊之助様とおりんさんの婚礼はいつになるのでしょう?」


 「そうだな・・・今の側室の件が落ち着いた頃だろうか・・・」


 「そうですか・・・楽しみですね」


 「だが、あまり派手な婚儀はせず家族だけで済ますと言っておった」


 「そういうものなのですか?」


 「ああ 次男だからな・・・婚儀といってもそう大したものではない」


 「では、その後はどこでお暮しになるのでしょう?」


 「それなんだよ。菊之助は、今は中奥に自分の部屋があるだろう?だが、嫁をもらっているのに、そこに住んだままでは困るだろう・・・」


 「はい・・・お二人ともお忙しそうですから、出来るだけ一緒に過ごせればいいですね」


 「ああ かといって、遠くに住んでしまうと私と連絡を取るのに時間がかかってしまうからなあ」


 「上様? それでは、今おりんさんがお暮しの場所に一緒に住まわれてはいかがですか?」


 「あそこにか? こちらの行き来には便利だが・・・城勤めの役人が住むには少し質素であろう・・・」


 「そうですか・・・菊之助様のお立場もあるのでございますね」


 「ああ お里? 明日一緒におりんの部屋へ行ってみないか? 何かいい方法があるかもしれぬ・・・」 上様は何かを思いつかれたようにおっしゃった。


 「はい わかりました」 私は何をお考えかわからなかったけれど、上様とお部屋を出ることが楽しみだった。


 次の日、もしどなたかにお会いしても上様と気付かれないよう軽い着物に着替えられ、私も御膳所勤めの頃に着ていた着物に着替えた。


 「私の家に来られるなんて、どうされたのですか?」 おりんさんが何度も尋ねられたのを上様が「いいから何も気にするな」 と何度もごまかされていた。菊之助様にも、お考えを言われていないようだった。

4人で小屋から通じる道を歩いた。上様は私を気遣ってくださり、ずっと手を取りながら歩いてくださった。

 おりんさんの家まで着くと、上様はあちこちと部屋を見回りながら何か考えておられるようだった。残された私たち3人は何事かわからないまま、突っ立って上様の様子を眺めていた。


 「少し外に出てみよう」 一通り部屋を見回られた後、上様がおっしゃった。


 「表の方にでございますか? でも・・・」 菊之助様がためらわれた。


 「そのために、変装してきたのだ。少しくらいいいだろう」 そうおっしゃるとサッサと玄関の方へ歩き出された。


 「上様!」 菊之助様はそう呼びながら、上様の後に続かれた。私達も、その後についていった。玄関を出ると、本当に長屋になっていて、ここからお城に続いているなど想像も出来なかった。


 「隣には誰か住んでいるのか?」 上様がおりんさんに尋ねられた。


 「いいえ 今はどなたも住んでおられません。その隣も、先日老夫婦が息子さんと一緒に住むと転居されたところでございます。もともと、家の少ない長屋でしたので今はこの並びには私だけでございます」


 「そうかあ、ちょうどいいではないか」 上様は上機嫌になっておっしゃった。私達3人はあっけにとられたままだった。上様は、長屋を一回りされてから 「よし、だいたいわかった。それでは、戻ろうか」 とまた家の中へと戻って行かれた。そして、来た通路を通り私たちの部屋へ戻った。結局、何をしに行ったのかおっしゃらないままだった。


 「お里、茶を淹れてくれるか? 菊之助とおりんの分も頼む」 上様は席に着かれておっしゃった。


 「はい かしこまりました」 私がお茶の準備をしようとすると、おりんさんが手伝いに来てくれた。


 「先ほどのことは、いったい何だったのですか?」 おりんさんが小声で私に尋ねられた。


 「私にもさっぱりわかりません。私にも何も言ってくださっていないので・・・」 私も小声で言った。

二人で顔を合わせて、お互いに不思議そうな顔をした。湯飲みを上様にお持ちすると「まあ 座れ」 と私を横に座るように促されたので、それに従い上様の隣に座った。


 「菊之助、おりん」


 「はい」 お2人は揃って姿勢を正され、頭を下げられた。


 「2人が夫婦となった際には、現在おりんが住んでいるところへ住んでもらおうと思っている」


 「えっ?」 3人が揃って声をあげた。


 「上様? ですが、あそこでは菊之助様の身分には合わないとおっしゃっていませんでしたか?」 私は昨日の話を思い出して言った。


 「ああ だから、そこに菊之助の家を建てる」 どうだといわんばかりのお顔をされた。


 「上様? それはあまりにも急なお話で・・・私はまだまだ未熟者で新居を建てるなど・・・」 菊之助様が慌てておっしゃった。となりのおりんさんは、放心されているようだった。


 「菊之助は未熟者かもしれんから、私が建てるのだ」


 「めっそうもございません。自分が住む場所は、私なりに自分で用意いたします」


 「なんだ? 私とお里からの祝いが受け取れないのか?」 決して怒っておられるわけではないけれど、少し責めるように上様はおっしゃった。


 「ですが、上様・・・」 菊之助様はどうしていいのかわからないというように、困ったお顔をされていた。


 「お前には、私の傍にずっと仕えてくれて感謝している。お里とこうして一緒にいられるのも陰でお前が動いてくれていたからだ。おりんだってそうだ。私にはわからないお里の悩みを聞き、陰でお里を支えてくれている」 そう言って上様は私を見られた。私はその通りだと頷いた。


 「お前たち2人が通路を挟んだところに住んでくれれば、私もお里も心強い。これからも支えてもらわねばならないからな。だから、どうだ? 2人でそこに住んでくれないか?」 上様は愛情のこもった言い方で、菊之助様に尋ねられた。菊之助様はずっと下を向かれていたが、畳の上にはポトポトと滴が落ちていた。その横でおりんさんは、涙を隠そうともされず手ぬぐいで何度も目元を拭っておられた。


 「上様、有難き幸せにございます」 そうおっしゃると、お2人は揃って頭を下げられた。


 「ああ だが、ここからの細かいことは私は動いてやれぬ。側室の件と新居の件、どちらもやり遂げられるか? あの隠し通路だけは絶対に知られてはならん。大工の選定など、忙しくなるぞ」


 「はい 必ずどちらも責任を持ってやり遂げてみせます」 キリっとされたお顔で菊之助様はおっしゃった。


 「おりんもお里を守り、菊之助を支えてくれるよう頼んだぞ」


 「はい、もちろんでございます」 おりんさんはとびきりの笑顔で返事をされた。


 (上様・・・菊之助様とおりんさんのために昨日から考えておられたのだわ) 


 私は上様に見とれてしまっていた。その視線に気付かれた上様は、私の手を取り微笑んでくださった。私もその手を握り返し、微笑んだ。嬉し涙をさんざん流した私たちは、温かい気持ちに包まれた。その温かい雰囲気を一気に壊すように上様がおっしゃった。


 「さあ、今日は菊之助も私と打ち合わせをしていることにして夜の総触れ前までおりんの家で打ち合わせをしてこい。私もお里と2人で過ごす」


 「上様・・・」 菊之助様はいつもの呆れられたお顔に戻られた。


 「最近昼も中奥に行くことが多く、お里と2人で過ごすことが少なかったからな。今日は総触れ以外1日中お里といたいのだ」


 「はい わかりました。それでは、私たちは失礼させていただきます」 呆れたお顔のまま菊之助様はおっしゃった。お2人は、そのままお部屋を出て行かれた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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