豹変
次の日、私はお常さんに
「今日からまた、お夕の方様の雑用係として、お世話になることになりました」
「そうなのかい? あまり無理をするんじゃないよ。いつでも断ってあげるからね」
そう言ってくれた。
「はい。ありがとうございます」
とだけ言い、私はお膳の準備にとりかかった。
お膳を持ち、昨日とは違う少し軽い足取りで廊下を歩いた。部屋の前までいき、
「失礼いたします」
そう言うと、
「入るがよい」
(上様のお声だわ)
そう思い、襖を開けた。
(あれ? お夕の方様の格好をされていないようだけど…)
「上様? 今日はそのようなお姿でよろしかったのですか?」
「ああ、これな! この部屋だけにいる分には誰もわかりはしない。これからは出来るだけ、男の姿でお里には会いたいのだ」
とびっきりの笑顔でそう話される上様を見て、私もつい笑ってしまった。その横を見ると、菊之助様がため息をつかれている。
「朝からお着替え頂くように何度も申し上げているのに、全く聞かれないのだ」
そう私にグチをこぼされた。
「それでは、お食事の準備をさせて頂きます」
一礼して、私は準備を始めた。
「お里、そんなことはしなくていいんだよ。それより、これに着替えてはどうか?」
上様が立ち上がられ、奥の襖を開けると、バーーン!!という効果音が聞こえてくるような煌びやかな着物が掛けてあった。
「これは?」
「お前のために私が選んだのだよ。絶対にお前に似合うと思ってな」
「いえ。わたしはこんな立派なお着物など着たことがございませんし、このようなお着物を着てはお仕事が出来ません」
「ん? ここにきて仕事をするつもりなのか?」
「もちろんでございます。私のお仕事はお夕の方様の雑用係なのですから…」
「だが、お夕は私だが…」
(たしかに…)
「それはそうなんですが…」
私が返答に困っていると
「お里殿は、お仕事をしている方が上様ともお話しやすいのかもしれないですね」
「そうなのか… なら、好きにするがよい」
「ありがとうございます」
(菊之助様、感謝します)
食事の支度を終え、上様がお召し上がりになると、私は部屋の隅に控えた。
「何をしている? 横にきなさい」
「えっ?」
(私の定位置はここなのですが…)
また助けてくれないかと菊之助様を見ると、ため息と同時に頷かれてしまった。
(これは仕方ない)
「失礼いたします」 と、上様の横に控えることとなった。
(なんだか今日はずっと、予想がつかないことばかりで疲れる…)
食事を終えられ片付けを済ませてから、上様のお茶を淹れなおした。
「もう仕事は終わったか?」
「いえ。今からお庭のお掃除をしてまいります」
「まだ終わらないのか…」
上様が少し拗ねたような目をされた。
「そうだ! 掃除ならば菊之助にやらせればよい」
「えっ? 私ですか?」
菊之助様が驚いて、お茶を吹いてしまわれた。
「上様、それはダメでございます。お庭のお掃除も私の大事なお仕事でございます」
なぜか、上様は菊之助様を睨んでおられる。
「わかりました。本日は私が庭掃除をさせて頂きます」
菊之助様が立ち上がり、庭に向かって歩き出された。
(いやいや、それはダメでしょう)
私も急いで立ち上がり、菊之助様を追いかけた。
「菊之助様…」
「心配するな。今日だけだ。明日からはいつも通り仕事の方も頼む」
「それはもちろんでございますが…」
「あなたと出会ってから上様はよく笑われるようになった。以前は笑われていても、心から楽しそうではなかった。真剣にあなたのことを考え、昨日打ち明けてから、今日は特にご機嫌だ。私も上様のこの時間を大切にしたいのだよ。だから、今日は時間が許すまで、上様と一緒にいてあげておくれ」
(菊之助様は上様をとても大事にされているのね)
「わかりました。今日はお掃除の方をよろしくお願いいたします」
黙って、頷かれた菊之助様を確認してから、部屋へ戻った。
「何を話していたのだ? あまり、菊之助とばかり話をするのはどうかと思うが…」
(えっ? ヤキモチというやつですか? ちょっとかわいいです)
「上様のお話をしていたのですよ。菊之助様は上様のことがとても大切なのですね」
「ふんっ! 菊之助に好かれてもな」 と、少し照れられたようだった。
「それよりお里、ここに座ってくれ」
「はい」
私は指示されたところに座った。すると、ゴロンと上様は横になられて、私の膝の上に頭を乗せられた。
(膝枕ですね…子供以外にこういうことをするのは初めてです)
「上様?」
「ああ、とても落ち着くものだな…噂には聞いていたが、膝枕をしてもらうのは初めてだ」
(上様も初めてだったのですね)
私は自分の膝の上で少し目を閉じられた上様を、マジマジと見た。
(なんて睫毛が長くて、凛々しいお顔なんだろう…こんな近くでイケメン様を見れるなんて…ご褒美ですね)
私は無意識のうちに、上様の頬に手を当てていた。上様がピクッと動かれ、目を開けられた。
「申し訳ございません」
頬に当てた手の上から、上様が私の手を握られた。
「お里…」
「はい…」
上様が少し体を起こされて、私の顔に近付いてこられた。私もそっと目を閉じようとしたとき、ゴホン! と、咳払いが聞こえてきた。
よく考えると、縁側の襖は開きっぱなしで、その向こうには箒を持った菊之助様が立っておられた。
「よろしければ、襖をお閉めしましょうか?」
と、菊之助様が言われたので
「いえ。閉めなくて大丈夫です」
と、私は急いで言った。
「菊之助、なぜそんなところにいるのだ」
「そんなことを申されましても…」
少し困った様子の菊之助様をみて、上様と私は顔を見合わせて笑った。
(これから毎日このようなかんじなのかしら?)
私は嬉しい反面、この上様の甘さについていけるか不安になった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




