陰謀
部屋に戻り、気を利かせてくれたおりんさんが身体を拭いてくれて着替えもさせてくれた。とてもさっぱりとした気分だった。
「お里様、久しぶりにお茶でも点てましょうか? 少しでも気が落ち着きますよ」 とおりんさんが言ってくれた。
「では、私が点ててもよろしいですか? おりんさんも頂いてください」
「わかりました。それでは少しお待ちくださいね。準備をしてまいります」 そう言うと、おりんさんは準備に取り掛かってくれた。しばらくすると、準備が出来ましたと知らせてくれたので、私は部屋を移動した。
お茶を点てていると無心になれた。おりんさんがお茶菓子も用意していてくれたので、二人でそれを食べながらゆっくりと時間が過ぎていくのを味わった。
「おりんさん、そんなに気を使ってくれなくても大丈夫ですよ。腕を掴まれましたが、他はまったく無事だったのです。ただ、上様がまた誤解をされていないかが心配で・・・」
「今の上様なら大丈夫ですよ。お里様のことは信じておられますし、そのことに今では自信を持っておられるように感じますから」
「はい だといいのですが・・・」
「もし、また疑われてお里様を困らせるようなことがあれば、私の家においでください」 そう言って笑われた。
「ふふふ そうでございますね。でも、おりんさんの家には菊之助様がいらっしゃるでしょう?お邪魔になってしまいます」 そう言うと、おりんさんは少し顔を赤くされた。
「といっても、私たちは一日のほとんどを城の中で過ごしていますので・・・」
「なかなか、お二人で過ごすことは難しそうですね。いっそ、上様にお休みを頂かれてお二人で旅にでも出られてはいかがですか?」
「そんな・・・めっそうもございません」 おりんさんはとんでもないというように首を振られた。
「ご結婚のお約束はされたのですか?」
「はい 菊之助様が近いうちに・・・とおっしゃってくださいました」
「まあっ 楽しみですね」 私は嫌なことを忘れるほど、嬉しくなった。おりんさんは、お顔は真っ赤なままだったけれど、とても幸せそうに微笑まれた。私達は、その後昼食を二人でとることにした。
(上様は夕食まで戻らないとおっしゃっていたものね。早くお会いしたいけれど・・・)
昼からは、気晴らしにおりんさんと一緒に掃除をしたり、またお菓子を食べて休憩したりして過ごした。思っていたよりも早くに上様が戻られた。
「お里?」
「上様! お早かったですね」
「ああ お里に早く会いたかったからな。大丈夫であったか?」 そうおっしゃるとすぐに抱きしめてくださった。上様の腕の中でようやく落ち着いた気分になれた。上様の表情には怒りや嫉妬の感情ではなく、本当に私を心配してくださっていることがにじみ出ていた。
「私は大丈夫でございますよ」 そう言って笑顔を向けた。
「本当に間に合って良かったです。おりんがすぐに知らせに来てくれたので私も急いで座敷に向かいました。あと少し遅ければと思うと・・・」 上様の後ろからお部屋に入ってこられた菊之助様がおっしゃった。
「でも、私は助けに来てくださると思っていたので・・・以前連れ去られたときより、怖くはなかったのですよ」 私はケロッとして言った。
「お里、おりんに知らせに戻ったことは賢明だった。さすがはお里だな」 私の頬をなでながらおっしゃった。
「はい 上様に一人で行動しないよう言われていましたので・・・」
「そうだな」
「でも、なぜあのようなことが起こったのか私にはわかりません」
「ああ 菊之助、話してやってくれるか?」
「かしこまりました」 菊之助様は席に着かれて私の方に向き直られた。
「あの後、中村を問い詰めましたところなかなか白状致しませんでした。切腹も覚悟していたようでした。それで、今回正直に話をすれば大奥役人の勤めを解き江戸より外への勤めにつくだけに留めると言いました」
(切腹・・・ここが江戸時代であると痛感する言葉だわ)
「すると、少しずつですが白状いたしました。以前、奥から中奥へ戻るときにお楽の方様にお会いしたことがあるそうです。そこで、御台所様とお里様にはお会いしご挨拶をしたことを話したとのことです。それで後日、お楽の方様に呼ばれお里様があなたのことを気に入っているらしいと言われたと・・・」
「まあ そんなことを」 私は驚いて声をあげてしまった。
「はい・・・中村はお里様に好意を持っていたので、とても喜んだそうです。そこを、お楽の方様に利用されたようで・・・」
「ひどい・・・」 おりんさんが怒りをあらわにされた。
「中村を呼び出し、今日手引きをしてやると言われたそうで・・・あの座敷へ行くように言われたとのことです」
「そうだったのですね・・・それでは、私にあの座敷へ行くようにとおっしゃった侍女の方はお楽の方様に付いておられる方だったのでしょうね」
「はい そうだと思います」
「お里・・・また怖い思いをさせてしまったな・・・」 上様は悲しそうな顔をされた。
「いえ 私のことは大丈夫でございます。それより・・・上様がまた誤解をされて不安になられているのではと・・・そのことが心配でございました」
「お里は自分がこんな目に合って、私のことを心配するのか・・・まいったな・・・私はもう誤解などして一人で腹を立てることはないよ」
「そうですか・・・ならば良かったです」 私は笑顔で上様を見た。上様も優しい顔で頷いてくださった。
「それで、お里・・・お楽の処分なのだが・・・」 上様は少し言いにくそうにされた。
「処分でございますか?」 私はこの件でお楽様が処分されることに驚いた。確かにヒドイことではあるけれど、私は無事だったのに・・・と思った。
「ああ もし菊之助やおりんが助けるのが遅かったならばと思うと私は怒りが治まらない。今後もしかしたら、さらにヒドイ嫌がらせをする可能性だってある・・・御台所は処分は私に任すと言っておる・・・でも、お里の意見を聞こうと思ってな」
「私の意見をですか?」
「ああ 正直に話してくれ」
「確かに、今回の嫌がらせは度が過ぎているような気もしますが私は無事に助けて頂きました。でもお楽の方様が処分を受けられるのだとしたら・・・敏次郎様と離れ離れになられるのでしょう?」
「ああ 敏次郎は御台所が預かることになるな」
「御台所様はお優しく、敏次郎様のことを立派に育て上げられることと思いますが・・・でも、やはり母親には傍にいてほしいものでございます。お楽の方様のことは許せなくても、敏次郎様にとってはたった一人の母君でございます」
「そうだな・・・」
「ですから、今回のことは敏次郎様のためにお許し頂きたく思います」 私はそこまで言って頭をさげた。
「やっぱり、お里様はお優しすぎます」 少しムッとしたようにおりんさんが後ろから言われた。
「こら おりん」 それを横から菊之助様がたしなめられた。
私は二人の姿を見て、クスッと笑ってしまった。すると、二人揃って恥ずかしそうに下を向かれた。
「お里がそう言うなら、そうしよう・・・でも、御台所から2度目はないとキツク言ってもらうことにする。それくらいはいいであろう?」 上様が尋ねられた。
「はい ありがとうございます」 私はもう一度頭を下げた。
「私は怒りだけで、敏次郎のことまで考えが及ばなかったな。やっぱり、お里にはかなわない」 上様はそう言うと微笑みながら私を見つめられた。私はその視線が恥ずかしくなり、真っ赤になってしまった。
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