呼び出し
総触れの参加禁止も終わり、またいつもの日常が戻ってきていた。相変わらず朝に上様がお着替えをしてくださるのは恥ずかしいけれど、朝から幸せな気分になるので嬉しかった。
「二人とも着替えが慣れてきたな」 上様がおっしゃった。
「はい、上様の早さには驚きます。おりんさんと変わらないくらいのお時間でやってしまわれるのですから」
「そうか・・・こうやって着替えをしていると新しい着物を用意したくなるな。お里は何を着ても似合うから」
「上様、私はどの着物も気に入っているのでもっと同じ着物を楽しみたいです」
「お里がそういうことはわかっているが、せめて季節の変わり目ごとには準備させてくれ。次は一緒に選ぼうか」 そう言ってやさしく抱き寄せられた。
「はい ありがとうございます」
「そうだ、お里。今日は、総触れの後そのまま表の仕事をするのでこちらには夕方に戻ってくることになるからな」
「はい 承知しました。それでは、朝食にいたしましょう」 朝食を済ませ、上様をお見送りして総触れの席に着くと一人の侍女さんが私の近くに寄ってこられた。
「お里様でございますね?」
「はい そうですが」
「総触れが終わられましたら、お清様からお話があるそうです。先日、お役人の方々とお会いされたお部屋へ来てほしいとのことでございます」
「お清様が? 何のご用事かしら?」 私は思い当たることもなく、不思議に思った。
「それは、その場で話をしますとのことです」
「そうですか。わかりました」 私は不思議に思ったまま返事をした。その後、総触れの間中考えていた。
(お清様からお話があるとは、上様からお話もなかった・・・それに、お清様ならお部屋へ直接話をしに来られるはずだわ)
私は嫌な予感がして、総触れが終わると急いで部屋に戻った。おりんさんはまだ来られていなかった・・・もし、本当にお清様からのお呼び出しであればお待たせするわけにはいかないと思い、慣れない手紙を残すことにした。そして急いで戻って、以前お役人さんと顔合わせをしたお部屋へ戻った。
お部屋に行くと、まだ誰も来られていないようだったのでホッとした。私は、部屋の中に入り座って待つことにした。しばらくすると、襖が開く気配がしたので私は頭を下げて待った。襖が開くと「お待たせいたしました」と男の方の声がした。
「えっ?」 私が驚いて顔を上げると、そこにおられるのは中村様だった。(主人と顔がそっくりの・・・)
「中村様? どうして? 私はお清様からお呼び出しがあったので・・・」
「お里様が私に話があると呼び出されたのではなかったのですか?」
「いえ 私は話などございませんが・・・」
「いやあ 初めて会ったときから思っていましたが、本当にお美しいですね」
「あの・・・手違いがありましたようで・・・私は失礼いたします」 そう言って立ち上がり出口へ向かおうとしたとき、私の腕を中村様は凄い力で握られた。
「いたっ!」 私はその手を振り払おうと力を入れてみたけれど、びくともしなかった。
「お里様が私のことをお気に入りだとお伺いしました。ですから、私は危険を冒してここまできたのですよ」
「私はそのようなことを言った覚えはございません」
「そんなことを言って・・・今更恥ずかしがらないでください」
「ですが、本当にあなたのことは何とも思っておりません」
(こういう強引なところは、主人にそっくりなのかもしれない。本当に嫌気がさしてきたわ。気持ちが悪い・・・)
「大奥で寂しい思いをされているのでしょう? 勘違いだったとしてもかまわないではないですか」
「いえ 困ります。離してくださいませ」 私は必死で腕を振り払おうと抵抗しながら言った。
「いいかげんにしてください。ここまできて、逃げられるとお思いですか?」 急に低い声を出して、脅すような言い方をされた。そのまま顔を近付けて来ようとされたので、私は首が折れるのではないかと思う程顔をのけぞらせた。
「そうやって、抵抗されると・・・」 そう言いながら手に更に力が入ったようで、腕の痛みが強くなった。私の抵抗する力も限界に近づいたとき襖が開いた。
「何をしている!」 その言葉を聞き、強く握られていた手が一瞬で離された。私は痛みから解放されたことに力が抜け、その場にベタリと座り込んだ。
その声は菊之助様だった。菊之助様はすぐに私の傍に駆け寄ってくださった。
「お里殿、大丈夫でございますか?」
「はい・・・」 私はその声に安堵した。そのすぐ後に、おりんさんが部屋に入って来られた。
「お里様!」 おりんさんは菊之助様に変わり、私を支えてくださった。菊之助様は中村様の方を向かれて、威厳のある声でおっしゃった。
「中村! 話を聞こう。 ついて来い!」 そう言ったあと、私たちの方へ向き直られて
「おりん! 後は任せたぞ!」 その言葉におりんさんが頷かれたのを確認されてから、二人は部屋を出て行かれた。おりんさんは私が落ち着くまで、抱き締めて背中をさすってくださった。
「お里様、怖かったでしょう・・・」
「怖かったことは怖かったのですが、おりんさんが助けてくださると信じていたので・・・ただ気持ちが悪かったです」
「お里様がお手紙を置いておいてくださって本当に良かった。急いで菊之助様にお知らせにいけました」
「私も手紙を初めて書いたので・・・伝わって良かったです」
「いえ とても達筆でございました」
「こんなときのために、私も少し手習いをしておいた方が良いかもしれませんね」 私は笑いながらおりんさんに笑顔を向けた。
「まあっ お里様ったら、こんなときにご冗談を」 おりんさんは少し呆れた表情をされた。
「もし、何かあったとしても私には信じてくださる方がいるのだと思うと本当に怖くはなかったのです」
「何かあっては困ります!!」 おりんさんが真剣な顔をされた。
「申し訳ございません」 私は素直に謝った。
「お里様、立てますか? お部屋まで歩けますか?」 おりんさんが心配そうに言われた。
「はい、大丈夫でございます」 そう言って、サッと立ち上がった。
(怖くなかったといえばウソではないけれど・・・でも、おりんさんが必ず助けに来てくださるような気がしていたのは本当だった。でも、今は早く上様にお会いしたい。このことは菊之助様からお聞きになるはずだわ。もし、また誤解をされてしまったらとそのことの方が心配だわ)
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。




