盗み聞き
総触れから戻って、寝間の準備を終えてしばらくすると上様が戻って来られた。
「おかえりなさいませ」
「ああ 戻ったぞ」 そう言って、お着替えをされた上様は席に着かれた。私は、お茶を淹れお出しした。
「上様、少しお話があるのですが・・・」
「ああ 話は構わないが先に少し私からいいか?」
「はい」 私は何だろうと思いながら姿勢を正した。
「お里が今から話そうと思っていることもそのことだと思うが、昼に御台所に広座敷に呼び出されたであろう?」
「!!! はい・・・」
(もうご存知だったのだわ)
「私もあの場で話を聞かせてもらっていたのだ。襖の後ろにいたのだよ」
「そうでございましたか。 でも、どうして?」
「御台所がな、私も話しを聞いておいた方がいいと言ったのでな」
「御台所様が?」
「ああ 御台所もお楽のことで私が傷付いていたことを知っているからな。お里がどのようにお楽と接したのか聞いてみればいいと言ったのだ」
「・・・」 私は、御台所様に話したお楽の方様への態度を改めて反省した。
「お里?」
「いえ、聞いておられたのでしたら何も私から話すことはございません。御台所様にお話ししたことが真実でございます」 私は両手をついて少し頭を下げた。
「お里、怒っているのか?」 上様は少し不安そうにして尋ねられた。
「どうして怒るのですか?」
「私が勝手に盗み聞きみたいなことをしてしまったから・・・」
「そんなことで怒ったりいたしません。私は上様に聞かれて嫌なことはございませんので。御台所様にも正直な気持ちでお話いたしました。それよりも、私は改めて反省しているのです。上様のお子を授かられた次期将軍御生母様に、上様のこととはいえ私は歯向かってしまいました」
「お里・・・私は喜んでいるのだが・・・」
「喜んでおられる?」
「ああ 以前、盗み聞きのようなことをして嫌な思いをしたであろう? だけど、今回はお里が本当に心から私のことを思いどんな時でも、正直でいてくれていることが嬉しかった。お楽のことは気にすることはない。あいつも今は自分が望んだ地位を得て幸せであろう」
「でも・・・」
「御台所も話が終わって、私に言っておった。お里のように、私の身分に関係なく一人の男として大切にしてくれているものがいるのだと・・・きっとお里は私が農民であろうと商人であろうと出会っていれば好いてくれていたであろうと・・・」
「私はいつの間にか、上様のお傍にお仕えさせて頂いておりましたので・・・身分などわからず・・・今から考えると私のようなものがこのようにお傍に仕えさせて頂いていることが本当に良かったのかと思うことがありますが・・・」
「私が必要としているという理由ではいけないか?」
「いえ、とても嬉しく思います」
「だったら、それでいい。いらぬことは考えず、これからも傍にいてくれ」
「はい、ありがとうございます」 私は頭を下げた。そこで、私はハッと気付いた。
「上様? もしかして、今日はこのことをお話になるために夜のお勤めを取りやめにされたのでございますか?」
「ああ それもある・・・」
「それも?」
「いや、今日は改めて嬉しい気持ちになったからお里と一緒に過ごしていたかったのでな」
「そうでございますか。具合をお悪くされているのではと心配いたしましたが、何ともなくて良かったです」
「すまん。心配かけたな」 上様は、優しく微笑まれた。上様はしばらく考えられてから口を開かれた。
「なあ お里? 今回の事はお里が何も気にすることはないが、お楽から何か嫌がらせをされることが心配だ」
「はい、でも覚悟はしております」
「少しの嫌がらせならいいが、いやよくはないが・・・お里の身に何かあっては困る。くれぐれも注意をしておくれ」
「はい、注意と言っても何をすればいいかわからないのですが・・・」
「そうだな・・・おりんにも出来るだけ傍にいてもらうようにしよう。それから、出来るだけ一人で行動をするのは控えなさい」
「はい、承知しました。もともと、一人で動くこともございませんが・・・」
「まあ そうだな。それと、総触れは2、3日出なくても良い」
「どうしてでございますか?」
「御台所から説教をしたとお楽には言ってあるらしい。反省のため、総触れへの参加を禁じたことにすればお楽も少しは気が済むだろうとのことだ」
「御台所様にはいつもご配慮頂き、ありがたいことでございます」
「この大奥で御台所を味方に付けるとは・・・お里はさすがだな」
「味方に付けるなんて・・・めっそうもございません」
「とにかく2、3日は謹慎という名の私の独り占めだ」 そう言われると、私の近くへ寄ってこられ抱きしめてくださった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。




