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告白②

 上様のお話は続いた…


 「毎日、夜の勤めが終わると、この部屋に戻って朝まで過ごすこともあった。そんなある日、お前を見つけたのだ」


 (!!!!!)


 「小屋の中で倒れていた。意識があるかどうか確認すると、かろうじて息をしていた。私たちはとりあえず部屋に運び、冷え切っていた体を温めた。そのとき、お前が言ったのだ。『自分を大切に…』と…その言葉は私に向けられたのかと思うほど、胸が騒いだ」


 (そういえば、意識が遠のく前、それまでの自分を思い返してそう思ったのだ)


 「申し訳ございません。私、それ以前の記憶がなく…気付いたら井戸の傍でございました」


 (ここで以前のことを話すとややこしくなる。2020年からきました!なんて言ったって、頭がおかしくなったと思われるだろうし…)


 「やはりそうだったのか。とりあえず、お常に使用人が1人増える旨、伝言を頼み、ちょうど皆が起きてくる頃に井戸へ運んだのだ。その時に名前も考えた」


 「そうだったんでございますね」


 「それからは、様子が気になり、たまにお菊として菊之助に様子を見に行かせたり、通りがかりに自分で見に行ったりしていた。慣れない環境の中で必死で仕事を覚えてこなそうとする姿を見ることが、私の慰めであった」


 (あの視線は様子伺いだったのですね)


 「そこで、水瓶事件が起こったのだ。この奥で働いている者たちは、自分の出世しか見てないものがほとんどだ。特に若い女中たちは、いかに側室になるか…ということばかり考えている。だから私は、心から女を信用したことなどなかった。

 だが、お前はお加代のことを思い、お高にはむかった。さらに、お高を打ちのめすことはしなかった。その意志の強さと優しさに私は…もう少し近くでお前を見守りたいと思ったのだよ」


 (私はずっと見守られていたのだ)


 そこで、さらに上様の手に力がはいった。私は汗をかいてきた手を気にしながらも、握られた手を動かさなかった。


 「しかし、将軍のままだと本当のお前をみることはできない。だから、お夕の格好でお前に会うことにしたのだ」


 (確かにいきなり将軍様とご対面したら、恐れ多くて話しかけることなんてなかったです)


 「毎日過ごしているうちに、さらにお前の優しさを知り、もっと近付きたいと…直接話したい…お前に触りたいと思うようになった。そこで、菊之助に寝間に呼ぶよう頼んだのだ」


 「……」


 (だったら、なぜ途中で?)


 「だが…実際、お前を前にしたとき…だましたまま自分のものにすることが急に恥ずかしくなって、後悔した。将軍という立場では、お前は拒めない…それを利用しようとしたのだ。今までは当たり前のことだったが、お前には…イヤだった」


 (だから『やっぱりダメだ…このままでは…』とおっしゃったんだわ)


 「あの後も私はお前のことが忘れられず…だが、こちらの都合にお前を巻き込みたくないと、しばらく会うことを控えていた。そんなとき、お前にもらった根付がないことに気がついた。私は必死で探し、湯浴みの場所でそれを見つけた。その時に決心できた。全て話して、お前が私にもう会いたくないというなら、それを受け止めようと…」


 上様はとても恥ずかしそうに下を向かれた。私はこんな状況なのに(かわいい…)と思ってしまった。そして、上目使いで私を見られた。


 「お里、どうだ? こんな私だが、前のようにこの部屋へ通ってくれるか?」


 「……」


 「何も遠慮することはない。私が将軍だということは除いて、一人の男として考えてくれ。嫌なら嫌と言ってくれていいぞ」


 「上様…私は…今の上様のお話を聞いて、色んなことに合点がいきました。ずっと、見守ってくださっていたのですね。ありがとうございます。

 上様が苦しまれているのならば、少しでも癒されるよう、おつとめさせて頂きたいと思います」


 (これが私の正直な気持ち…なぜこの世界で生きているのかは謎のままだけど、私がここで上様のお役に立てるのなら…それにこんな下っ端の私に真剣にお話をしてくださった。そのお気持ちにおこたえしたい)


 上様は黙って目を見開かれた。そして、そっと立ち上がり私を抱き寄せられた。


 「本当に嬉しい。お前のように、自分の気持ちを大切にできたよ」

 私も身動きがとれないまま、しばらくじっとしていた。その時…


 「上様…」


 外から菊之助様の声が聞こえた。私は、すごい勢いで上様から離れた。


 「なんだ?」


 少し不機嫌そうにお返事された。


 「そろそろ中奥へお戻りにならないと…」


 「わかっておる」


 ちょっと拗ねたようなお顔をされた。そして私の方へもう一度近付かれ


 「また明日から会えるのだな」


 と言って、軽く抱き寄せられた。私も


 「はい。また明日でございます」と言った。


 そして、出口の方へ向かいながら、名残惜しそうに振り返る上様を頭を下げて見送った。


 上様が出ていかれたお部屋で私は1人になった。上様が真剣に私に話してくださったお言葉に耳を傾けている間、そのお気持ちがうれしくて受け入れてしまった。


 (あれ? 私って天下の将軍様に告白された? 以前の世界では、私は恋愛をしないまま結婚した。主人のことはたぶん好きだったと思う…もちろんドキドキもした。でも、あんな真剣なお顔で、時折、苦しそうにお話をされている上様を見ていると胸が苦しくなった。こういう気持ちは初めてだった)


 苦しくなった胸を押さえていると、先ほどの上様に抱き寄せられた感覚を思い出した。


 (今から考えると…恥ずかしい…)



 両頬が赤くなるのを感じて、両手をあてた。


 (あしたからはいつもの雑用係として、しっかりとお仕事しなければ)


 自分に言い聞かせながら、軽く両頬を叩いて部屋をでた。


 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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