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家出終了

 「お里様、遅いので心配いたしました」 おりんさんが部屋に入るなり声をかけられた。


 「申し訳ございません。お仲様から総触れが終わったら部屋へくるように言われまして・・・お話をしてまいりました」


 「えっ? お仲様が? 大丈夫だったのですか?」


 「はい・・・それが、実家に戻られるようで最後に私に謝りたいとおっしゃってくださいました」


 「そうですか」 おりんさんは拍子抜けされたような顔をされた。


 (もうひとつの件は、私の口からはちょっと話せないわ)


 「とりあえず着替えをして、戻りましょう」 そう言って着替えをさせてくれた。おりんさんの部屋に戻ると


 「私は今から少しだけ仕事で出なければならないので、お留守番をお願いできますか?」 と言われた。


 「もちろんでございます」 私は返事をした。おりんさんは、必ず錠をして誰が来ても入れないでくださいね、と何度も念を押してから出て行かれた。私は今の間に、おりんさんのお部屋を掃除しておこうととりかかった。ついでにお昼の用意もと庭になっている野菜を少しとらせて頂き料理にも取りかかった。動いている間は、久しぶりに自分の思っているように食事を作ることが楽しかった。卵があったので、お野菜をたっぷり入れて茶碗蒸しも作ってみた。掃除も料理も一段落して居間に座った私はお仲様のお部屋での話を思い出した。


 (私は上様に対して、側室の方と同じように触れられることが不安だった。でも実際は違うのだわ。上様は私にご自分から触れてくださる・・・それに、夜のお勤めがあった日は自分の体が汚れているといって私と一緒にはおやすみになられない・・・上様にとってのケジメなのだわ。私はそんなことを知らず、勝手に不安になっていた。そしてその不満をぶつけるなんて、なんて身勝手なことをしてしまったのかしら・・・やっぱり上様に謝って許して頂こう。おりんさんが帰ってこられたら、お話してみよう)


 玄関から扉を叩く音がしたので、耳を傾けると「お里様、おりんです」 と聞こえたので私は中から錠を開けた。


 「おかえりなさいませ、おりんさん」


 「ただいま戻りました」 おりんさんが笑顔で言われた。


 「お里様、お昼の用意をしてしばらくしたらまた仕事に出なくてはなりませんが・・・」 申し訳なさそうに言われた。


 「私は大丈夫でございますよ。お昼の用意ももう出来ていますので、すぐに並べますね」 そう言って台所に向かった。すると、もう一度玄関があいた。振り返ると菊之助様が入ってこられた。


 「失礼いたします」 と菊之助様が挨拶された。私も「ご苦労様でございます」と挨拶を返した。


 「少し様子を見がてら寄らせて頂きました」 と菊之助様がおっしゃった。


 「ありがとうございます。今、お昼の用意をしていたところです。たくさんありますので、菊之助様もご一緒にいかがですか?」 と昼食に誘ってみた。


 「せっかくですので、食事をしながらお話をしませんか?」 おりんさんもそう言われたので、菊之助様は「それではお言葉に甘えて」とお席につかれた。私は、張り切って食事の準備をした。食事が始まると、「お里様、やっぱりすべて美味しいです。この蒸しものは初めて食べましたが、ふわふわでお野菜も沢山入っていて美味しいですね」 とおりんさんがおっしゃると、「本当にそれぞれ味が違っていて、優しい味でいくらでも食べられそうです」 と菊之助様がおっしゃった。


 (こんなに喜んでもらえるなんて嬉しいわ。ここへ来て、自分の意志で食事を作る事なんてなかったものね。いつか上様にも作って差し上げることが出来ればいいのに・・・)


 と考えていたところで、菊之助様がお話を始められた。


 「やはり、上様は相当落ち込まれていらっしゃいます」


 「そうでございますか。昨日の夜の総触れでは、いつもお話されるお言葉を言われないで放心されていたようでした・・・」 私は昨日の出来事を菊之助様にお話しした。


 「まあ、それは以前からあったことなのです。総触れに行かれるのも嫌がられていましたから・・・お里殿が総触れに参加されるようになって、やる気を出されたようですから」 と苦笑いされた。


 「そうだったのですね。私は今の上様しか知りませんでしたので・・・」 私は、先ほど一人で考えたことをお話しようと思った。


 「おりんさん、菊之助様? 私はやっぱり、上様にお詫びをしてお部屋に戻ろうと思います」


 「もう戻られますか?」 おりんさんが言われた。


 「はい、一人で考えたのですが、上様は私の知らないところでも私のことを考えていてくださっていると思うのです。確かに、上様の嫉妬は思いも寄らないところまででこちらが驚くこともありますが・・・素直に嫉妬をされる上様を私は好いているのです。私を必要としてくださるように、私も上様が必要なのでございます。これ以上、私も意地を張らず正直に上様にお気持ちを伝え、上様のお気持ちも確認したいと思います」


 「きっとこれからも嫉妬を繰り返されると思いますが・・・」 菊之助様がおっしゃった。


 「はい・・・それも上様ですから」 と言って笑顔を向けた。菊之助様も「まあ そうですね」 とおっしゃった。


 「私が無理矢理こちらに連れてきてしまい・・・いらぬ事をいたしましたね」 おりんさんが俯かれて言われた。


 「いえ、無理にでも連れだして頂いて良かったです。離れてみたからこそ、上様のことをもう一度大切だと確認出来ました。あのまま一緒にお部屋にいたら、私も上様も思ってもいないことを口にしてしまったかもしれません」 私は本当にそう思った。


 「だったら、よろしかったのですが・・・」 おりんさんは少し不安そうな顔をされた。


 「それに、お二人のことも知れましたし・・・何よりの収穫です」 そう言ってお二人にむかって微笑んだ。お二人は一度顔を見合わされてから同時に恥ずかしそうに下を向かれた。私はそれを見て、さらに笑った。


 「お二人ともありがとうございます。ここで、食事を作れたことも楽しかったです」 私はお二人に向かって頭を下げた。


 「私もお里様の美味しいお食事をもっと味わってみたかったです。いつでも遊びに来てくださいね」 そう言って、私の手を取られた。


 「はい、また上様にお願いしてみます」 とその手を握り返した。食事の片付けを始めようとされたので、それはおりんさんがお仕事に行かれている間にしておきますと言った。


 「それではお里殿、夜の総触れが終わりましたらそのままお部屋へ戻られると上様にお伝えしてもよろしいですか?」 と菊之助様が尋ねられた。


 「はい、よろしくお願いいたします」 と言うと、菊之助様はそれでは私は城に戻りますと挨拶をされて家を出て行かれた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました

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