心配と決意
「早いうちに夕食を済ませ、総触れの準備をしなければですね。大したものはないのですが、お食事を作らせて頂きますね」 と言ってサッと立ち上がられた。
「おりんさん、私も手伝わせてもらえませんか? 久しぶりに台所に立ちたいのです」 私も立ち上がって腕まくりをした。
「わかりました。よろしくお願いします」 笑顔でそう言ってくれた。私は久しぶりに台所に立てることが嬉しかった。二人で、手分けして煮物などを作り、ごはんが美味しそうに炊きあがる頃食卓に並べた。向かい合って、食事をしながら色々な話をしてとても楽しかった。
「お里様はお料理が上手なのですね。他のものも食べてみたいです」 とおりんさんが言われた。
(ここに来る前は毎日主婦として食事を作ってましたからね)
「ここにいる間は、お台所の準備をさせてくださいね」 私は嬉しくてそう言った。食事の片付けも2人で済ませ、お城に戻る準備をした。来たときと同じ通路を通り、お城の小屋の中へ入った。
(この通路、以外に広くてしっかりしているわ。なんだか、秘密のトンネルってワクワクするものね)
小屋から出ると、外は真っ暗になっていてお部屋の中も真っ暗だった。
(上様もきっと総触れ前の準備をされているのだわ。いつもは一緒に夕食をいただくけれど、今日は中奥で食事をされているのかしら)
そんなことを考えながら自分の部屋に入ると、おりんさんが灯りをつけてくれた。部屋を見渡すと何だかいつもより寂しく感じた。
「さっ お着替えをいたしましょう」 そう言うといつものように手早い動きで着替えをしてくれた。着替え終わると、おりんさんは「私はこちらで待っていますので」と言われた。私は「いってまいります」と挨拶してから部屋を出た。いつものように廊下側の一番端に座った。
(今日はすごく長い一日だったわ。上様はどう思われたままかしら・・・菊之助様は元気をなくされているだろうと言われていたけれど、怒ってらっしゃるんじゃないかしら? それとも、もう私のことは好きにすればいいと呆れられたんじゃないかしら?)
そんなことを考えていると、上様がお入りになられる合図の鈴がなり頭を下げた。私の位置からは相変わらず表情までは見えなかった。お清様がいつものように挨拶をされた。いつもは上様からお言葉があり解散となるのに、上様は黙ったまま下を向かれていた。隣で御台所様が「上様!」とお声をかけられるとハッとされたご様子で「ああ 私からは何もない 以上」 とおっしゃり、座敷を出て行かれた。
(やっぱり考え事をされているのだわ)
私も急いでお部屋に戻った。部屋に戻ると「おかえりなさいませ」 とおりんさんが迎えてくれた。私の着替えをしていただきながら少し話をした。
「上様は考え事をされていたようで、いつものお言葉も発せられずにおられました」 私はそうおりんさんに話した。
「そうなられることはわかっております。元気をなくされたからといってすぐに許せません。もっと考えて頂かなくてはなりません」 おりんさんがピシッと言われた。
「でも・・・お仕事に支障がでては・・・」
「それでもです。 さっ 私の家に帰りますよ」 そう言って後ろから両肩を押された。
「は、はい・・・」 私は押されるまま部屋を出ていった。そして小屋に入って、畳の下の階段を進んだ。
そのすぐあと・・・小屋に急いで入って来られた上様のことは知らなかった。
おりんさんの部屋に入ると、寝間着に着替え布団を並べて敷いた。
「今日は色々なことがあってお疲れになったでしょう? 早く寝ましょう」 と言って布団に入ることにした。布団に入り、私はおりんさんに聞いた。
「上様は大丈夫でしょうか?」
「大丈夫じゃないでしょうねえ」 暗闇の中なのに、おりんさんがニヤッとされているのが口調でわかった。
「やっぱり、私が謝って戻らせて頂いた方がいいのでは・・・」
「だから、なぜお里様が謝るのですか?」
「私が上様に誤解を与えるような態度を顔合わせのときにとってしまったのが、原因で・・・それに怒られた上様に更に自分の気持ちをぶつけてしまうなんて・・・恥ずかしいです」
「いやいやいや・・・何だかそれだけ聞いているとお里様が悪いように思えますが、そもそも謂われのない誤解をしてそれに腹を立てるなんて・・・上様は心が狭すぎます。今後、お里様は色々なお役人様と顔を合わせて挨拶をしないといけないこともあるかもしれないのですよ。そんなときに、いちいち不機嫌になられてはたまったものじゃありません。上様もお里様を信じて堂々としていればいいものを・・・」
「でも・・・」
「そんなに長いことお二人を引き離すつもりはありません。もう少しだけ私のわがままと思って付き合ってください」
「はい・・・わかりました」 そう言って私たちは眠りについた。
次の日、目覚めると一瞬ここはどこかしら?と思った。
(おりんさんのお家ね。私はどこでも寝れるのかしら・・・) 横を見ると、おりんさんはまだ眠られていた。私はそっと布団を抜け出し、台所に立った。
「おはようございます。ぐっすりと眠ってしまって・・・申し訳ございません」 おりんさんが起きてこられた。
「おはようございます。私が勝手に早く目が覚めたので・・・もうすぐごはんも炊きあがりますよ。さあ、着替えて布団をたたんでしまいましょう」 そう言って、布団を片付けて食事の用意をした。
「お里様、こんなにしっかりした朝食をいただくのは久しぶりでございます」 そう言って喜んで座られた。
「本当ですか? 勝手にお台所をあさってしまい申し訳ございません」
「早速いただきます」 と言っておりんさんは美味しそうに全部たいらげてくれた。片付けを済ませ、朝の総触れのために、また自分の部屋へ戻った。
(今日は上様は大丈夫かしら? 昨日おりんさんが言われていたように、今後あのようなことで不機嫌になられては困る・・・もし嫉妬をしたなら、嫉妬をしたのだと言ってくだされば私だって上様にお気持ちを伝え気持ちを軽くしてさしあげられるのに・・・せめてそのことに気付いてくださらないかしら・・・どんなことがあったって私には上様しかいないのに)
そう思いながら、総触れに向かった。
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