吐露
「上様、私は・・・朝の顔合わせで何か粗相をしてしまったのでしょうか?」 私は、率直に聞いた。
「いや、粗相など何もなかった」 目を合わせられずにおっしゃった。
「それでは、何故、何もお話になられないのですか?」
「・・・」
「私が何かお気に触る事をしたのなら、改めなければなりません」
「・・・」
「上様?」
「別に無理をして改める必要はない」 とまだ下を向いたままおっしゃった。
「どういう意味でございますか?」 私はちょっとだけイラッとした。なぜ、ハッキリ言ってくださらないのだろうと思った。
「別にお前が誰かを気に入ろうと、それは仕方のないことだからな・・・改める必要などないと言っている」
「私が誰かを気に入っているとは?」 何のことを言っておられるのか、わからなかった。
「先ほどの顔合わせで、お前は中村に顔を赤らめていたではないか」 少し声を荒げておっしゃった。
「それは、あのように上様や菊之助様以外の男の方に手を取られ緊張していただけです。それ以外の感情なんて・・・」
(やっぱり、このことを気にされていたんだわ。複雑な感情はあったけれど、気に入るとかそんな感情は少しもなかったのに・・・)
私は何だか、少し腹が立った。毎日一緒にいて、気持ちを伝えてきたはずなのに、このお方は私のことを信用してくださらないのか・・・と・・・
「上様は、私のことを信用されておられないのですね。私は上様だけだといつも思っておりますし、そのように態度で示してきていたつもりです・・・上様がこの大奥で辛い思いをされてきたことも理解していたつもりです。ですから、いつも上様がどこか不安に思われていることもわかっておりました。でも、信用して頂けないのであれば私にはこれ以上上様の不安を取り除くことは無理なのかもしれません・・・」 私は言い出すと止まらなかった。
「私だって、いつ上様がお心変わりをされるかと不安になるときがございます。私のことを愛しいと言ってくださっていても、夜にはお勤めをされるのです。とても綺麗な方が沢山いらっしゃるのに、その方たちに私と同じように触れられるのかと思うだけで不安になります。それでも、心から私のことを大切にしてくださると信じております。心でも繋がっているのだと・・・」 自分がいつも不安に思っていることを全て吐き出してしまった。これほど頭の中のことをさらけだして、人に伝えたのなんて初めてだった。私は最後の方は、泣きながら声を荒げて話していた。言うだけ言って我に返った私は青ざめた。
(上様にとても私の醜い部分を話してしまった。普段は側室の方のことを気にしていないと言っておきながら、実はやきもちを妬いていたなんて・・・きっと、幻滅されただろう・・・心が狭いと思われているかもしれない)
私は頭が真っ白になり「失礼いたします」と言って頭を下げて自分の部屋へ逃げるように戻った。上様がどんな顔をされているかなんて見ることも出来なかった。
自分の部屋へ戻り、襖を閉めるとその場に座り込んだ。部屋で着物を整理されていたおりんさんが駆け寄って「どうされましたか?」と尋ねられた。私は、話しをすることが出来ずただただ泣いていただけだった。おりんさんは、手ぬぐいを私に渡してくれて心配そうにされていた。少し落ち着いてきた頃を見計らっておりんさんが話された。
「私に話して、少しでも落ち着かれたり気が晴れたりされるのならお伺いしてもいいですか?」
「はい・・・」 私はおりんさんに聞いて欲しかった。おりんさんは、私の手を取って撫でてくれた。私も大きく深呼吸した。
「朝の顔合わせのとき、新しいお役人様とお会いしました。そのとき、以前の記憶の中にある人と瓜ふたつの方がいらっしゃったのです。私はその方を見て驚きました。その方が、手を取って席に案内もされました。上様は、私がそのときに顔を赤らめていたと・・・私がその方を気に入っているのだろうと・・・」
「お里様は実際にその方に特別な感情をお持ちになったのですか?」
「まさか・・・上様や菊之助様以外の男の方に手を取られることなんてなかったので、恥ずかしさはありましたが・・・それ以上の感情なんて少しもございませんでした」 私はまた涙をこぼしながら、おりんさんの目を見て言った。
「お里様が、他の方に思いを向けられるなんてありえないと私は思うのですが、どうして上様はそんなに怒っておられるのでしょうか?」 おりんさんは少し怒っておっしゃった。
「私は上様が時々不安げなお顔をされていることは気付いておりました。でも、私を信じてくださるようになればその不安もなくなるのではと・・・今まで自分の気持ちを素直に上様にお話ししてきたつもりでした・・・」
「それは、私たちも見てきました」 おりんさんは今度は優しく私を見つめてくれた。
「でも・・・伝わっていなかったようです・・・私は、それどころか上様に自分の不安をぶつけてしまいました。ご側室の方に対しての気持ちを・・・上様は私に幻滅されたことでしょう」 そこまで言うとまた泣かずにいられなかった。
「お里様にこんな辛い思いをさせられるなんて・・・私は友として上様に腹が立ちます」 おりんさんは立ち上がってフンッと息巻かれた。
「おりんさん、ありがとうございます。でも、これは私が悪いのでございます。上様のお役目を理解していると言っておきながら、腹の中は嫉妬でモヤモヤしていた・・・それを隠しきることもできないなんて・・・」
「お里様? 大切な方だからこそ、嫉妬するのです。誰だって、そんな気持ちを持っているのですよ。上様は、特別なお役目をお持ちになっていますからそのお気持ちは一層なものだと思います。私はそれでも上様に心から尽くされているお里様を尊敬しています」
「尊敬なんて・・・私は上様に大事にしていただき、それに甘えているだけで・・・」
「でもお里様だって、上様を一人の男の方として大事にされているでしょう?」
「そのつもりですが・・・」
「なのに上様は、そんなお里様のお気持ちに気付かず自分ばかり嫉妬してお里様に当たられるなんて・・・わがままにもほどがあります」
「でもそれは、上様に不安に思われるお気持ちがおありだからで・・・」
「まあ 結局上様をお庇いになるのですか?」
「・・・」
「でも今回は上様にもわかって頂かなくてはなりません」 そう言うとおりんさんはパッと明るい顔をされた。
「どうやって?」
「家出です!」 そう言ってニコッとされた。
「家出? 私は上様に謝ってお話をしようと・・・それに、私には出て行く家なんて」
「何を言っているのですか! お里様が悪いわけではないのになぜ謝るのですか? それに、家なら私の住んでいるところがございます」 そう言って部屋を出て行こうとされた。
「おりんさん? どこへ?」
「上様にお里様は部屋を出られるとお伝えしてまいります」
「えっ?」
「後は私にお任せください」 そう言って胸をポンッとたたかれた。私はどうしていいかわからずオロオロとするだけで、何も行動が出来なかった。部屋を出て行かれたおりんさんの声を襖の手前で聞いていた。
「上様、失礼いたします。お里様はご気分が滅入られております。ですので、しばらく私がお預かりさせて頂きます。上様も良くお考えになられた方がよろしいかと思います」
「お里が出て行くと?」
「はい」
「自分で言っているのか?」
「いいえ、私がお連れすると言い出しました」
「おりん? ちょっと待て・・・」
「上様はお里様に甘え過ぎでございます。もう少し、お里様のお気持ちもお考えになられないと・・・総触れには必ずお連れ致しますので、ご心配なく」
「いや、そうではなくて・・・」
「とにかく、しばらくはお会い出来ないものとお思いください。では失礼致します」
「おりん!」 そう言われた上様のお声がしたところで、おりんさんが部屋に入って来られ襖を閉められた。
「さあ お里様、準備をいたしましょう」 そう言って身の回りのものを風呂敷に包み始められた。
「あの・・・おりんさん?」 私はどうしていいかわからずに、ただおりんさんが指示されるままに動いた。
「総触れの前のお着替えはこちらで致します。ただ、ここから出るときは下働きの侍女の格好をしていただきますからね。さっ 早速着替えましょう」 何だかいつもよりも楽しそうなおりんさんはテキパキと動かれた。私は言われるまま着替えをしていただき、おりんさんに手を引かれ部屋を出た。
「あの・・・上様にご挨拶を」 と勝手に出て行っていいのか不安になって尋ねた。
「なぜ、家出するのにいちいち挨拶をするのですか? さっ 行きますよ」 と少し呆れて言われた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。




