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瓜ふたつ

 次の日から、菊之助様はお清様との打ち合わせでお忙しくされているとのことだった。

 ある日、上様からお話があった。


 「お里、菊之助がいま側室の件で忙しくしているであろう?」


 「はい、大変なのでございますね」


 「ああ 実家とのやりとりなど全て菊之助がやっているからな」


 「そうでございますか」


 「それで、菊之助の補佐として今度2人ほど挨拶にくる」


 「ご挨拶とは?」


 「菊之助は奥での仕事もするだろう? それには、御台所やお清とも話をしなければならないことになる」


 「はい・・・」


 「それで、奥にも出入りすると御台所やお清に挨拶をするのだ」


 「色々なしきたりがございますのですね」


 (私には知らないことがまだまだあるのだわ)


 「それで・・・今、御台所が体調を崩しておってなあ」


 「御台所様が? 大丈夫なのでございますか?」


 「ああ 風邪だそうだから、大事をとってゆっくり休ませているだけだ」


 「そうですか・・・無事にご回復されることをお祈りしています」 上様は微笑んで頷かれた。


 「それで、その挨拶のときにはお里に出席してほしいのだ」


 「私がでございますか? そんな・・・」


 (御台所様が出席されるものを、私がなんてとんでもないわ)


 「それがな・・・御台所がお里に頼むと言っているのだ」


 「えっ?」


 「今後、お里も知っておいたほうがいいと・・・そう言っておった。でも、お里がどうしても辞退したいというなら私はそれでかまわないよ」 上様は優しくおっしゃった。


 (御台所様が私を・・・何かお考えあってのことだわ)


 「わかりました。出席させて頂きます」


 「そうか・・・お清も一緒だし、菊之助もいる。お前たちが何かをしなければならないことはないので、心配はいらないよ」


 「はい、わかりました」


 「御台所がお里に出席するように言うとは思ってなかったから驚いた」 そう言いながら上様は私の膝の上に頭を乗せられた。


 「はい・・・私も驚いています・・・」


 「それだけ、信用しているのだろうな・・・」


 「私はそれほど御台所様とお話したわけではありませんが・・・」


 「お里の魅力は一目でわかるのだろうな」 そう言って、私の頬を触られた。


 「それは言い過ぎでございます」 そう言われたことが嬉しくて恥ずかしかったので、私も微笑みながら上様の頬をなでた。

 上様がお話をされて3日後、顔合わせの日となった。私は朝から用意をして、お清様と共に中奥へとむかった。以前、書物の受け渡しをしていた場所から更に奥に入ると、お役人様がそれぞれお仕事をされていた。お役人様たちはすれ違う度に、道をあけて一礼してくださった。その横を颯爽と通られるお清様の後ろを少しオドオドしながら歩いた。用意されたお座敷は、私たちが総触れをしているお座敷よりも少し狭かったけれど造りはよく似たものだった。お清様と私は上様が座られるであろう場所より一段下がったところに控えて座った。緊張している私を見られお清様が言われた。


 「お里、緊張しているようですが大丈夫ですよ。私に続いて挨拶をするだけでいいですからね」 微笑んで言われた。


 「はい、粗相をしないように致します」 私が小さな声で答えると、フフフと口元を押さえて笑われた。 しばらくすると、お役人様がお二人入ってこられ、上様の正面に向かい合わせになるように準備された席に座られた。私も、半分顔を下げ挨拶したけれど顔を上げる前に奥の襖が開き先に菊之助様が入って来られたようだった。全員、頭を下げた。その後、上様が入ってこられ席に着かれた。


 「おもてをあげよ」 上様が低い声でおっしゃった。私たちは頭を上げた。上様と目が合ったが、微笑む余裕はなかった。


 「まず本日、奥の方からご挨拶に来て頂いた方から」 と菊之助様がおっしゃった。すると、お清様がご挨拶された。


 「大奥の細事を取り仕切っております御年寄のお清と申します。よろしくお願いいたします」 そう言って、お役人様の方を向いて頭を下げられた。続いて私の番だった。


 「・・・御中臈のお里と・・申します。よろしく・・お願い致します」 緊張してうまく声が出なかったけれど、なんとか最後まで言って頭を下げた。


 「それでは、今後上様の補佐役として奥とのやりとりをさせて頂く者からご挨拶させて頂きます」 菊之助様が進行された。


 「木村 新左衛門 と申します。どうぞ、御見知りおきを」 と言って頭を下げられたので、私たちは同じように一礼した。初めて、お顔を拝見したが、とても優しそうなお方だった。続いて、もう一人のお役人様がご挨拶された。


 「中村 宗佐(そうすけ)と申します。よろしくお願いいたします」 ハキハキと話されたお役人様も頭を下げられた。私たちも頭を下げて、顔を上げた。そこで、中村様と目が合った。

!!!!!

私は一瞬ドキッとしてしまった。


 (主人と瓜二つ!!!) 


 声は全く違うけれど、顔はそっくりだった。私はそのお方から目が離せずジッと見てしまった。


 (どこから見てもそっくりだけど、こんなことってあるのかしら? 以前、息子がこの世界に来てしまったときのように本人ということはないかしら?)


 私の視線に気付かれたのか、中村様が私の方を見られニコッと笑われた。私はハッとして、下を向いて動揺をごまかした。


 「今後、私が取り次ぎを出来ない場合はこの二人がお清様と打ち合わせをすることもあろうかと思いますのでよろしくお願いいたします」


 菊之助様がおっしゃると、上様が続かれた。


 「よろしく頼んだぞ」 上様がいつもより不機嫌なようにおっしゃった。


 「それでは、本日は顔合わせということもありお茶でもご一緒にと思っております」 菊之助様がおっしゃると、侍女さんがお茶の準備をされた。座布団が向かい合わせに並べられると、木村様はお清様の、中村様は私の手を取ろうと傍に来られた。私は、とても複雑な気持ちで差し出された手を取った。


 「さあ、ご案内いたします」 中村様はそう言って私が立ち上がるのを、待ってくださった。


 「ありがとうございます」 私はそう言いながら、今この状況でこのお顔の方と手を合わせるのが恥ずかしかった。ずっと下を向きながら、その場所まで案内され席に着いた。中村様が席に戻られるとき「お里様は緊張されているようですが、大丈夫でございますか?」 と満面の笑みで尋ねられた。私は、顔が近くあったことにまた恥ずかしくなり


 「は・・はい。大丈夫でございます。お気遣い頂きありがとうございます」 と言った。すると、「何かございましたら遠慮なく言ってください」 と言って席に戻られた。


 (主人のことは今では好きかどうかなんてわからないし、きっと元の世界に戻ったら2度と夫婦としてはいられないだろう・・・だけど、同じ顔というだけで・・・なんだか複雑な気分だわ)

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

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