告白①
いつもの仕事を終え、日が暮れてからお夕の方様のお部屋へ向かった。慣れていたはずの道のりだったのに、今日はやけに遠く感じた。部屋の前までいくと、部屋から明かりが漏れていた。
(こんなに暗くなってから、ここに来たのは初めてだな)
「お里にございます」
「おはいりなさい」
(菊之助様の声だ)
「失礼いたします」
襖を開けて、一礼してから顔を上げた時、またビックリすることとなった。
「う、う・え・さ・ま」
一歩下がって、もう一度頭を下げた。
「いいから中へはいれ」
菊之助様がおっしゃったので、私は部屋の中に入ったものの襖ギリギリのところに座った。
「もう少し、近くまで来てくれないと話せないだろう」
と、上様がおっしゃった。
「恐れ多いことでございます」
(どうしたらいいものか…)
菊之助様が「いまさら…」と呟く声が聞こえた。
(いまさら?)
「お里、ゆっくりと上様のお顔を拝見してごらん?」
そう言われたので、ゆっくりと顔を上げて上様のお顔をみた…
(はあ…イケメン…)
「まだわからぬのか?」
菊之助様が半分笑いながら言われた。
(なんのこと?)
そのとき、上様がニコリと笑われた。
!!!!!
「お夕の方様?」
「そうだ。やっと気付いたか」
「はい。上様とお夕の方様はご兄弟でらっしゃったんですね? お夕の方様がお姉様ですか?」
菊之助様があっけにとられてポカンとされた。すると、上様が
「菊之助、もうよい。話しておやりなさい」
「はっ!」
「お里、あなたにずっとお会いになられていたお夕の方様は、上様だったのだよ」
(えーーーーー!!)
「全く気がつきませんでした。色々とご無礼を…申し訳ございませんでした」
「上様のお顔を見たのは一瞬だったからな。まあ仕方がないだろう」と、菊之助様はおっしゃった。
「ですが…なぜ…」と、言いかけて私は口をつぐんだ。最初に訳は言えないと菊之助様に言われていたからだ。
上様が菊之助様の方を見られ「菊之助、下がれ!」とおっしゃった。
「はい。承知しました」と言って、廊下の方へ歩いていかれた。
(ここで2人になるの? ちょっとムリなんですけど…どうしたらいいのかしら)
体中、嫌な汗が流れているような気がした。
上様がこちらを向いて
「お里、こちらまで来てくれるか?」
と、先ほどまで菊之助様が座っておられたところを見られた。
「はい。失礼いたします」
私は、正座をして手は膝の上におき、背筋を伸ばした。まだ目はあげられないけど…
「お里、この間は悪かったな。結果的にお前に恥をかかせることとなった」
「いえ、とんでもございません」
「それから、お前を騙していたことも謝らないとな。今日は話を聞いて欲しくて呼んだのだ。少し長くなるが、聞いてくれるか?」
「もちろんでございます。私みたいなものが、上様のお話を聞けるなど、勿体ないことでございます」
上様はフッと笑われた。そのお顔に見とれてしまった。
(こんなにお優しい話し方をされるんだ。もっと怖くて、威圧的なのかと思っていた)
上様は少しリラックスしたかんじで姿勢を崩され、ゆっくりと話始められた。
「まずは、私の役目から話そう」
(上様は少し緊張されているようだ)
「上様…失礼ながら…お茶をご用意させて頂いてもよろしいですか?」
「ああ…」
私は、いつもお夕の方様に淹れていたように、お茶の準備をした。
「お里の分も淹れるといい」
「はい。ありがとうございます」
二人分のお茶を用意して、それぞれの横に置いた。
「お待たせいたしました」
そう言って、私は微笑んで上様がお話されるのを待った。
「将軍家は家を継ぐ直系の子がいない場合は、他の御三家に引き継がれることとなる。
私の父上は、私が将軍になったときから自分の血統が後々も将軍となることに執着しておられた。子供が多いと、他の御三家に養子に出したり、嫁にやったりすることで、幅広く自分の血統を残すことができると考えられている。
だから、父上は政治など表のことはいいから、お前は出来るだけ沢山子を作ることが仕事だ、と私に言い聞かしてきた。
毎日毎日、奥へ行けと言われ続けてきたのだ。今もそうである。たまに、表で顔を合わすと、何をしている!暇があるなら奥へ行ってこいと言われる始末だ…
私もそれが役目であることを理解し、言われるままに子を作ることに専念した。そこに感情などあるわけがなかった。ただただ心がしんどかった…
そんな私を菊之助がみかねて、この場所に部屋を作ってくれたのだ。実は…その小屋から裏に出れば、中奥につながっている。
そこで、このことを知っている僅かな隠密に着替えを手伝わせ、昼間はゆっくり過ごしているのだ。もちろん、夜は奥へ向かわなければならないが…」
(将軍様って大変なんですね。こんなことは、授業では習わないですもの。上様はずっと、心を痛めてこられたのだわ)
私はあまり大きなリアクションをせず、上様がお話されやすいように、時々頷きながら聞いていた。
「はあああっ…」
そこで、上様がため息をつかれたので、少しお疲れかなと思った。
「お茶が冷めてしまいましたね。暖かいものとお取り替えいたしますね」
そう言って、湯飲みを取ろうと上様に近付いた。
「お茶はいい。ここからの話はこのままで聞いてくれ」
私の手をギュッと両手で包まれた。私は、文字通りドキッとした。
(このかんじ…お夕の方様としても、一度握ってもらったことがあるけど、こんなにドキドキしなかったな)
「はい。わかりました」
上様は、真剣な顔で話を続けられた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
次回も、上様の告白が続きます。