激甘
しばらくすると、お三方はお部屋から出て行かれた。すると上様は
「お里、近くへ」 とおっしゃった。
「はい」 私は返事をして上様の近くへ行った。いつもなら、すぐに膝枕をご所望されるのだけれど、上様は私の手を取って見つめられた。私は真っ直ぐな目でジッと見られると恥ずかしくて目をそらしてしまった。上様は、今度は両頬に手を当てられまた見つめられた。
「上様? どうされましたか?」
「ん? お里の顔をじっくり見ているだけだが?」 上様は微笑まれておっしゃった。
「あの・・・そんなに見られると・・・恥ずかしいです」
「わかっている。 恥ずかしそうにしているお里を見るのも、楽しいのだ」
「それは意地悪でございます」 私は少し拗ねてみせた。
「お里? 今日私が側室たちに謝ったのは、本心だった」 真剣な顔で上様が話し始められた。
「はい。上様のお話のされ方で伝わってまいりました」
「そうか・・・私は本当に側室たちがどのような思いをしてここで暮らしているのかなんて考えたこともなかった。だけど、お里からこの間話を聞いてじっくり考えてみたのだ」
「私は、調子にのってお話し過ぎてしまいました」
「いや、だからそうではないと言っているだろう? 今までは、自分がこの役目を言いつけられ、自分だけが辛い思いをしているのだと思っていた。だけど、お里から話を聞き、それは私だけではないと気付いたのだよ。だったら、少しでも幸せな生活を送れるようにしてやりたいと思った。それで、御台所に相談したのだ」
「御台所様を差し置いて、私が出過ぎたお言葉を・・・お気分を悪くしておられませんでしたか?」
「私の意見として話したからな・・・御台所は、私が側室の事を考えて意見したことにまず驚いたようだった。内容を聞いているうちに、それはいいことだと言ってくれた。そして、最後に・・・上様にそのような考えをさせるとは・・・と呟いて笑っておった」 上様もハハッと笑われた。
(私がお話したとバレているということね)
「それからは、菊之助が細かいことを御台所と相談して決めてくれたのだ」
「そうでございましたか」 私は、まだ御台所様がお気分を悪くされているのではないかと気になっていた。
「お里は、本当にスゴいな。こうやって愛しいと思えるお前が私にはいるから、周りのことに優しくなれる・・・最近の自分が私は好きになれているのだ」
「上様は本来お優しいのですよ」 私は上様の目を見て言った。
「そうやって、お前が私を認めてくれるからな・・・私は幸せだ」 上様も私を見つめられて、お顔を近づけられた。
「んん・・・」 上様は、一度お顔を離されると「ありがとう」と言ってもう一度キスをされた。
(上様が私の考えを認めてくださって、真剣に考えてくださっていることが私も幸せだわ・・・ありがとうございます)
私は、口が塞がって話せなかったので心の中でそう思っていた。しばらく、甘い時間を過ごしたあと上様がおっしゃった。
「お里? 菊之助が言っていただろう?」
「なんでございましょう?」
「今までの将軍は、側室を身近に置いていたから一度側室にあがったものはこの大奥から出ることはできないと・・・」
「はい。おっしゃっていました」
「お里は私の身近にいるだろう?」
「はい。お傍においていただいています」
「お里は2度とこの大奥から出してやることは出来ないが・・・それでもいいのか?」 上様は少し不安そうなお顔をされた。
(また不安そうなお顔をされているわ・・・)
「私は上様のお傍にいられるなら、これほど幸せなことはありません」 笑顔でそう答えた。そして、問い返した。
「でも、上様が離れられることもあろうかと思いますが?」 私も少し不安そうに尋ねた。
「そんなことはない」 上様はそう言って抱きしめられた。続けて
「私はもうお里が傍にいなくなるなど考えられない・・・以前より一緒にいる時間は増えているはずなのに、まだまだ足りないのだ」 抱き締めておられる手に力が入った。
(私にはこの言葉で充分だわ。以前主人に裏切られたときのことを思うと、時が過ぎれば恋愛感情なんて薄れていくのかもしれない・・・と正直思っている。でも、今は毎日が幸せだもの。これでいいんだわ・・・ あっ でも、そもそも主人は私に恋愛感情なんてなかったのかもしれないわね)
昔のことを思い出しながら、改めて今の幸せを噛みしめた。こんなに私のことを必要として大切にしてくださる上様のお役に立てればいいのに・・・考え事をしていた私に気付かれて上様が声をかけられた。
「お里?」
「はい、申し訳ございません。私は幸せ者だなあと実感しておりました」 と言って笑顔を向けた。
「ああ 誰にも会わず、お里と二人でずっとこうしていたい・・・」 ため息まじりにおっしゃった姿がとても色っぽくドキッとしてしまった。そんな上様の胸に飛び込みたい衝動にかられた。ここは思い切って・・・
「私もでございます」 そう言って、上様に抱き付いた。上様は私をしっかりと抱きとめてくださった。そして・・・再び甘い時間が始まった。近頃は、甘やかされっぱなしで溶けてしまうのではないだろうか・・・もっとしっかりしなくては・・・と思いながら・・・やっぱり甘やかされてしまう毎日だった。
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