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後悔と願い

 部屋に戻ると、おりんさんが朝食の準備をしてくれていた。私とおぎんさんは、自分の部屋へ入り上様が来られるまで待つことにした。おりんさんも私の部屋の方へ来られお茶を淹れてくれた。


 「お話は何だったのですか?」 おりんさんが尋ねられた。


 「お子がいらっしゃらないご側室に、ここへ残るか、実家に戻られるかの選択の機会を与えられるとのことでした」 私は、簡単に説明した。


 「そんなことを・・・上様が?」 おりんさんは驚かれていた。


 「はい。私が見習いを終えたときに、上様にお子をお産みになれなかったご側室が外の世界でやり直すことができれば・・・と上様にお話してしまったのです」 私は落ち込んで言った。おぎんさんがその様子をみて、少し不思議そうな顔をされた。


 「どうしてそれでお里様が落ち込まれているのですか?」


 「私はまた上様に前例のないことを、させてしまいました」


 「でも、それで喜ばれるご側室もいらっしゃることでしょう? 無理に出て行くように言われたわけでもございませんし、ここに留まることを選ばれる方は今と変わりなく暮らせるのですよ?」


 「はい・・・でも・・・」 私はおぎんさんの言っておられることはわかるが、本当に良かったのかわからなかった。


 「まあ 私たちと話すよりも上様とお話された方がお里様の気は晴れますよね」 とおりんさんがおっしゃった。すると、廊下を歩く足音がした。


 (上様だわ)


 私たちは、上様の方のお部屋へ移動して頭を下げた。上様は襖を開けられ食事の席へ着かれた。菊之助様もご一緒だった。


 「みなご苦労だったな。さあ お里食事にしよう」 と上様はお腹がすいたとサッパリしたようにおっしゃった。


 「はい」と言って私も食事の席に着いた。今、ここで先ほどの話をするのは良くないと思い、私も食事をすすめた。


 (きっと、上様が後でお話されるはずだわ。それまでは私も普通に振る舞っていよう)


 「ところで、皆さんはお食事は?」 と、いつも私たちだけ食事をするのでいつ食事をされているのか聞いてみた。


 「私たちは、朝の仕事の前に済ませているのですよ。お昼なども、仕事と仕事の間にきちんととっています」 と菊之助様が教えてくださった。


 「そうなのですね」


 「お里はそんなことが気になるのか?」 上様が微笑みながらおっしゃった。


 「はい・・・いつも気になっておりました」


 「お里様はいつも周りを見ておられるのですね」 フフフと笑いながらおぎんさんが言われた。おりんさんも「ほんとに・・・」と言って笑われた。私は、恥ずかしくなり下を向いた。食事が終わると、おぎんさんとおりんさんが片づけをしてくれたので、私は皆さんのお茶を淹れることにした。おぎんさんとおりんさんは「私たちの分はいいのですよ」と言われたけれど「お茶ぐらいは皆さんと一緒に飲みたいです」と言って上様の方をみた。上様は、微笑んで頷いてくださった。すると、上様が私に尋ねられた。


 「で、なぜお里は元気がないのだ?」


 (やっぱり、わかられていたのだわ。上様には隠し事ができない・・・)


 私が黙っていると


 「私がわからないとでも思っているのか?」 とニヤリと笑われた。


 「はい・・・先ほどご側室へのお話を廊下で聞かせて頂きました。私が先日、上様にお話させて頂いたことで上様に前例のないことをさせてしまったのではないかと・・・」


 「確かにお里が私に言ってくれたことを、御台所と相談して決めた。だが、これは誰かが嫌な思いをすることではないであろう?」


 「ですが・・・私の意見なんて・・・」


 「お里の意見だから真剣に考えたのだ。前例がないからとかではなく、今まで誰も当たり前だと思って諦めていたことを、もう1度考え直しただけだ。お里が責任を感じる必要はない。決めたのは私と御台所だ」


 「はい・・・」 私は、そう返事するしかなかった。すると菊之助様が話し始められた。


 「今までのご側室が、一生大奥で過ごさねばならなかったことには理由があります。これまでの将軍様は、何人かのご側室をご自分の身近におかれていたため、(まつりごと)などの決して外には漏れてはならないことをご存知であった可能性がありました。しかし、上様の場合どの側室方とも親密ではないため、外に漏れて困るようなことはございません。ですから、ご側室が実家へ戻られたとしても何ら困ることはないのです。それに、上様のご側室であったということであれば、次の嫁ぎ先も見つかるかもしれません。また、他へ嫁ぎたいという希望があればこちらも嫁ぎ先を見つけてもいいと思っています」


 「だから、御台所もそれはいい考えだと言ってくれたのだ」 上様が付け加えられた。


 「実家に戻ったり、他へ嫁いだりする場合、もちろん奥のことを漏らせば罰せられることになるでしょう。その代わり、充分に生活が出来るだけの支度金は用意するつもりです。そのお金で実家に戻り、自由な生活をすることを望まれるご側室も多いと思います」 菊之助様がおっしゃった。


 「だから、お里は何も気にすることはない。側室が幸せになれる機会を与えてやったと思っていればいい」 上様は微笑んでおっしゃった。


 「そんな・・・恐れ多いことでございます」 私があせって言うと


 「上様、お里様がそんなふうに思われる方でないことはご存知でしょう?」 とおりんさんがおっしゃった。


 「それもそうだな・・・」 と上様が笑われた。


 私は、でしゃばった事を言ってしまったと後悔しながら側室の方々が幸せになってほしいと願うことにした。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

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