発表
次の日の朝の総触れも、いつものように終了しようとしたところで上様がお話を始められた。
「この後、側室だけは残ってくれ。残りのものは、下がってよい」 一瞬ざわついたけれど、皆さん頭を下げられた。そして、御中臈の方々はそれぞれ立ち上がられた。私もすぐに立って部屋へ戻ろうとしたところ、お清様に呼び止められた。
「お里も残りなさい。もちろん、座敷の中ではなくこちらの廊下から人目のつかないところであなたも上様のお話を聞いておきなさい」 そう言って、廊下の端の座敷からは私の姿が見えない場所へ連れていかれた。
「はい・・・ですが、よろしいのでしょうか」 私は側室の方へのお話を隠れたところで聞いてもいいのかと戸惑った。
「上様のお言いつけです」 お清様はいつもの厳しい表情でおっしゃった。
「承知しました」 私がその場に座ると、お清様は座敷の中へ入っていかれた。
(今日、何かお話をされるということは上様から聞いていなかったけれど・・・私も一緒にお話を聞くようにと言われたということは私にも関係あるのかしら・・・なんだかひどく不安だわ)
私は一人でここで座っていることがすごく不安で手に汗がにじんできた。すると、私の横にそっと座られ声がかかった。「お里様・・・」私はびっくりして、すぐに横を見るとおぎんさんだった。
「おぎんさん・・・」 私は、いつもの優しい顔にホッとした。
「上様からお里様のお傍にいるようにと、仰せつかりました」 そう言って、私の手を握ってニコッと笑われた。
「そうでしたか。ありがとうございます」 私はおぎんさんの方を向いて頷いた。
「私も何を話されるかまでは聞いていないのですが・・・私がついていますからね」
「はい・・・」
少し落ち着いた私は改めて姿勢を整えた。中にいらっしゃった御中臈の方々は全てお座敷を出られたようだった。すると、上様が話し始められた。
「日頃、お前たちには私の為に仕えてくれて感謝している。側室であるお前たちに子供を作らせていたが子供を産めなかったものや、子供を亡くしたものたちのことを私はほとんど知らない。また、無事に子が産まれ生母として育ててくれていることも御台所に様子を聞いているだけだ。申し訳ないと思っている」
廊下では声だけしか聞こえてこなかったけれど、本気で謝られていることは伝わってきた。上様は続けられた。
「子を持てなかったものはその後もこの大奥で、一人で悲しみ暮らしてきたことであろう。私にはそれを一緒に悲しんでやることは出来なかったし、きっとこれからもその気持ちはわからないであろう・・・」
お座敷の中は静まりかえっていた・・・
(なぜ、このような話をされるのだろう・・・私が見習いを終えたときにお話をしてしまったからかしら)
「そこで御台所と話をして決めたことを今日は話したい。後は、私の側近である菊之助から話がある・・・菊之助!」 そう言うと菊之助様のお声がした。どこから現れられたのかは見えないけれど、少しお座敷がざわついた。
(菊之助様に初めてお会いされるご側室の方もいらっしゃいますものね。イケメンさんだから、ちょっとざわついているのかしら)
中が見れない分、想像をしていた。すると、菊之助様が話し始められた。
「今までの大奥のしきたりとして、1度側室にあがったものは余程の事情がない限り外へ出ることは許されませんでした。しかし現在御子がおられないご側室に限って、このまま大奥で過ごすか、自分たちの実家に戻るか選んで頂く機会を与えて頂きました。結論はすぐに決めて頂かなくてもかまいません。帰られるご実家との話し合いもございましょう。よく考えて頂き、それぞれお清殿にお返事ください。また、この期間はご実家からの使者にもお会いできるお部屋をご用意いたします。このようなことは、前代未聞でありますが上様と御台所様の御慈悲によりかなえられたことでございます。皆様がどのような決断をされようと、感謝されこれからも徳川家のために尽くして頂きたく存じます」 それから一瞬の間があり、菊之助様が「上様、以上でございます」 とおっしゃった。続いて御台所様が「細かいことは順次、お清と面談の時間をもうけるゆえ、そのときに聞きなさい」 と締めくくられた。そうおっしゃると、上様を始め、御台所様も退室されたようだった。すると、一気に場がにぎわった。
「上様が謝られるなんて・・・」
「ここを出ても、どうやって過ごせばいいのかしら・・・」
「あの菊之助様、ステキでしたわね・・・」
皆様が一気に話し始められた。私はその声を聞きながら考えた。
(私がご側室もやり直すことができれば・・・と以前上様にお話したから今日このようなことをおっしゃったのかしら? だとしたら、また私は前例にないことを上様にさせてしまったのではないかしら・・・)
と頭の中がもやもやしてきた。すると、隣に座られていたおぎんさんが
「お里様、今のうちにお部屋へ戻りましょう」 と声をかけられた。私は、ご側室が廊下へ出てこられる前に部屋へ戻ることにした。
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