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練習

 食事が終わると、おりんさんが言われた。


 「お里様? お掃除は上様が中奥に行かれたときにするとして、着付けの練習をいたしますか?」


 「そうだったな。さあ、練習を始めよう」 上様が楽しそうにおっしゃった。


 「上様、本当にお相手頂いてよろしいのですか?」 私はもう一度確認した。


 「お里が着物を着せるのは、私だけであろう? なら、私で練習するのが1番ではないか」 言い聞かせるような言い方をされた。


 「はい・・・それはそうですが・・・よろしくお願いいたします」 私は、申し訳なく思ったけれど、甘えることにした。上様は、それでいいとおっしゃり、張り切ったように立ち上がられた。上様に1度お着物を脱いで頂き、おりんさんが説明をしながら着せられた。私はその様子をしっかりと頭にたたき込み、上様にもう1度着物を脱いで頂き自分でやってみながら、横からおりんさんに指導をしてもらった。2度ほど練習したところで


 「上様、立ちっぱなしでお疲れでございましょう? 今日はここまでで・・・」 と、練習を切り上げた。


 「私は全く疲れてはおらんぞ。お里がおりんに教わっている姿を近くで見るのは癒しでしかないからな」 上機嫌でおっしゃった。


 「・・・」 (おりんさーん)


 「ありがとうございます」 私は上様に頭を下げた。


 「さすがお里様です。あとは、結びの加減だけでございますよ」 無表情から戻られたおりんさんが言ってくださった。


 「ありがとうございます。順序はだいたい覚えられたように思います」 おりんさんにもお礼を言った。すると上様が


 「そうだ! 私もお里の着付けが出来るよう練習をしておこう」 と笑顔でおっしゃった。


 「えっ?」 私とおりんさんが同時に声を上げた。


 (上様が私の着付けを? とんでもないわ)


 「上様、さすがにそれは遠慮させて頂きます」 私は苦笑いで否定した。


 「なぜだ? そうすれば朝は誰の手も煩わせず、二人で準備が出来るのではないか?」 


 「確かに、私が着替えをする際はおりんさんかおぎんさんにお手伝い頂いていて申し訳ないとは思っていますが・・・上様にお手伝い頂くなんて考えられません」


 「私はお里のことなら、何でも出来るようになりたいのだがなあ・・・」 上様は何がダメなのかと不思議な顔をされていた。私は、どうしていいものか困ってしまっていた。


 「まあ 上様、またそういう機会があればということで・・・それより、私はそろそろ戻ります。もうすぐ菊之助様がいらっしゃいます。上様もお仕事のお時間ですので」 とおりんさんが話を変えてくださった。それから、私の顔を見てウィンクをされた。私は、目だけでありがとうございますと合図した。


 「仕事の時間か・・・まあ仕方ないな。でも、ここなら傍にお里がいるからな」 と言って私の方を見られ微笑まれた。私は、その微笑みにドキッとして顔が赤くなった。


 「失礼いたします」 菊之助様が来られた。それと入れ替えにおりんさんがお部屋を出て行かれた。


 「菊之助、ご苦労だな」 上機嫌の上様は菊之助様を笑顔で迎えられた。菊之助様はいつもと様子の違う上様に少し戸惑っておられるようだった。


 「菊之助様、ご苦労様でございます。先ほどまで、おりんさんに着付けを教わっていたのです」 と私は頭を下げて挨拶した。


 「そうでしたか・・・なるほど・・・」 上様の上機嫌の理由を察しられたようだった。そして、上様の文机の方へ向かわれた。こちらのお部屋で二人でお仕事をされることになったので、上様用の文机を以前より大きいものにして、仕切りを置き、とりあえずのお仕事場を作られた。

「上様、それでは私はその間お邪魔にならないようにお掃除をさせて頂きますね」 そう言って席を立とうとすると「ちょっと待て」 と呼び止められた。

「菊之助」 とおっしゃると、菊之助様は返事をされ仕事場の奥に行かれてすぐに戻ってこられた。そして、棒を私に渡された。

「お里、これはお里が作ったものを元に私が作らせたのだ。お里もこれを使えば体が楽であろう?」 それは、私が以前作った廊下の拭き掃除をするために思いついた便利グッズだった。私が作ったものよりも、もっとしっかりと作られていた。

「ありがとうございます。早速、使わせていただきます」 私はそのグッズを握りしめてお礼を言った。上様は微笑んで頷くと、文机の方へと向かわれた。私も一度自分の部屋へ戻り、打ち掛けを脱いでたすき掛けをした。まずは、私の部屋を掃除してから、上様が作ってくださった便利グッズで廊下を掃除した。庭の掃除をしようと思ったところへ、お常さんが廊下を歩いてこられた。


 「お常さん」 私は、笑顔で声をかけた。


 「ああ、お里。 昼のお膳を持ってきたよ」 お常さんも笑顔で言ってくれた。


 「ありがとうございます。後は私がやりますので、そこへ置いておいてください」


 「ああ、じゃあ部屋の中に入れておくね」 そう言って、お常さんが部屋に入ったところへお膳を置いてくれた。そして、私の方をみて


 「相変わらず、働きものだね」 と肩をたたかれた。


 「はい、この方が落ち着きますので・・・」 私は少し照れて言った。


 「そうか。お膳は後で下げにくるから、廊下に出しておいてくれればいいからね」


 「はい。お忙しいのにありがとうございます」


 「それは気にしないように言ったじゃないか。じゃあね」 そう言ってお常さんは、小走りで廊下を戻られた。私は庭掃除を後にすることにして、お昼の用意に取りかかった。お膳を全て並べ終えると、たすき掛けをとり、仕切りの手前から声をかけた。


 「上様、お昼の用意が出来ました。すぐに、食べられますか?」 と尋ねた。


 「ああ もう昼か・・・とりあえず、食事にしよう」 とおっしゃると立ち上がられた。


 「それでは上様、私もお昼をいただきに一度戻らせて頂きます」 菊之助様も立ち上がられ、お部屋から出て行かれた。


 「それでは、お昼にしようか」 上様は、お席に着かれた。


 「はい」 私も席に着き食事を始めた。食事をしながら上様はこの後の予定を話された。今日は一度中奥へ戻って、お役人さんと打ち合わせがあるとのことだった。私はその間に、上様のお部屋の掃除をしておきますと言った。

 食事が終わり、お膳を廊下へ出すと上様は少し休憩をしようとおっしゃた。私はいつものように、膝枕の体勢をととのえた。上様はごろんと寝ころばれて、私の首元に手を伸ばされた。


 「お里、無理はしていないか?」 上様が尋ねられた。


 「無理でございますか?」 私は何を言っておられるのだろうと不思議に思った。


 「私がいつも傍にいるから気を使ってしんどくはなっていないかと思ってな」 とおっしゃった。


 「私の方こそ、上様のお仕事のお邪魔になっていないかと思っております。私は、お傍にいることが出来て嬉しいです」 と言った。


 「そうか、良かった・・・」 と言って、上様は私の首を持ってご自分の顔に近づけられた。そしてそのままキスをされた。私もそれに応えるように、体を屈めて受け入れた・・・甘い時間の始まりです・・・

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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