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新生活

 やはり2人で過ごす時間はあっという間に過ぎてしまうようで、夕方になると菊之助様がお部屋に来られた。


 「失礼いたします。お里殿、見習い期間終了、ご苦労様でございました」


 「菊之助様、ありがとうございます。ケガを負った際にはご迷惑をおかけいたしました」


 「いえいえ、看病はほとんど上様がされましたので私は何もしておりませんよ」 と言って、上様をチラリと見られた。


 (あれ? この言葉さっきもお常さんが言っていたような・・・)


 「それより、御台所様とお話になったとか?」 菊之助様が聞かれた。


 「はい、お話しする機会を作って頂きました。その上で、今後も上様に尽くすようにおっしゃって頂いたのです。とても上様のことを大切に思われていて、こんな私に対してもお優しく接して頂き、慈悲深い素敵なお方でございました」


 「そうですか・・・御台所様もお里殿のことを・・・」 最後の方はよく聞き取れなかった。


 「えっ?」 私はもう一度聞き直した。


 「いえ、こちらのことでございます」 と、もう一度は言ってくださらなかった。


 「菊之助、そういうことだ」 と横から上様がおっしゃった。お二人はお互いに頷き合ってから、フッと笑われた。私だけが、話しに入っていけなかった。


 「ところで上様、今後はどのようにされますか?」 菊之助様が上様に尋ねられた。


 「今まで表で菊之助と二人でしていた仕事はここですることにする。他のものとの打ち合わせなどは、表に行く」


 「はい、承知しました」


 「それから、夜の勤めがない日はここで寝ることにする。これは、御台所も了承済みだ。夜の勤めがある日は・・・自分の寝所で寝る。汚れた体でお里の横で寝ることはできないからな。お里もそれでいいか?」 上様が優しく尋ねられた。


 「はい」 私は、上様が汚れた体とおっしゃったことにそうは思わなかったけれど、私のことを考えてくださっていることが伝わったので一言返事だけをした。


 「それでは、そのようにいたしましょう」 菊之助様がおっしゃった。私は、御膳所勤めがなくなればどのように過ごしたらいいのかわからなかったので、菊之助様に聞いてみた。


 「あの・・・私は明日からどうすればよろしいのですか?」


 「お里殿は御中臈になられたので、朝の総触れと夜の総触れには出席してもらわなければなりません。ただ、この2週間のように側室の席に着く必要はありませんので、御中臈の一番末席にいらっしゃればよろしいですよ」 と菊之助様が答えてくださった。


 「はい。目立たないようにしておくことは得意でございます」 と私が笑顔で答えたので、お二人が顔を見合わせて笑われた。


 「お里がどこで目立たなくしてようと私にはすぐにわかるぞ」 上様がサラリとおっしゃった。


 「・・・」 (菊之助様、また無言で無表情です)


 そのとき、襖の向こうから声がした。


 「失礼いたします。夕餉の準備に参りました」


 (おりんさんのお声だわ)


 「もう、そんな時間か。はいれ」 上様が応じられた。お膳をかかえられたおりんさんとおぎんさんが入って来られた。食事の準備をされるお二人のお手伝いをしようと立ち上がった私におりんさんがおっしゃった。


 「お里様は御中臈になられたのですよ。こんなことはもうしなくてもよいのですからね」


 「でも、私はお夕の方様付きでございます。ですから、今まで通り上様のお食事の準備やこのお部屋の掃除はさせていただきたいのです」 私は少し意地になって言った。


 (だって、これぐらいはしないと私は時間を持て余してしまうわ。御膳所のお仕事が出来ないならば、せめてこのお部屋でのお仕事はしたい)


 困ったように、おりんさんが上様を見られた。


 「全くお里は仕事の虫だな。お里の好きにするがいい。ここでの、掃除や私の食事の準備はお里に任せよう。ただ、着替えは一人では出来ぬであろう」 と、上様が考えながらおっしゃった。


 「それでしたら、私かおりんが交代で朝にまいります」 とおぎんさんがおっしゃった。


 「そうか・・・頼んだぞ。誰か侍女をとも思ったのだがな・・・この部屋のことを他言せず、お里のことを大事にしてくれるものはなかなか見つからないだろうからなあ」


 (上様は以前、仲良くしていたお糸さんに私が裏切られたことを思ってくださっているのだわ)


 「上様、ありがとうございます。おぎんさん、おりんさんよろしくお願い致します」 私は頭を下げた。そして続けて言った。


 「着替えの方も出来るだけ一人で出来るよう練習いたします」


 「あまり気負わなくても大丈夫ですよ。私たちだって、お里様にお会いして上様のグチを聞いて頂きたいのですから」 とおりんさんがいつものようにいたずらっぽく話された。


 「なんだ? 3人揃って私の悪口を言っているのか?」 上様が少しムッとされた。


 「冗談でございますよ」 私が笑いながら上様に言ったので、3人さんも笑われた。上様はしばらくの間拗ねたお顔をされていた。


 「それでは、夕餉を済ませて上様は夜の総触れへ行って頂かねばなりませぬ。お里殿は、本日は出席されなくてもよいと先ほどお清殿から伝言を言付かっております」 菊之助様がおっしゃった。


 「承知しました」


 「本日は夜のお勤めがございませんので、こちらで上様はお休みになります。その間におぎん達と準備をしておいてください。おぎんとおりんも頼んだぞ」


 「はい」 私たちは3人揃って頭を下げた。


 「3人仲が良いのはかまわないが、おしゃべりもほどほどにな」 とまだ上様は先ほどのことを引きずっておられるようだった。

 食事が終わり、上様がお部屋を出て行かれるとお常さんが布団などを運んできてくださった。正式に上様がこちらでお休みになられるのならば、今までのような布団ではなく、もっと立派な布団を用意されるらしい。きっと重たいのに、それを軽々とお常さんは運んで来られた。


 「お常さん・・・」 さっき、泣いてお別れしたのにすぐに会えてうれしかった。お常さんは私と目が合うと笑顔で話し始められた。


 「お里、先ほどお清様から正式に話を聞いたよ。御膳所はまたあんたの噂で大騒ぎだよ」 と苦笑いをされた。


 「この部屋のことを知っておられるお常さんには今後も色々と動いて頂かねばなりませんからね。私たちが食事をお運びできない昼の時間は、お常さんにお願いすることになったのですよ」 とおぎんさんが教えてくれた。


 「そうなのでございますね。お常さん、お忙しいのにご迷惑をおかけしますがよろしくお願いいたします」 私はお常さんに頭を下げた。


 「私も、お里に会えるのだから嬉しいよ。何か困ったことや欲しいものがあれば言ってくれればいいからね」 と微笑んでくれた。お常さんはそれだけ言うと、またねと御膳所へ戻られた。

 運ばれてきたお布団を並べて、おぎんさんとおりんさんに敷き方を教わりながら、寝間の準備をした。


 「明日からは自分で出来そうです」 私は大体覚えたのでそう言った。


 「これもご自分でされるおつもりですか?」 おぎんさんが呆れられたように言われた。


 「もちろんでございます」 と私は当たり前のように言った。それから

 「上様のことは出来るだけ私がしたいと思っています」 と付け加えた。


 「なるほど・・・それでは頼みますね」 と納得したようにおぎんさんが言われた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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