お許し
御膳所を出る襖を開けたところで、おりんさんが待っていてくれた。
「おりんさん、お待たせいたしました」 私は、笑顔で言った。
「なんだかさっぱりしたお顔ですね」 おりんさんも笑顔だった。
お夕の方様の部屋に入ると、上様が待っておられた。私は急いでその場に座り、頭を下げた。
「上様、お越しでございましたか。お待たせしたのでは・・・申し訳ございません」
「いや、お常に挨拶に行っているとおりんに聞いていたよ。まあ、早く中へ入りなさい。私も、腹が減った。話は食事が済んでからだ」 と言ってくださった。
「はい」 私は昼食の用意がされている席へ着いた。おぎんさんとおりんさんが準備してくださっていたようだった。食事を始めると、上様が聞かれた。
「お常には、挨拶できたか?」
「はい。頑張りなさいと言ってくださいました」
「そうか・・・で? 何かあれば戻って来いと?」
「えっ?」
(お常さんにそう言われたけれど、このことは2人の秘密だし・・・そもそもお常さんも本気で言われたわけじゃ・・・)
私が一瞬で動揺した様子を上様はジッと見られていた。そして一言ため息混じりにおっしゃった。
「やっぱり・・・」
「やっぱり・・・とは?」
「おぎん達といい、お常といい、お里を欲しがって困る」 と拗ねられたような言い方をされた。
「お里様は、仕事もできてお優しくて上様が手放されれば皆さん狙っているのですよ」 珍しく、いたずらっぽくおぎんさんが言われた。
「何!? そもそも、私はお里を手放すつもりはないからそのような期待はせぬことだな」 と声を少し大きくしておっしゃった。私は、その様子が可笑しくてクスッと笑った。上様は私の方を見られ、珍しく恥ずかしくなられたのか一瞬下を向かれてから食事を進められた。久しぶりの和やかな楽しい食事をすることが出来て幸せだった。食事が終わると、上様がおっしゃった。
「お里、そこの襖を開けてごらん」
「こちらの襖ですか?」
(この襖はお隣のお部屋に繋がっているはずですよね)
そう思いながら、そっと襖を開けた。
「まあっ!!」 目に飛び込んできたのは、綺麗に装飾されたお部屋だった。お部屋の端には、お琴が飾ってあった。
「これからは、お里はここで1日を過ごすであろう? ゆっくり過ごせるようお里専用の部屋をと思って用意させたのだよ」
「上様、ありがとうございます。ですが・・・私はこのお部屋でも充分でございます」
「お里はそう言うと思ったから、勝手にしたんだよ」 とにこっと笑われた。
「ありがとうございます」 私はもう一度頭を下げた。
「おぎん、おりん」 と上様が言われると、お二人は一礼してからお部屋を出ていかれた。
「お里、こっちへ」 と上様は立ち上がって私の方へ来られた。
(これは膝枕をということですね)
「はい」 と言って、私も上様のお傍へ行き体勢を整えた。
「はああ」 と言いながら上様は、ゴロンと寝ころばれた。私も皆さんの支えがあったとはいえ、気が張っていたせいかこうやって上様と過ごせることが嬉しかったのですぐに上様の頬に手をあてていた。
「ん? お里にしては珍しいな」 上様が私の方を見上げておっしゃった。
「こうやって上様と一緒にいれることが嬉しいのです」 私は素直に今の気持ちを話した。
「そうか・・・お里は御台所に一度、私ともう会わないと言ったのだったな」 上様のお言葉に、私は動揺してしまった。上様のお顔を見ると、怒っておられる様子ではなく少し寂しそうなお顔をされていた。
「それは・・・」 私は何と言っていいか、すぐに出てこなかった。何を言っても言い訳のように聞こえるのではないかと思ったからだった。
「いや、お里がそのように話した理由も聞いているから気にすることはないよ」 そう優しく言ってくださった。
「上様・・・」
「ただ・・・私に迷惑をかけたくないために、私と離れると言ったことが少し寂しいのだ。お里の気持ちもわからなくはないのだが、お里が私の傍にいることは私にとって決して迷惑ではないともっと自信を持って欲しい」 上様は、私の手を取ってもう一度見上げられた。
「でも・・・今までも上様に沢山ご迷惑をおかけしてきました。私がお傍にいてもいいのかと感じてしまうことがあるのです」 私がそう言うと、上様は起きあがって向かい合うように座られた。
「だからお里? 私はお前に一度も迷惑をかけられたなんて思ったことがないのだよ。それよりも、お前に助けられてばかりなんだ」 上様は私の両肩をつかまれて、まっすぐに私を見ておっしゃった。そして続けられた。
「こんなに沢山の側室をかかえていては、私が心移りしないと言っても信じてもらえないかな?」 とまた寂しそうに俯かれた。
「上様? そんなことはありません。私は上様のことを信じています」 私は上様の手を取って、ギュッと握った。
「ありがとう、お里。ならば、何があっても私の傍にいると自信を持っていてくれ」 上様は私が握った手を握り返してくださった。
「自信を・・・持てるように頑張ります・・・」 私はやっぱりハッキリと返事出来なかった。すると、上様は声を出して笑われた。
「ははは、やっぱりお里だな。まあいい、お里が離れると言ったところで私が離れることに同意するわけがない。自信はこれから私が持たせていくとしよう」 そう言うと、もう一度私の膝の上へと頭を乗せられた。
「申し訳ございません」 私も少し笑いながら言った。
「いや、許さない・・・許して欲しければ、お里から口づけをしておくれ」
「えっ?」 私は驚いて上様を見返した。上様は、ニコニコしておられた。
「はやく、お里。許してほしくないのか?」 久しぶりに見るいたずらっぽいお顔をされた。
「お許しは頂きたいですが・・・」 私は話しながら顔が赤くなるのを感じていた。でも、思い切って屈んで上様の唇に私の唇をチュッと重ねた。そして、すぐに体を起こした。
「ん? それだけか? だけど、とても嬉しかったよ」 そう言ってもう一度起きあがられてから私を抱き寄せられた。それから、少し顔を離されると「まだまだ足りないから、今度は私からだな」と言って、激しく唇を重ねてこられた。
「んん・・・」 私は幸せを感じながら、上様に身をまかせた。
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