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御膳所

 おりんさんと部屋に戻ると、それぞれ部屋の掃除をした。私の着替えなどは既におりんさんがまとめておいてくれたので、後は運び出すだけだった。


 「お里様、御中臈になられるのですからお着物はこれからも着ることができますね」


 「はい、せっかく上様にご用意頂いたので大切に着させて頂きます」 


 「でも、上様は次々にお着物をご用意されそうな気がしますが・・・」 おりんさんがそう言って笑われた。


 「それは困りますね。私にはこれだけあれば充分ですから」 と言って私も笑った。荷物は後ほど、係りの方が運んでくださるということだった。


 「昼食は元のお部屋に用意してありますので、私たちはそろそろまいりましょうか」 おりんさんがそう言って立ち上がられた。


 「はい、あの・・・その前に、お常さんにご挨拶にお伺いしてもよろしいですか?」 私はこのままお常さんに何も報告せずにいることが心苦しかったので、挨拶に行きたかった。


 「それは大丈夫ですが・・・」 とおりんさんは何か考えておられるようだった。おりんさんの顔を見て私もハッと思い直した。


 「この格好で、御膳所へいくと都合が悪いですよね。皆さんの手前もありますし・・・」


 (そんなつもりはなくても、何だか自慢しにきたと思われそうだわ。それに私が御中臈になることは、さっき決まったはずだから皆さんもご存知ないはずよね)


 「はい・・・それでは、軽いお着物にお着替えされますか?」


 「本当ですか? ありがとうございます」 私がそう言うと、おりんさんは一度詰めた荷物の中から、着物を取り出して着替えさせてくれた。


 「本当は、お常さんにお部屋に来て頂いてもいいのですが・・・やはり上様のお許しがないと・・・」 と着替えを手伝いながら、おりんさんが言われた。


 「そうですね。でも、もう一度御膳所に行ってみたかったので着替えて行けると私も嬉しいです」 私は笑顔をおりんさんに向けた。


 「はい、できました。お部屋に戻ったらすぐに元のお着物に着替えて頂きますので、こちらは私がお持ちいたしますね」 そう言って、先ほど脱いだ着物を風呂敷にまとめてくださった。


 「ありがとうございます」


 私たちは、ほぼ2週間過ごした部屋を出て御膳所へ向かった。廊下の向こうから、煮炊きものやごはんが炊ける懐かしい匂いがしてきた。


 (ここで働いているときは何とも思わなかったけれど、とても落ち着く匂いだわ)


 御膳所に続く襖をおりんさんが開けてくださったので、私は少し緊張しながら足をすすめた。お昼のお膳も全て配られた後であろう、忙しさも少し落ち着いたかんじの雰囲気だった。


 「お里、おかえり」 私のことに気付かれた先輩がそう言ってくれた。


 「しばらくの間、勝手を致しました。ありがとうございました」 私は先輩に向かって頭を下げた。


 (私が御中臈になることは、やっぱりまだご存知ないのだわ)


 私と先輩が話をしているのに気付かれたのか、お常さんが少し小走りで寄ってきてくれた。


 「お里、2週間ご苦労だったね」 お常さんが笑いかけてくれた。後ろにいた、おりんさんにも笑顔で頷かれた。


 (お常さんは、おりんさんが上様の隠密であることは知っておられるものね)


 「お常さん、少しお話するお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


 「ああ、もちろんだよ」 お常さんは自分の部屋へとすすめてくれた。


 「お里様、私は一度荷物をお部屋においてまいります。部屋にも荷物が運び込まれるかもしれないので、その段取りも・・・また後ほどお迎えにまいります」 と後ろにおられたおりんさんが小声でおっしゃった。


 「わかりました。よろしくお願いいたします」 私は、前を向いたまま小声で言った。


 私はお常さんについて行き、部屋にはいると向き合って座った。お常さんはお茶を淹れようとしてくれたので、私が! と言ったけれど「いいから、いいから」と急須を持たれたので、私は甘えることにした。お茶を用意してもらうと、また向かい合った。


 「ずっと、心配していたけれど2週間なんとか無事に終わったんだね」 


 「はい、ケガをしたときにはご迷惑をおかけしました」 私は頭を下げた。


 「そんなことはいいんだよ。と言っても、ほとんど看病をされたのは上様だったからね」 と言って、ニヤリと笑われたので私は少し恥ずかしくなって下を向いた。


 「それで、今後のことは決まったのかい?」 少し真剣な顔になられた。


 「はい、詳しくは言えないのですが、今朝、御台所様とお話をする機会がありました」


 「御台所様と? 大丈夫だったのかい?」 


 「はい、御台所様は上様と私のことをご存知だったようで・・・その上で、今後も上様に尽くしなさいとおっしゃってくださいました」


 「そうなのかい・・・」 お常さんは少し不思議そうな顔をされた。


 (やはり、そういうかんじになりますよね)


 「それで、先ほどお清様から今後のことについて話がありまして・・・私は御中臈として今後もお夕様付きにということになりました」


 「・・・」 一瞬、お常さんの動きが止まった。


 「私もここでまだ働いていたかったのですが、このようなことになり・・・申し訳ございません」 私は頭を下げた。すると、ボーッとしていたお常さんがハッと気付かれたようだった。


 「いやいや、お里が謝ることじゃないんだよ。急なことで驚いただけで、これまで以上に上様のためだけに働けるんだろう? 私は、お里がここに居なくなるのは寂しいけれど、それ以上に嬉しいよ」 と、微笑んでくれた。


 「お常さん・・・」 私はそう言ってくれたことが嬉しかったけれど、こうやってお常さんと話す機会が減ることを改めて寂しく思った。


 「何、そんな永遠の別れみたいな顔をしているんだい? 何かあったときは、私だってあんたの助けになるよ。私にとっては、お里はお里のままなんだからね」 お常さんは、私に言い聞かせるように話された。


 「はい・・・」 私は、また嬉しさと寂しさがこみ上げてきてそれが涙となった。お常さんは「まあまあ、困ったもんだね」 と言いながら、手ぬぐいでそれを拭ってくれた。


 「お里が上様に愛想を尽かしたときには、ここへ戻っておいで。私はいつだって大歓迎だよ」 そう言ってヘヘッと笑われた。そして、その後に「上様には内緒だよ」と付け足された。


 「ありがとうございます。もちろんです」 と言って私も笑った。


 「さあ、そろそろ行きなさい」 お常さんが優しく言われた。私も「はい」と言ってお常さんをもう一度見た。


 「お里なら大丈夫! 私が認めた子だからね」 そう言って私の肩をポンッとたたかれた。私も「はい」と気合いが入ったように返事をした。

 お常さんの部屋から出ると、もう一度御膳所を見渡した。ここで、目覚めて必死に仕事を覚えたこと、お加代さんに会ったこと、お高さんと言い合いをしたこと、お糸さんに裏切られたこと、お清様が訪ねてこられたこと、そしていつもいつもお常さんが味方でいてくれたことが一瞬の間に思い出された。


 (もう、ここで仕事をすることはない・・・だけど、ここで過ごしたことが私にとっては原点になるんだわ。これからも、場所は違うけれど私らしく過ごしていければいいな)


 お常さんの方をもう一度振り返って、頭を下げてから清々しい気持ちで御膳所を出て行った。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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