寝間
部屋の前までいき、襖を開けた。
「失礼いたします」
!!!!
見るからに威厳のあるコワそうな女中さん?が、部屋の真ん中に座っていた。後ろに何人かの女中が控えている。
(久しぶりに見た! ボスママと一味の構図)
「お里にございます。よろしくお願いいたします」
「あなたかい? 上様もどうされたんだろうね! まあ、ただの気の迷いだから、期待しないように。決して、あなたが側室になるなんてことはないのですからね。」
(そんなことは言われなくてもわかっています)
「はい」
「じゃあ、さっさと着替えてもらいますよ」
そういうと、後ろにいた女中たちが着替えや髪をおろして整えてくれたりした。
全ての準備が終わり、落ちつくと
「今からついてきなさい」
「はい」
そこからは初めて通る廊下をしばらく歩いた。もう2度と戻れないんじゃないかと思うくらい長かった。
ある部屋の前まで来ると
「この部屋の中に褥の準備が出来ているから、あなたは上様が来られるまでそこで座って待ってなさい」
「はい。承知しました」
先ほどのこわい女中さんが去っていったので、私は大きく息をして襖を開けた。ドラマで見たことのある光景が広がっていた。私は、布団の横で正座をして待つことにした。
(もう何も考えられない…緊張しすぎて胃が痛くなってきた)
遠くから足音が聞こえてきた。私は頭を下げて待った。襖が開き、上様が入ってこられた気配を感じた。
「お里にございます」それを言うだけで精一杯だった。
「お、おう…お里であったな。くるしゅうない、おもてをあげよ」
私は顔はあげたが、目は畳を見たままだった。
「お里、一度お夕の部屋で会ったことがあったな」
「はい」
私は返事をすると同時に前を見た。
(やっぱりすごくイケメン様です)
「緊張することはない。こちらへ来い」
そう言われて、上様に近付いた。
(どうすればいいのかもわからないから、ただただ言われるままに動くしかないと覚悟を決めよう)
上様が私の頬に手を当てられ、目をジッと見られた。私は恥ずかしくなり、できる範囲で目をそらした。そのとき、
「おさと…」
と、小さく呟かれ、私の唇にやわらかい感触が伝わった。
(とても優しい…イヤじゃない…)
そんなことを考えていると
「やっぱりダメだ…このままでは…」
「???」
そう言って、上様は一歩下がられた。
「今日はもう下がってよい。私も自分の寝所で寝ることにする。何も気にすることはない」
早口でそれだけ言って、部屋を出て行かれた。
(えーーーーー!! このまま私はどうしたらいいの? やっぱりダメってどういうこと? 私じゃダメってことだよね。自信があった訳じゃないけど…何も気にすることはないって? 気にするに決まってるでしょう!!)
しばらくして、お迎えの女中がきて、来た道と同じ長い廊下を歩いて戻った。
(女中さん、明らかに笑いをこらえてますよね? 私だってこんなことになるなんて思ってもいなかったんですけど…ああ…これで明日も私は噂の的ですね)
寝たか寝てないかわからないかんじで朝を迎えた。案の定、御膳所は私への好奇の視線でいっぱいだった。
「やっぱりね」
「いくらお夕の方様のすすめでも、あれじゃあね」
恥ずかしさでいっぱいの私に、「放っておきなさい」とお常さんだけが本気で心配してくれた。
昨日は恥ずかしさとどうしていいかわからない動揺で考える余裕なんてなかったけれど、1日経つとお夕の方様への申し訳なさが増してきた。
(私のことを知って、信用してこのお役目をくださったのに…私はお役に立つことができなかった。お夕の方様にきっと愛想を尽かされただろうか…)
私の不安が的中したのか、その後、菊之助様からの御用の言いつけはなくなった。
(ああ、やっぱりお役に立てず怒っていらっしゃるんだわ)
お夕の方様と何気なく一緒に過ごしていた日々が思い出された。綺麗な花をみて笑ったり、掃除をしていて失敗した私を見て笑われたり…
(でも、クビになったわけではない。もともとここが私の場所だったんだから…またこの場で頑張ろう!)
無理矢理そう言い聞かせる日々が続いた。
私の噂はしばらく続いていた。
(もう気にもならない…好きに言ってください)
その噂も飽きられ、私も普段の生活に慣れはじめていたある日、お常さんが井戸の方から私に向かって手招きをした。私は、洗いかけの野菜をそのままにしてお常さんの方へ向かった。
「お里、さっきお菊がきてね…お夕の方様の部屋へ来て欲しいと言ってきたんだけど…」
「えっ?」
(何かあったのだろうか? それともクビ宣告かしら?)
「私はね、あんたにはもう傷ついてほしくないんだよ。行くのがイヤなら、私からちゃんと断ってあげるよ」
「いえ、お伺いします」
(お常さんが心配してくれるのは嬉しいけど…ここで逃げてはいけない気がする。お夕の方様には、期待に応えられなかったことを私の口から謝りたい。それまで、私には勿体ないくらい優しくしてくださったんだもの…もし、クビになったらその時はその時考えよう)
「本当に大丈夫かい? やっぱり辞めたかったらいつでも言うんだよ! 日が沈んでから来て欲しいとのことだったからね」
「はい。ありがとうございます」
お常さんが心配そうに肩を撫でてくれた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。