プロローグ
毎日忙しく子供の世話と家事に追われている私、靖子は、会社経営者の父と専業主婦の母との間に産まれた。
特に何の不自由もなく育ったのだが、全てが父の言いなりだった。幼稚園のころ、バイオリンを習いたいと思っていても、「ピアノを習いなさい」と父が言うと「はい」というように、自分の意見は一切通らなかった。
それでも、自分が我慢していれば周りがうまくいっていたので、いつの間にか言いたいことは飲み込み、周囲の意見に合わせて過ごすことが当たり前になっていた。
中学生のとき、世間ではお嬢様学校といわれる学校に通っていた私は、友達もそれなりに多かった。
(今から考えれば、特に自分の意見をいわず、話を合わせる私が便利だったのだろう…)
ある日、学校の帰りに何人かの女子がカバンをひっくり返し、キャアキャア言いながら中のものを取り出しているのを見かけた。その中の一人が私に気付き、「さようなら」と言ったので私も「あっ さようなら」と言い、その場を去った。
次の日、ある生徒のカバンが捨てられていたのだが誰か知らないか。とホームルームで先生から話があった。
(昨日の女子達…もしかして…)
と思ったが、そのときは声をあげることができなかった。
休憩時間になり、友達に相談しようかと迷っていたとき「靖子さーん。ちょっといい?」と、昨日、目が合った女子が呼んだ。なんで名前を知っていたのかはわからなかったが、「ええ」と言いながら後についていった。
非常階段のところまで行くと、4人くらい女子が増えた。
「あのね、昨日のことなんだけど…もし、誰かに話したら、あなたも一緒にやったって、私達全員が言うからね」
「あなたも一緒だったってことがバレたら、お父様にも迷惑がかかるだろうから…よく考えてね」
私は、何も言えずに俯いていた。
(ここで、私は昨日のことちゃんと先生に言うわ!って…言えるわけがない…言い方さえもわからない…お父様にバレたら…ここは黙っておくほうがいいのかな)
「わかりました」私はそう言うのが精一杯だった。
それから、数週間経っても自分の周りでは特に変わったこともなく、平常通り毎日を過ごしていた。放課後、帰る支度をしようと教室までの廊下を歩いているとき、ふと通りかかった教室に目がいった。担任の先生と、普段は学校に置いておくはずの荷物を袋に詰めている生徒がいたのだ。
「あっ あの子ね、学校を辞めるんだって。噂ではいじめられてたらしいよ」
(もしかして…)
「いつも、4、5人で非常階段に陣取ってるグループの標的になったみたいよ」
(やっぱり…)
私は心が痛んだ。でも、あの時私が声を上げたところで何も変わらなかったのではないか…罪悪感と仕方がなかったという諦めを感じながら、教室を通り過ぎた。
その後も私の性格はそのままで、父に言われるまま進学し、就職した。ずっと、女子校だった私もそろそろ恋愛をしてみたいなと考え始めた頃、父に呼び出された。
「今週の休みにお見合いがあるから準備しておきなさい」
「えっ? でも、まだ私には早いと…まだ就職したばかりですし…」
「就職といったって形だけだ。学校を出てすぐより、少し社会に出たという方が世間体もいいだろう。相手は、私の会社の有望な青年だ。彼に任せておけばよい」
「はい…」
お見合い当日、目の前に現れた男性は
(父の好きそうな男性だな…)という印象だった。ハキハキとしていて、身のこなしも爽やか、顔もそこそこのイケメンだった。私は、父に反対するほどイヤではなかった。
ある時彼が「靖子さんは、大人しく穏やかですね。人に合わせられる優しさももっておられる。そういう優しさをもった人と私は家庭を築いていきたいです」と言った。
それからは、あっという間に結婚が決まり、父も上機嫌だった。私もこれで良かったのだと思っていた。
子供も産まれ、毎日ママ友たちと習い事に行ったり、家を行き来して遊んだりして楽しく暮らしていた…それが、小学校に近付くと格差というものを感じ始めた。
(これがママカーストというもの? テレビや雑誌では知っていたけれど…)
そう、ボスママとその一味という構図である。もちろん私はその一味です。私は、父が会社経営者、主人が後継ぎということもあり一味の中でもボスママから好かれていた方だった。あの時までは…