あーちゃんはやっぱり、なまけもの
これで完結です。
まるでお祭りが終わったあとみたいに、朝起きると町はすっかり元通りになっていた。
あずは朝五時にドンキチが枕を爪でガリガリやって起こしてくれたのにもかかわらず寝過ごして、学校に遅刻していった。校門の横ではカッパゴリラが待ちかまえていて、こっぴどく怒られ、漢字と英単語の書き取りと、放課後のグラウンド十周を言いわたされた。
学校の中は昨日の落書きと、散らかしたゴミの山と、花火の跡と、他にもいろいろヤバイことをやっちゃったせいで、生徒全員でもう鬼のように掃除をしまくって、もとのきれいな校舎に戻した。校則がきびしくて、教師は怖くて、授業はつまらなくて、生徒はまじめで優等生で(ただしあずを除く)、そんな中学校に戻っていった。
それからしばらく経った日曜日、あずは骨董店を開けてレジの横にすわり店番をしながら宿題をしていた。教科書を広げ、すぐに退屈してコクヨのキャンパスノートにマンガを描き始めるのも、いつも通りだ。
店の中はパパが世界中を飛び回って集めたガラクタで埋まっている。
お客さんはぜんぜん来ない。これもすっかり元通りだ。
と思っていたら、店の前にけっこういい車が停まり、子供連れの女の人と四十歳くらいの男の人が降りてきた。お父さん、早く、と子供が言ったのでおそらく家族だろう。
「いらっしゃいませ」
店に入ってきた家族にあずはそう声をかけた。
「へえ、ユニークなものがいっぱいあるわね」
おしゃれなマキシスカートの母親はそう言って、子どもと一緒に店の商品を見てまわる。父親の方は中古のカメラに目を止めた。スーツをぱりっと着こなしていてお金を持ってそうだ。何か買ってくれるかもしれない、そしたら今夜はすき焼きだ、とあずは期待に胸をふくらませる。
「これ、もらってもいいですか」
父親がそう言って店の隅を指差した。そこには、あの帳場箪笥があった。
「あー、それはちょっと」
「だめなんですか? でも、0円って」
「そうなんですけど、そのタンスはちょっとわけありで」
「なに? わけありって」
母親も興味をそそられたのか、話に加わってきた。
「あの――、シロアリ、そう、シロアリが出るんですよ、だから、やめたほうがいいです」
「シロアリはまずいわねえ」
「はい」
「うちは新築したばかりだから」
「それはたいへん、シロアリに食われたら、もう床も壁もぼろぼろに」
「この店は大丈夫なんですか」
「え?」
「シロアリ」
「ええ、まあ、アリクイを飼ってますから」
ドンキチがテーブルの下からのっそり這い出してきた。
「猫に見えますけど」
「アリも食うんです」
「まさか……。ああ、冗談ですね、これは一本とられちゃった」
「でも、そのタンスはちょっと、おゆずりできない事情がありまして」
「残念だわ。なんだか雰囲気がすごくいいなって思ったの。古い家具って、こう、扉を開けたら何かモノノケでも住んでそうじゃない。そういうの私好きなの」
「えっと、でも他の商品は大丈夫ですから、はい」
子供が古いトランプに興味を示して、母親にねだる。
「あら、これ、いいわね、もらおうかしら」
「はい、ありがとうございます」
父親のほうは、最初に目を止めた中古カメラをレジに持ってきた。母親も続いてアンティークのランプを買ってくれた。やった、これですき焼きが食べれるぞ。
「ありがとうございます、遠くからお越しなんですか」
あずは商品を包装しながら、そうたずねた。
「ええ、じつはね、旅行先で知り合った人から、教えてもらったの。アンティークが好きだって話をしたらとてもいい店があるから、ぜひ訪ねてくださいって」
「そうなんですか、ありがとうございます」
へえ、うちの店をそんなふうに宣伝してくれている人がいるんだ。
「一人旅のおじいさんでした」
「え?」
「この店を教えてくださった方ね。沖縄へ向うフェリーで一緒だったの。古い手回しオルガンを大事そうに抱えていらしてね、それで興味を持って話しかけたの」
「そのおじいさんも沖縄へ?」
「ええ、私たちは沖縄のホテルを取っていたから、港で別れたの。でもおじいさんはそこからさらに、船でべつの島に渡るようだったわね。なにか、人のいない、そういう島を探してらした」
「もうお歳だし、僕たちも心配して引き止めたんですけど、無人島を探索するのが趣味なんです、体が元気なうちに行っておきたい、なんて笑っていらした。無事に帰ってこられたのならいいのですけど」
「そうね、連絡先を聞いたのだけど、電話はなぜか通じなくて」
「住所も、さっき見てきたけど、誰も住んでない様子だった。ちょっと心配だな」
父親は顔を曇らせる。
「でも、このお店は素敵だわ。また来ますね」
「ありがとうございます」
あずは深く頭を下げて、その家族を見送った。
「ずいぶんと接客がうまくなったな」
あずが丸メガネを取り出してかけると、それを待っていたように帳場箪笥の扉が開いて、貧乏神のムギじいが顔を出した。
「この調子だと看板娘になれるぞよ」
「そんなの、べつになりたくないわよ。お店が暇なほうがあたしはうれしいの」
「それじゃ、貧乏になってしまうぞ」
「生活に困ったらママに助けてもらうわ。ママは前のようにバリバリ働いてくれるようになったし」
「あーちゃんも、ぐうたらに戻ってしまったし」
「大きなお世話」
あずは唇をとがらせて、そっぽを向いた。
「あの奥さんが話していたおじいさんって、あのオルガンを買っていったおじいさんだろ」
「そうね」
「オルガンを抱えて、どこに行ったんじゃ?」
「たぶん、誰もいない遠くの島」
「そんなところで一人で暮らすつもりなのか? どうして?」
「その島で、あのオルガンをまた鳴らそうとするのかもしれない。さかしまのオルガン、世界がさかしまになる、死んだ人がいつか生き返る、そんな夢を見て……」
「なんだか、あわれじゃのう」
「貧乏神にそんなこと言われたくないわ」
あずは店の戸を閉めて、鍵をかける。
「おや、もう店じまいか」
「うん。今日はいいお客さんが来たし、いっぱい買ってもらったし」
「あーちゃんは、欲がないのう」
「ほどほどでいいのよ、なにごとも、ほどほどで」
「だけど、なんでこのタンスを売らなかったのじゃ? あの客は欲しがってたぞ」
「そうね、このタンスに目をつけるなんて、けっこういいセンスしてるわね」
「それなのに、なぜ売らなかった?」
「売れないよ」
「どうして? あ――、わかった、そういうことか」
ムギじいは頬をパッと赤くほてらせた。
「なによ、どういうこと?」
「このタンスを売ったら、わしと別れることになる。わしと別れたくないから、売らなかったのじゃ。あーちゃんは、そんなにわしのことが好きじゃったのか。うれしいのう」
「ちがうわよ。あの家族のおうちにムギじいが住み着いたら、あの人たちが貧乏になっちゃうでしょ。そんなのかわいそう。そう思ったの。それが理由。
誰かが貧乏になるなら、あたしがなるわ。今のところはね。だけど、ものすっごくいやな金持ちとか、いるでしょ。従業員を安い給料でこき使ったり、犯罪みたいなことして稼いだり、もしそういうのがこの店に来たら、こっちから押し売りしてでも引取らせてやるわ。まあ、ムギじいとは、それまでのつきあいね」
「がーん、ショックじゃ、わし、もう寝る」
ムギじいはそう言って、タンスの中に引きこもって扉を閉めた。
あずは店の戸締りを終え、ドンキチを抱っこして電気を消し、部屋の奥へと引き下がった。あー、おなか減った。すき焼きが食べたいけど、めんどくさいから今日もピザの出前でいいや。アンチョビとイカ、エビ、ベーコンをトッピングした、とびっきりデラックスなやつ。
<おしまい>
お読みいただき、ありがとうございました。




