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あーちゃんのアンティーク  作者: つばさねずみ
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カッパゴリラとみょうちくりんな髪形

 朝の通学路を自転車を立ち漕ぎしながらすっ飛ばしていく。

「ひいー、ちこく、ちこく」なんて少女マンガのヒロインのようなセリフを口にしながら。

 八百屋の前ではおばさんが通りに打ち水をして開店の準備をしている。青年が機械油の染みのついた灰色の作業着のまま自転車をこいでいる。おじいさんが畑で草むしりをしている。この町の人たちはみんなまじめでよく働く。

 正直町。それがこの町の名前なのだが、名は体をあらわすというかいかにもまじめで働き者たちが集う町といった感じである。ネジとかモーターとか歯車とかそういうものを作る大きな工場が町の中心に、でんっ、と存在していてそれが町の経済を支えている。工場で作られた製品は別の町に運ばれて、それが別の製品と組み合わされて最終的には自動車やテレビや飛行機になる。ようするにいろんな機械の部品をその工場では作っているわけだけど、あずにはそこで働く人たちもなにかの部品のように見える。町全体がひとつの大きな機械で、人間はそれを動かす部品だ。

 工場で働く人がいて、そうするとその人のためにパンを売る店がいるし、お魚屋さんも八百屋さんも、理容店も本屋さんもいるし、そこに並べる商品を作る人や運んでくる人が必要だし、その店で働く人も必要だし、おのずと人が集まってきて、人が集まれば結婚して子供が生まれて、子供のためには公園や学校が必要で、大人になれば働かなくちゃならないから工場が必要だ、そんなこんなでみんながどこかでつながり合って町ができている。

 あずの同級生のお父さんはたいてい工場の従業員だった。毎日きちんとした時間に出かけていって、たまには残業もあるけれど、たいていいつもどおりの時間に帰ってくる。サラリーマンっていうのはそういうものだとあずは思っていて、みんなえらいなあと感心する。

 毎日同じことを繰り返していて、よく飽きないものだ。あずは毎日学校へ行くだけでつらいのに。働くってことも苦手だ。小学生のときに工場見学っていうので工場の中を見せてもらったことがあるけれど、その工場では従業員がベルトコンベアーに並んで、白い手袋で小さな部品を組み立てていた。その光景を見ただけで、あずはげんなりとなってしまった。

 大人になったらあたしも一日中ああいうことをやらなくちゃならないのかなあ。みんなよくあんな退屈そうな作業ができるなあ。

 働くってことに、興味がもてなかった。将来何になりたい? なんて訊かれることがあるけど、ずっと日曜日みたいだったらいいなあと思う。好きな時間に起きて、好きなテレビを見て、一日中ごろごろしていて、おなかがすいたらなにか食べて、あ、これだとドンキチと同じだ。あー、猫っていいな、猫になりたい。

 でもなにかしなくちゃいけないんだよね、それならお嫁さんがいいな。お金持ちの男の人と結婚して、あたしは一日中ごろごろしているの。

 ママと一度そんな話をしたら、ものすごくおこられて、あきれられた。だけど、どうしてそれが悪いのだろう。ママだって、パパがちゃんと働いてくれていれば専業主婦でいられたのに。

 ようやく中学校についたと思ったら校門の前で、鬼瓦みたいな顔のいかつい先生が待ちかまえていた。生徒指導のカッパゴリラだ。

「こらあ、あーちゃん、おまえまた遅刻したなあ」

 カッパゴリラが吠えた。

「ごめんなさい、めざまし時計が鳴らなくて」

「もうそんな言い訳は聞き飽きたぞ。自転車通学ならちゃんとヘルメットかぶれ」

「あ、はい」

「カバン見せろ」

「えー、どうしてですか」

「持ち物チェック」

 と言ってカッパゴリラは自転車のかごに入れてあるあずのカバンに手をかける。

「あー、やめてください、プライバシーの侵害です」

「生意気なこと言うな、どうせ、おまえまたお菓子とか持ってきてんだろ」

「持ってきてません」

「また嘘ついた。おまえは嘘つくと頭の毛がぴょんと跳ね上がるからすぐわかるんだよ」

 えーっ、とあずはまんまとつられて髪の毛を手で押さえる。その間にカッパゴリラは勝手にカバンを開けて、中からポッキーとベビースターラーメンを取り出した。

「こんなもの持って来ちゃいかんと、何度言えばわかるんだ」

「それはその、授業中に眠くなったら食べようと思って」

「よけいに悪い」

 カッパゴリラはさらにカバンの中身をかき回して、少女マンガの単行本を見つけ出す。

「なんだこれ、『今日、恋をはじめます』だと? おまえこんなエッチなマンガ読んでんのか。色気づきやがって、まったくもう」

「エッチじゃないです」

「うそつけ」と言いながらカッパゴリラは単行本をパラパラめくる。

「はい、これも没収」

「えー」

「こんなもんは勉強の邪魔。それからカバンに何をつけているんだ? みのむし?」

「チューバッカのキーホルダーです」

「チューだと、やっぱりエッチなこと考えてんだろ、ますますけしからん」

「いえ誤解です、それは――」

「言い訳するな、校則違反だ、はい没収」

 カッパゴリラはあずの髪の毛をチェックする。

「なんだおまえ、パーマかけてるな」

「かけてないですよお」

「ねじれてるじゃないか」

「これは寝ぐせです」

「寝ぐせでそんなふうになるか? おまえ、頭、爆発してるぞ」

「なりますって。あたしよく寝るから。それに天パーだし」

「たしかにパーだ」

「ちがいますって、頭がパーじゃなくって、天然パーマ」

「証明書は出してるのか?」

「なんですか、それ」

「天然パーマなら証明書を提出しないといけないんだぞ。親の署名と、子供の頃の写真を添付して持ってくるんだ」

「ええっ、めんどくさ……」

「髪もだいぶ伸びてるなあ、肩にかかってるから切りなさい。なんかこう、おまえは全体的にだらしないよなあ。制服の着方も変だし、ほら、ブラウスのボタンを掛けちがってるぞ」

「すいません……」

 カッパゴリラは一歩後退してあずの全身をながめる。

「それから靴下は白と決まっているのに、なんで青いのをはいてくるんだ」

「あー、ちょっとうっかりして」

 あずは自分の足元を見てそう答える。

「もっと早起きして、余裕を持って通学するように」

「はい……」

 わかっちゃいるけど、なんだよなあ、とあずは頭を下げる。

「それじゃ、罰として漢字と英単語の書き取り、100個ずつ。放課後にグランド10周」

「えー」

「早く行け。授業始まってるぞ」

 カッパゴリラはバインダーに挟んだ書類になにやら書き付けながら、冷たくそう言った。あずはやるせなく、ぐったりして、はあはあ息を切らせながら自転車置き場までチャリンコを押していく。

 校舎の中はがらーんとしていて長い廊下がずーっと向こうまで続いている感じ。教室から授業をする先生の声が漏れ聞こえてくる。

 あー、気まずいなあ。みんながまじめに授業を受けている最中に、がらっと戸をあけて教室に入っていかなくちゃならない。これって度胸がいるんだよねえ。それでまた、うちのクラスの生徒ってみんなどういうわけかクソまじめ。校内暴力とかいじめとかニュースでよく聞くけど、うちの中学は奇跡的なことにそういうのがない。ヤンキーもチャラ男もいなくて、ガリ勉君ばっか。

 制服だって昔ながらの詰襟とセーラー服だよ。どうも先生たちの頭が昭和で時間が止まっているみたい。その中でもまじめな生徒だけを選りすぐったようなクラスがうちのニ年二組なのだ。

 そんなまじめ集団の中に、なぜかあずがいる。これはもう浮きまくっているなんてものじゃなくて、レンガの中に糸こんにゃくが混ざっているようなものだ。

 あずは教室の後ろの戸に指をかけて、ゆっくりゆっくり開けていく。まるでコソ泥みたいに。ようやく体が入るほど開けた隙間に、頭を入れる。

「また遅刻か。あーちゃん」

 教壇から冷たい声が聞こえた。一時間目は大っきらいな数学。先生のあだ名はルートマン。髪型が正面から見るとこんな√{ルート記号}だから、ルートマン。ガチガチに固めた鉄壁の七三分けだ。

 ルートマンの一声で、教室にいるみんなの視線がいっせいにあずに集まる。もう、ほっといてほしいのに。

「多角形の外角の和は何度かね、あーちゃん」

 自分の席につこうとしたあずにルートマンはそう質問した。

「えーと、えーと」

 隣の席の雪乃ちゃんが小声で「360度」と教えてくれた。しかしルートマンはそれに気づいて、「はいそこ、教えない」と静かに怒った。

「では、三角形の内角の和は何度ですか?」

 ルートマンは右手に持ったチョークの先であずを指した。

 あずはポカーンとした顔で突っ立っている。

「習ったはずですよ、では罰として、これを宿題とします」

 ルートマンはねちっこい声でそう言って、計算問題がびっしり書かれたプリントをあずの机の上に置いた。数字を見るだけで頭がくらくらした。

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