ママはママのままでいて!
あずは自転車で、家に戻った。すると骨董店の前に大きなトラックが横付けされていて、荷物がどんどん店の中に運び込まれている。
あずは店の中をのぞき込んだ。それまで空っぽだった店の中は、またわけのわからないガラクタで埋もれつつあった。
「ママ、なにこれ」
店の隅に立ち、運び込まれる荷物をながめていたママにあずはそう声をかけた。
「あーちゃん、おかえりなさい」
「これってどういうこと? もしかして売れたやつが全部返品されてきたとか……」
あずが心配顔でそう尋ねると、ママは落ち着いた態度のまま首を横に振った。
「ちがうわよ。パパから電話があったの」
「パパから?」
「うん、それでお店の品物が全部売れちゃったって話したの。そしたらすごい喜んで、じつはね、まだまだ在庫があるから、それも売ってくれていいって話になったの」
つなぎの制服を着た若い配送員が、ほこりまみれの古い椅子を抱えて店の中に運び込んでいる。
「こんなにたくさんの在庫、どこにあったの」
「倉庫を借りてたんだって。もうパパったら気に入ったものがあると後先考えずにパッと買っちゃうでしょ、昔からそうなのよ。そんなだから部屋もすぐに満杯になって、足の踏み場も寝る場所もなくなって、ふふふ、まるでゴミ屋敷みたいって何度言ったことか。それでパパは、倉庫を借りてそこに保管するようになったんだって。最近はレンタル倉庫って便利なものがあるのね、そんなこと何も知らなかったわ。
それでパパからその場所を聞いて、運送屋さんにお願いしてここに運び込んでもらってるの」
最後の荷物を運び終えた配送員は、ではサインをお願いします、と伝票を持ってきた。ママはそれにさらさらとサインをして、ごくろうさま、とねぎらう。配送員は一礼してトラックに戻っていった。店の中はまたほこりまみれの骨董品とまだ開封されていない段ボール箱でいっぱいになった。あずは深いため息をついた。
「どうするのよ、これ……」
「がんばって売らなくちゃね」
「売れないよ、こんなの」
「そんなことないわよ、あーちゃん、すごいがんばってくれてるもの。またお客さんがいっぱいきて、すぐに売り切れちゃうわ」
ママはそんなことを言いながら、ぶきみな木馬の頭をいとおしそうに手のひらでなでた。
「売れないよ、ぜったい」
「どうしてそんなこと言うの?」
「パパの様子どうだった?」
「それがね、お店が繁盛しているって話したら、すごいテンションあがっちゃって、よーし、これからもどんどん仕入れるぞって。保管場所も必要になるから、もうひとつ倉庫を借りてくれって言われたわ」
「さいあく。倉庫なんか借りることないわ」
「そうはいかないわよ、パパ、すごいやる気になってんだから。それでさっそく契約に行ったら、パパったら倉庫のレンタル料、ずっと滞納してたの。その代金も払わされちゃった。パパったらあいかわらず、お金にだらしないわよね」
「ちょっと、ママ、どうしちゃったの?」
「なにが?」
「パパのそんなルーズなところ、大きらいだったはずでしょ。どうして怒らないの? 昔ならもっとヒステリックになってたでしょ、パパの借金なんて払ってやることないのに。ママがそんなにパパを甘やかしたら、パパ、どんどんダメになっちゃうよ」
「あーちゃんこそ、どうしちゃったの。変よ、一生懸命がんばっているパパを、どうして応援してあげないの。パパがやる気になってくれて、お店も繁盛してくれて、そしたらママ、この家に戻ってきて専業主婦でのんびりできるわね。お料理やお洗濯、がんばるわ」
「ダメ! ぜったいダメ! ママ、今すぐここから出て行って!」
あずの大声に、ママは肩をびくっとさせた。
「なに言い出すの」
「説明はあとでするから、とにかく何も言わずに、この家から出て行って」
「ママのこと、そんなにきらい?」
「ちがう、好きだから言ってるの。あたしは外でバリバリ働いているママが好きなの。モーレツなキャリアウーマンで、男を蹴落としてどんどん出世していくママが好きなの。
パパみたいなだらしない男にすがって生きていくようなママは見たくないわ。この家にいたらママはどんどんダメになっちゃう、専業主婦って言うけど、どうせすぐに家事なんかやらなくなるわ、昼間からごろんと寝転んでポテトチップスつまみながらテレビのワイドショーをだらだら見るのよ。読むのは女性週刊誌ばっかり、それで同じようなおばさん仲間と芸能人のゴシップで何時間も長電話するの。ああいやだ、そんなママなんか見たくない」
「でもねえ、もうママ、働くの疲れちゃったのよ、仕事にも興味がなくなってきたし」
「それはママのせいじゃない、この町のせいなの。ここにいるからそんな気分になるの、だからこの町を出て行って、早く、今すぐ。ここから出れば、すぐに元に戻るから」
「ちょっと、あーちゃんが何を言ってるのか、よくわからないんだけど」
「いいから、説明したって今はわかってもらえないと思う、とにかくここにいてはダメ」
あずはママの背中を押して、店から出て行かせる。乗ってきた車の運転席に押し込んで、じゃあね、と手を振る。ママはぼんやりと首をかしげながら、それでもあずの勢いに押されて車のエンジンをかけた。




