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あーちゃんのアンティーク  作者: つばさねずみ
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ママからパパとのなれそめを聞く


 困った時はママを頼るのだ。あずはママに電話をかける。いつものように留守電になっていたので、メッセージを吹き込んで返事を待った。しかしママからの電話はなかなか来なかった。

 おなかが減ったのであずは、レトルトのカレーライスを作って食べた。レトルトを温めただけとはいえ、自分で料理をするのは久しぶりだった。けっこう楽しかった。食べ終えたお皿もちゃんと自分で洗った。そういうことが苦もなくできている自分に、少しおどろいた。あたしだってやればできるってことか。いつもならめんどくさいと思ってしまうことも、いつしか平気になっている。

 ムギじいの言うとおり、あたしにも変化が生まれてる?

 お風呂に入って、もう寝ようかと思ったころ、表に車が停まる音が聞こえた。それですぐに玄関の呼び鈴が、ピンポーンと鳴った。こんな遅くに誰だろうと思って出ると、ママだった。

「ママ、わざわざ来てくれたの?」

「だって、あーちゃんの留守電聞いたら、心配になったんだもの」

 ママは車を飛ばしてきたらしく、玄関の上がりがまちに腰をおろして息をつき、靴を脱いだ。疲れた顔だったけど電話一本で駆けつけてくるこの行動力は、さすがママだった。

「それで、どうしたの?」

「あのね、あたし校長先生になった」

「なにそれ。転んで頭ぶつけた?」

「ほんとうなのよ」

「あー、ちょっと、お水ちょうだい」

 ママはそう言って部屋に上がり込み、キッチンに向う。流し台やコンロをぐるりと見回して、意外ときれいに使ってるわね、と感心した顔で言った。昨日までは生ゴミや汚れた食器で見るも無残な状態だったのだけど、さっき夕食の後に気になって掃除したばかりだった。だらしないところをママに見られなくてよかった、とあずは胸をなで下ろした。

 ママはコップで水を飲んだあと冷蔵庫を開けて、なにもないわねえ、と溜め息をついた。

「ごはん、ちゃんと食べてる?」

「うん」

「今晩はなに食べた?」

「カレー」

「もっと栄養のあるものを食べなくちゃダメよ、成長期なんだから」

 ママは財布から一万円札を何枚か抜いて、テーブルの上に置いた。

「お金置いておくから、ちゃんと食べなさい」

「お金はいい」

「どうして」

「それがね、お店がすごい繁盛してて、全部売り切れちゃったの」

「電話でもそんなこと言ってたわね、どうしてそんな嘘つくの? 何かあったの?」

「嘘じゃないって」

 あずはママを連れて、店舗のほうに案内する。蛍光灯のスイッチを押して、店内を明るく照らした。商品がなくなってガラーンとした店内。

「どうしたのこれ」

 ママは、唖然としている。

「だから、売れちゃったのよ」

 あずはレジから取り出した売り上げを見せる。一万円が束になっている。ママはなんだか狐につままれたような顔でその場に座り込んだ。

「こんなことって、あるんだ……」

「あたしもよくわかんないんだよねえ。でも、この店にはいいものがあるねって、喜んで買っていった人もいるよ、パパのことを目利きだってほめた人も」

「あの人が、目利きねえ」

 ママはまだ信用してない顔だった。

「ねえ、明日からどうしよう、もう売るものがなくなっちゃった」

「パパに連絡すれば、すぐに山ほど仕入れてくれるわよ」

「でも、連絡つかないし」

「あの人、今どこにいるの?」

「さあ。この前、ピラミッドの絵ハガキが来た」

「まったく、娘を放ったらかして、いい気なものね」

 ママとパパはよくケンカをしていた。ママは性格も男勝りで気が強い。どなったり手を上げたりというのは、いつもママの方だった。

 ママは外資系の証券会社で働いている。結婚前からバリバリ働いていて、今は何人も部下がいるそうだ。それに比べてパパときたら、一度も就職したことがないという人だった。それでどうやって生活していたのかというと、親からの仕送り。

 そんな正反対の二人が結婚したのだから、もともとうまくいくはずなかったのだ。ママが離婚を決意してこの家を去るときに言った言葉を、あずは今も覚えている。

「男なんてぐうたらで、この世で一番だらしのない生き物なのよ。あーちゃんはぜったいそんな男に引っかかっちゃダメよ。男に頼らないでちゃんと一人で生きていけるように今からしっかり勉強しなさい」

 そんなシビアなこと、夢多き中学生の乙女に言わないでよ、と思った。

 だけどママは強い。男に頼らず一人で生きていけるママは強い。あずはママにあこがれている。自分もああなりたいと思っている。でもきっとダメだろうな、ぐうたらで、だらしないところはパパにそっくりだ。

 ママは座り込んだまま物思いにふけっているふうで、それから腰を上げた。そのまますたすたと部屋をぬけて表に出ていこうとする。

「もう帰るの?」

「ううん、ちょっと、おなかすいたから、何か買ってくるわ」

 ママは靴を履いてそのまま出て行った。

 ママも骨董品が好きだったようだ。だけどママはおしゃれだから、ほんとうはこの店も女性向けのおしゃれなアンティーク・ショップにしたかったようだ。西洋のガラス細工やアクセサリー、オブジェやビスクドール、ママが集めていた骨董品はあずが見ても美しかったし欲しいと思わせるものだった。それに比べてパパときたら、使えないミシンとか何が書いてあるかわからない掛け軸とか、首の取れた日本人形とか、そういうものばかりをガラクタ市で買ってくるのだった。粗大ゴミとして捨てられていたものを拾ってきたことさえあった。

 その結果が今のお店だ。若い女性なんてめったに立ち寄らない。

 戻ってきたママは、大きくふくらんだスーパーの袋を両手に提げていた。

「おかしいわねえ、近くの店は全部閉まってたの、だから車で隣町まで行かなくちゃならなかったわ。遅くまでやってるスーパーをやっと見つけて、いろいろ買い込んできたわよ」

「うわあ、ありがとう」

 あずはママを手伝って、食料品を冷蔵庫の中に入れていく。袋の中に缶ビールがあった。

「これは?」

「ママが飲もうと思って」

「でも、車でしょ」

「今晩、泊まっていくわ」

 ママはそう言って、袋の中からキュウリを三本取り出した。

「おつまみ、モロキュウ。あーちゃんも好きでしょ」

「うん」

「冷蔵庫にお味噌があったわね」

 ママはそう言って冷蔵庫から味噌を取り出した。あずはいやな予感がした。引き出しから丸メガネを取り出してかける。ママはまな板と包丁を出して、慣れた手つきでキュウリを切る。それをお皿に盛ってテーブルに置いた。

「あら、どうしたのメガネなんかかけて。目が悪くなったの?」

「ううん、伊達メガネ」

「まあ、おしゃれになっちゃって。鼈甲メガネか、なかなか渋い趣味ね。似合ってるわよ」

「ありがと」

「さあ、食べましょう」

 ママはテーブルについて、ビールを開ける。

「あーちゃんも、どうぞ」

 あずはうながされてイスに座った。すると味噌のにおいに誘われて、貧乏神のムギじいがひょこひょこと部屋に入ってきた。やっぱりくると思った。

「ちょっと、出てこないでよ」

 あずは小声でそう言って、ママの様子をうかがう。ママは缶ビールをぐいっと飲んで、ぷはーと息を吐いていた。

「ん? 何か言った?」

「べつに」

 あずはキュウリに味噌をつけ、それを食べる。ムギじいは横から手をくいっと伸ばして、味噌をすくってなめる。ママにはムギじいの姿は見えていないようだ。しかしムギじいの指先についた味噌は見えるので、ということは味噌がひとりでに宙に浮かんでいるように見えるのではあるまいか、そう気づいたあずはムギじいを軽く蹴っ飛ばして、テーブルの下に隠れるようにと目線で合図を送った。

「あーちゃんは、乱暴だなあ」

「いいから、隠れてよ」

「ママには、わしの姿は見えないじゃろ」

「でも念のためよ」

 あずはもう一度足の先で蹴っ飛ばす。

「わかったから、もう、味噌は残しておいてくれよ」

 ムギじいは不満をたらたら述べながら、テーブルの下にもぐりこむ。

「なに、ひとりごとを言ってるの?」

 ママはビールをぐいぐいやりつつ、唇に白い泡をつけたままそう言った。

「ううん、べつに。こうやってママと、ここでなんか食べるの、ひさしぶりだね」

「そうねえ、なんだかんだ言っても、やっぱりこの家、落ち着くんだよねえ」

 ママはイスの背もたれにもたれて、手足をだらーんとリラックスさせた。

「ねえ、パパとママってどこで知り合ったの?」

「話してなかったっけ」

「うん」

「アンティーク・ショップでお買い物していたの。すっごく素敵なカメオがあったから買おうと思ったのね。そしたら同じようにお客さんで来ていた男の人が、それ偽物ですよって声をかけてきたの」

「いきなり?」

「そう。何の面識もない人なのに」

「お店の人、怒ったんじゃない?」

「そりゃ怒るわよ。お店の人はかんかんになって、営業妨害だ、訴える、なんて騒ぎになって。でもその男の人は平気な顔で、訴えるならどうぞ、偽物を売ったってことで問題になるのはこちらの店のほうですから、なんて言っちゃってるの」

「で、ママは?」

「もう、買う気をなくしちゃったわよ。だけどさ、気になるじゃない。その男の人の言い分が正しいのか、お店が正しいのか」

「うん」

「それで買ってみるのもおもしろいかなと思って、お店側と交渉したのね。買って鑑定に出して、本物だったらそれでいいけど、もし偽物だったらどうしてくれます? 返品してもいいですかって訊いたの。そしたらお店の人、黙っちゃって。やっぱりねえ、これはあやしいわよ、それで買わずに出てきたの」

「へえ」

「それでその男の人、お礼の意味もあってお茶に誘ったのね。話してみると、すごくアンティークにくわしかった。それでお付き合いすることになった」

「へえ」

「それが、パパよ」

 まるで推理小説のラストで真犯人を名指しする探偵みたいにママは言った。あずはちょっと感動した。

「なんかそのときのパパ、かっこいい」

「でしょ、風のように現れて、悪漢をやっつける白馬に乗った騎士みたい」

「それは、言いすぎだけど」

「そんなことないわよ、お姫様のピンチを救ってくれたんだから」

 ママの頬がピンク色に染まっている。ビールが回ってきたのだろう。

「でも、かっこいいのはそのときだけだったね」とあずは言った。

「どうして?」

「だってママ、よく言ってたじゃない、恋愛中は相手のいいところしか見えないの。だから一緒に暮らしてみて、やっと自分の誤解に気づく」

「そんなこと言ってた? 私」

「言ってたよ、だって正解でしょ。パパは白馬に乗った騎士でも王子様でもなかった。たんなる骨董好きの変人、生活能力のないぐうたらな男」

「ひどいこというのね、あーちゃん」

「あれえ、ママがいつも言ってたことだよ」

「そんなこと、言ってないよ」

 ママは口をとんがらせる。

「ママ、もう酔ったの?」

「ビール一本くらいで酔うはずないじゃない」

 やっぱり酔っ払ってるんだ。あずは小さく笑った。ママにしては珍しい。でも困るなあ、頼りになるのはママしかいないのに。

「だけどいいよね、こういうの」

 ママは頬杖をついて、そう言った。

「なにが?」

「母娘ってかんじじゃん」

「だって母娘だもん」

「私も、専業主婦になればよかったなあ」

 ママはおっとりした声でそう言った。なんだか表情もやさしくなって、これまでのママとは別人みたいだ。

「じゃ、やっぱりパパと結婚したのは失敗だったね」

「どうして?」

「だって、専業主婦になるなら、ご主人はもっとしっかりしてて、きちんと会社勤めしてて、お給料も高い人じゃないと」

「パパだってがんばってるじゃない、お店、繁盛してるんでしょ」

「これは特別よ、なんだか最近、おかしいの」

「そんなことないわよ、やっぱりパパってすごい人だったのよ。私の見る目は正しかったんだわ」

 えーっ。ママってそれ酔っ払っての言葉だよね。ママの顔にはいつもの、きりりとしたところがなくなって、どんどんだらしなくなっていってる。ママってこんな、おのろけを言う人じゃなかったのに。

「やっぱり女の幸せは、結婚なのよ。家事と子育てよ。女がいくら仕事でがんばったところで、しょせん男にはかなわないの。だってこの世は、男社会だもの。戦場に女はいらないわ。女は愛する男のために家庭を守るのが仕事なのよ」

「ママ……」

「もう仕事辞めちゃって、パパと寄りを戻そうかなあ」

 ちょっと、それはないわ。あずは腹が立った。ママから将来の夢を聞かれて、お金持ちの男性と結婚して、あたしは一日中ごろごろしているのがいいって話したら、すごいおこられたことがあった。そのママがなんでそんなことを言うの?

「それはぜったいダメ、そんなことをしたらこの家は本当に崩壊だよ」

「どうして? お店もうまくいってるし」

「それは今だけ。すぐにダメになって、貧乏することになるんだから」

「貧乏もけっこう楽しいかもよ」

 あずは、あきれ顔になる。

「ママったら、どうしちゃったの? ずっと仕事が生きがいだって話してたでしょ、男になんかぜったい負けないんだって、がんばってたのに」

「そんなの、無理してたに決まってるじゃない。女の幸せは結婚よ」

 ママは両手を上げて大きく伸びをした。「なんだか眠たくなっちゃった。あーちゃん、布団敷いてよ、明日も学校でしょ、もう寝ましょう」

 ママは、あくびをしながら腰を上げた。

「ママ、泊まってくの?」

「うん」

「明日、会社は?」

「休むわ」

「どうして? お仕事あるんでしょ」

「やらなくちゃならないことは、山ほどあるんだけど、もういいわ。なんだか、どうでもよくなっちゃった」

「よくないよ、ママ、しっかりしてよ」

 それでもママはキッチンを出て、畳の部屋に入ると、ごろんと横になった。

「ねえ、ママ、どうしちゃたったの?」

 あずはテーブルの下にいるムギじいにそう尋ねた。

「さあ、わしに訊かれてもなあ」

「ムギじいのせいよ、この家にムギじいがいるから、ママまで貧乏症にかかってしまったのよ」

「貧乏症って、そんな、人を病原菌みたいに言いおって」

「だって、他に考えられないじゃない。ママが会社辞めちゃったら、たいへんよ」

 アミはママのそばにいき、肩を揺すって起こそうとした。

「やめてよ、あーちゃん。ママはもう疲れちゃったの、静かに寝かせて、お願い」

 ママはだらしなくそう言って、ごろりと寝返りを打った。

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