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あーちゃんのアンティーク  作者: つばさねずみ
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あーちゃん、校長先生になる

「でも、本当に校則をなくしちゃっていいんですか? そしたら制服とかも着なくていいんですか?」

 あずは心配になってそう尋ねた。

「そうよ、あなたたちだって、どうせ心の中じゃこんなダサイ制服、着てられっか、なんて思ってるんでしょ」

 ミス鉄仮面がそう言った。

「いいえ、あたしは制服の方がありがたいんです、だって、私服で来ることになったら、おしゃれな服とか買わなくちゃならないし」

「ほら、これだ」とルートマンが苦笑いした。「どうして学校へ来るのに、おしゃれしようなんて考えるんですか。ここは原宿でもないしディズニーランドでもないんですよ、地味な服装でいいでしょう。ジャージでいいくらいだ」

「そうそう」

 先生たちに責められて、あずはしゅんとなる。しかし助け舟を出してくれたのは、思いがけずミス鉄仮面だった。

「男性の先生方は、女子の気持ちをぜんぜん理解してらっしゃらないわ。みんなおしゃれしたいのよ、この年頃はとくに。私だって、中学生のころはおしゃれに夢中でした」

「おや、これは意外だ」

「あら失礼な。夢みる乙女でしたのよ、デヴィッド・ボウイのお嫁さんになるつもりでしたから」

「夢は、かないませんでしたなあ」

「重ね重ね失礼ですわ、これは立派なセクハラです」

 きっ、とにらまれて、カッパゴリラは肩をすくめた。

「そうすると髪型とかも、自由でいいんですか? パーマかけたり茶髪にする人だっていますよ。それからピアスとかあける子もいますよ」

「あーちゃんは、どうやらわれわれよりもずっと真剣に学校の運営について心配してくれているようだねえ」

 教頭先生がそう言うと、他の先生たちがどっと笑った。こっちはその通り真剣に心配しているのに、とあずは腹が立った。今日の先生たちちょっと、いいかげんすぎるわよ。

「あーちゃんもこれからどんどんおしゃれしたらいいんですよ」

「そんなこと言われても」

「先生がそんな、生徒を焚き付けるようなことをおっしゃってはいけませんな。ただでさえあーちゃんは、問題児なんですから」

「問題児だったんですか、やっぱり……」

「しかしその問題児のおかげで、学校改革ができたわけですから、何が幸いするかわからない」

「ほんと、あーちゃんが校則をやぶってくれなければ、これからも私たちは規則でがんじがらめの窮屈な学校生活を送らなければならなったのですから、感謝しなければなりませんわ。ほんとにあなたの行動は立派ですわ、まさにジャンヌ・ダルクだわ。封建的な社会をぶち壊して自由という風穴を開けてくれましたわ」

「自由というのはいいものですな」

「そりゃそうですよ。自由、平等、友愛、それを求めて十八世紀のパリ市民は立ち上がったわけですから」

「われわれも今、二十一世紀になってようやく革命を起こしたわけですな」

「自由ばんざい」

 先生たちは立ち上がって、ばんざーい、ばんざーい、と口々に叫んだ。あずだけがポカーンとした顔でながめている。なんだかかなりおかしな方向に向っている気がするんですけど。

「そうだ、あーちゃん、昨日のマンガの続き、持って来てくれたか?」

「あ、忘れました」

「なんだよ、あれだけ約束しただろ。これだからおまえは、もう」

 カッパゴリラは悔しそうにそう言った。

「なんですか、マンガって」

「いやもう、これがおもしろいマンガでした。『今日、恋をはじめます』っていうんです」

「あらまあ」と吸血モモンガが口を開いた。

「おや、先生、ご存知ですか」

「いいえ、それって少女マンガでしょ、先生のイメージとあわなくて」

「私だってマンガくらい読みますよ。こう見えても『キャプテン翼』と『リングにかけろ』で育った世代ですよ」

「はあ、僕はそういうのはダメですね、『ガロ』でした。白土三平、つげ義春、滝田ゆう」

 美術教師のぬりえもんが渋い声で言った。

「それは劇画ってやつでしょ、暗いなあ。やっぱマンガはジャンプですよ、友情、努力、勝利」

「いやいや、マンガと言えば手塚先生でしょう。『鉄腕アトム』、『ジャングル大帝』、『リボンの騎士』、外国人からすると日本人のマンガ好きは異様に見えるみたいですがね、それは彼らの国に手塚治虫がいなかったからですよ。マンガこそ日本が世界に誇る文化です」

「私が医療の道を志したのも『ブラック・ジャック』の影響ですわ」

「いや、僕はどちらかというと、石森章太郎派だな。『サイボーグ009』ですよ、『仮面ライダー』、『人造人間キカイダー』。手塚治虫がビートルズだとすると、石森章太郎はローリング・ストーンズでしょう」

「石森章太郎の最高傑作は、『COM』に連載していた『ジュン』だと思うな。みなさん、読んでます?」

「いえ、それは知りません。さすが美大出の先生は、マニアックですなあ」

「私は『はいからさんが通る』が大好きでしたわ。それがきっかけで古典文学などに興味を持つようになって、大学も国文科に進んで国語教師になりましたの」

「はあ、みなさん読んでらっしゃる。まさかマンガでここまで話が盛り上がるとは思ってもみませんでした」

「だっておもしろいもの。当たり前じゃない」

「そうですよ、まさしくマンガは日本の文化ですよ、本のベストセラーなんて全部マンガですよ、小説の売り上げなんかと比べても桁が違うんだから。クールジャパン、かわいいは正義!」

「学生のころは、マンガばかり読んでましたわ」

「私なんか今でも、マンガしか読みません。活字だけの本なんて見るだけでジンマシンが出ます」

 カッパゴリラはそう言って胸をそらせた。

「大人だって本音ではみんなそう思ってますわ。それをはっきり言えるなんて立派」

「どうでしょう、学校でもマンガの持ち込みを許可したら」

「名案ですね、生徒たちも喜びます」

「教師も、暇がつぶれますわ」

「それならいっそのこと、教科書をマンガにすればどうですか」

「授業でマンガを教えましょう。大学でマンガを教えているところだってあるんです、マンガを教えるなら早い方がいい」

「それはいい、マンガの方が勉強になる。生徒たちだって退屈しない」

「なんだかこの学校が、どんどん素晴らしくなっていきますね」

「そうですね、校則もない、服装も髪型も自由、授業はマンガ、こんな夢のような学校、私が子供の頃にもほしかったですわ」

「たしかに。僕らは偏差値教育世代ですから、学校の他に進学塾に通うのはあたりまえ、明けても暮れても勉強、勉強、勉強の毎日。息つく暇もなかった。青春なんか、なかった。自慢じゃないですが高校の三年間、女子と口を利いたことさえありません。彼女と一緒に映画やコンサートに行くなんて、いったいどこの世界の話ですか。僕だって彼女とペアルックで水族館に行ってシロイルカが泳ぐのを見ながらクレープを分け合って食べたかったんですよ。ちきちょう、リア充爆発しろ! そんな僕の学生時代にこんな学校があったら、きっとバラ色の青春だったでしょうね」

 ルートマンはこぶしを握りしめて肩をわなわな震わせながらそう語った。

「私もそう思うわ。英語の勉強のためにハリウッド映画をよく見たの。そこに出てくるハイスクールの様子ってもう最高に自由でおしゃれでかっこよくて、あこがれだった。ダンスパーティにサマーキャンプ、プロム、ローラースケート、チアガール、それに比べて私が通ってた学校なんて制服はダサいし髪の毛はお下げだし、喫茶店に入っただけで停学、男女交際はもちろん禁止、もう最悪。オーマイガー。今の子がほんとにうらやましいわ」

「私なんかずっと男子校の柔道部でしたからな。クラスに女子がいるというだけでうらやましい」

「われわれと比べると、今の生徒はずっと恵まれていますよ、恵まれすぎているくらいだ。それなのに不満ばかり述べて、罰当たりなことですよ」

「ええ、まったく。もう教師なんかやめて、生徒になりたいくらいです」

 ルートマンはやるせない顔でつぶやいた。

「それは名案ですな。どうですか、もうみんなで教師なんかやめて生徒になるというのは」

「グッドアイデア! こんな学校なら、教師よりも生徒のほうがずっと楽しいですよ。みなさん、明日から生徒になりましょう」

「それなら誰が教師をやるんですか」

 落ち着いた声が聞こえて、みんなが一斉にそちらを見た。寝ていると思っていた校長先生が腕組みをしたままの姿勢でそう言ったのだった。

「校長先生、寝られていたのではないのですか」

「私は目が細いから、起きていても寝ていると勘違いされて、子供の頃から損ばかりしている。これまでのみなさんのお話は全部ちゃんと聞いております」

 校長先生はそう言ったが、あずはたしかに寝息を聞いていて、どうもやっぱり途中までは寝ていたのではないかと思った。しかし校長先生の目が細いのは本当で、目を開いていてもそれは顔の皺と区別がつかない。

「それでは生徒が教師になればどうでしょう、うちには優秀な生徒がいますし、中学の授業くらいは務まるかと」

 ルートマンは校長先生に答えた。

「そうそう。なかには私らより勉強のできる生徒がいます」

「進学塾があれば、学校なんかいらないって親もいますし」

「悔しいけれど事実なんだよなあ、進学塾の先生のほうが教え方がうまいし、生徒にも人気がある」

「そりゃ、向こうは勉強を教えるプロだもの。数学の公式や英文法を中学生にもわかりやすく教えるなんてことは、普通の学校の教師にできることじゃないですよ。私らじゃ、かないません。

 少しでもいい高校に合格させるという明確な目標があるから、生徒だってやる気になります。それに進学塾の講師というのは、たいてい一流大学の大学院まで出てますから、なかには東大を出て塾の講師をやっているのもいるんですよ。こっちは三流私大卒のデモシカ教師でしょ、頭の出来がちがう、給料だってちがう、はなから歯が立ちませんよ」

「中学の教員免許なんか短大を出たって取れるんですから」

「それは短大をバカにしてません? まあ東大と比べられちゃ、バカですけど」

「自分の子供だって、学校の教師に任せるより、塾の教師に学ばせたいですからねえ」

「それが親心ってもんです。学校の教師なんて、ろくなのがいません。ニュースでもやってるでしょう、教師の不祥事、教え子に手を出す、同僚と不倫する、盗撮、わいせつ、強盗、飲酒運転、もうあきれるほど犯罪のオンパレードです。しかし公務員ならめったなことじゃ解雇にならないし、マスコミに実名報道もされない、これじゃ信用されませんよ」

「困ったものですなあ」と校長は顔をしかめる。

「だからもう私は、教師を今日限りでやめて、生徒になって勉強をしなおします」

「私もそうしますわ。かわりには優秀な生徒を推薦します」

「みなさんの話を聞いていると、だんだん私も自信がなくなってきた。どうも自分は教職なんかに向いていないのではないかと、そういう気がしてきた。私の前の校長先生はそれは立派な方だった。私はその方にあこがれて、自分もああなろうとがんばってここまできたのだが、やはり能力不足かもしれないと思うようになった。

 それにもう年だし、リューマチもひどいし、そろそろ休みたくなったのですよ。正直言って校長というのは疲れるのですよ」

「しかし校長先生の代わりとなると、なかなか務まる人がいないんじゃないですか」

「いや、そうでもないですよ。ほら、そこにいる」

 校長がそう言って指差したのは、あずだった。

「え? うそでしょ……」

 あずは目を見開いたまま固まった。

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