あーちゃん、肩身がせまい思いをする
「では続いての議題に移ります」
え? まだあるの? 不安げなあずの前でカッパゴリラは机の引き出しからなにかを取り出して、他の先生たちに掲げた。
「これです。キーホルダー。女子はこういうものをカバンにつけているんです。校則で禁止されているのにもかかわらず」
カッパゴリラが手にしたチューバッカのキーホルダーを見て、先生たちはいっせいに顔をしかめる。
「なんですかその、みのむしみたいなものは」
「みのむしでしょう」
「まあ、みのむしのキーホルダーなんて趣味が悪い」
いや、それ、スター・ウォーズに出てくるキャラなんですけど、とあずは思う。
「問題ですなあ」
「どうして校則で禁じられていることを、わざわざやるのでしょう」
「そうですよね、こういう生徒は没収したところで少しも反省せず、また別のやつをつけてくるんでしょ?」
「そうそう」
「われわれには理解できないですなあ」
「それじゃ、このキーホルダーの持ち主に聞いてみましょう」
カッパゴリラはそう言ってあずを見る。えー、やばい、またあたし? と思ってあずは首をすくめる。
「どうしてこういうものを、カバンにつけるのかね」
「えーと、それは、かわいいから」
「かわいい? きみは学校に何しに来ているんだ? 勉強だろ? カバンというのは教科書を入れる大切な道具だ、それをなぜかわいくする必要があるのだ?」
ルートマンが怖い顔になって問い詰めてくる。いつものやつだ、もうこの先生に問い詰められたらどうにもこうにも逃げられない。
「そう言われても……」
「こういうものは校則で禁止されているのは知ってるわよね、それなのになぜ持ってくるの? 没収されるのはわかっているでしょ」
「はい……、でも」
「それじゃぜんぜん答えになってない」
「もしかしたら、本人にも自覚がないんじゃないですかね。知らないうちにカバンにキーホルダーをつけてしまっている。あるいは、カバンを見るとどうしても、キーホルダーをつけたくなってしまう」
「それは病気みたいなものですか」
「病気というほどのものではないと思います。でも、自覚症状のない行動というのはわりにあるもので、特にこの年ごろの女子学生は、ちょっと常識でははかれない不思議な行動をすることがあるようです」
保険室の先生である吸血モモンガが足を組んだまま冷静な口調でそう言った。
「困ったものですなあ」
教頭先生が大きな溜め息をついた。あずは申し訳ない気分になり頭を垂れる。なんだか自分は迷惑ばかりかけているとんでもない問題児のようだった。
「たとえばほら、このあーちゃんの服装を見ると、ブラウスのボタンをひとつ掛け違っていますね」
吸血モモンガの言葉で先生たちの視線がまたあずに集中する。あずは自分のブラウスを見る。ボタンを掛け違って留めている。あひゃー。あずは頬を赤くしながらボタンを留めなおす。
「それも、かわいいと思ってやっているのですか」
「いえ、これは、たんにあたしがドジで」
「ドジと言っても、服のボタンを掛け違うなんていうのはいくらなんでも、ドジすぎる」
「すみません」
「一方ではカバンをキーホルダーで飾り、一方では服のボタンを掛け違う、いったい身だしなみに気を使っているのかルーズなのか、判別しづらいですなあ」
「ほら、この生徒の靴下だってそうです。校則では靴下の色は白と決められている。それもきちんと三つ折りにしなければならない。ところがこの生徒の靴下は青い」
あずは、はっとして自分の足元を見る。青い靴下、またしてもうっかり履いてきてしまった。
「校則違反だらけですな。ここまでひどいと、意図的に反抗しているとしか思えない」
「たしかに」
「そうなのかね、あーちゃん。きみはわれわれ教師に反抗するために、わざとこうしたことをやっているのかね? それならそれでわれわれにも考えがあるよ」
「いえ、けっして、そんなことは……」
「それじゃどういう理由なのかね」
「理由と言われても、たんにドジなだけで……」
「ドジ? こんなドジな生徒一人のために、われわれは時間を割いて職員会議までやらなくちゃならないのですか」
「そうですねえ、効率が悪いって言っちゃそうですねえ」
「校則というのは、生徒全員が守ってこそ意味がある。一人でも校則を破る者がいれば大問題です、それは全員の責任になる」
「連帯責任というやつですな、高校野球なんかはそうだ。部員一人が万引きだの傷害事件だの問題を起こすと、他の部員も連帯して責任を負わされる。それで野球部は対外試合の禁止、出場停止処分だ。学校教育というものは、こういうものだ。あーちゃんのことはただひとりの違反ですむ問題ではなく、全校生徒の違反となる。教師もその責任を負わされる」
なんだかまたおおごとになってきた。あずは肩をすくめて推移を見守る。
「しかしながらこれもまた、遅刻と同じ問題ではないですかな。あずさんの遅刻を、こちらが遅刻と認めないなら、遅刻にはならない。この解決方法を、他の問題にも応用すればどうでしょう。あずさんは自分でも認めているように、どうやら極端にドジな性格だ。これはもう言って聞くようなものではない。
それならこちらの認識じたいを改める必要がある。校則に従わない生徒がいるとしましょう。それなら校則の方を変えてしまえばどうでしょう」
「なるほど、先生の話は、さすがに数学教師だけあって論理的ですなあ」
「校則を変えるってことですけど、具体的にはどうするのですの?」
「だからキーホルダーで言えば、もうカバンにキーホルダーをつけてきてもいいってことにするのですよ。そうするよりほかにないでしょう。あずさんだけ特別扱いしてキーホルダーをつけるのを認めれば、他の生徒だって自分も認めろと言ってくるでしょう。認めなければまた文句を言い出す生徒や、勝手にキーホルダーをつけてくる生徒が出るでしょう。そんなものをいちいち取り締まっていたら、生徒指導室はキーホルダーだらけになりますよ」
「いっそのこと校則で、カバンにはキーホルダーをつけること、と決めてしまえばどうですか」
「校則で決めちゃうと、今度はそれをまた破る生徒が出てくるんですよ。わざとキーホルダーをつけてこなくなる。近頃の子供は、ひねくれてますからなあ」
「なるほど。それならもうカバンについては校則であれこれ決めることをやめてしまおうというわけですね」
「ええ」
「しかしそうなると、どんなキーホルダーでもいいのか、ということが問題になりませんか。こんな、みのむしの形をしたキーホルダーならまだわかりますが、ドクロの形とか、うんちの形とか、おかしなものがありますよ、ああいうのも認めるんですか?」
「ナチスのハーケンクロイツなんかつけていたら、これは国際問題になりかねませんよ」
社会科のピカッチ先生がそう言って眉をひそめた。
「そういうのは売るほうも悪いでしょう、中学生にはそんな知識がないから、無邪気にかっこいいと思って買っちゃうんでしょう」
「知識がないって、私はちゃんと授業で教えてますよ」
ピカッチ先生がけんか腰になったので、カッパゴリラが、まあまあ、と横からなだめる。
「しかし、さくらんぼならいいけどドクロはダメだ、とはいえないでしょう。表現の自由だから。もうキーホルダーに関しては、教師はタッチしない、でいいじゃないですか。生徒にまかせれば」
「生徒にまかせるっておっしゃいますがね、こういうのは拡大解釈されますよ。アリの一穴から水が漏れ出て、ダムが決壊するようなものだ。カバンにキーホルダーをつけるのがいいとなったら、やつらは今度はカバンに落書きをしたり、ぺちゃんこにつぶしたりしますよ」
「今は昔じゃないんだから、ヤンキーみたいにカバンをぺちゃんこにするのは、流行りませんよ」
「流行るとか、そういう問題じゃないんです。私が言いたいのは、キーホルダーをつけてもいいのなら、ワッペンもつけますよ、チェーンもつけますよ、ヘビメタみたいな飾り鋲も打ち付けますよってことになるんですよ。あの子らの携帯電話を見てごらんなさい、なんだかステッカーやらビーズやらシールやら、いっぱい貼りつけてキラキラになってるでしょう。
生徒の自主性に任せるというのは聞こえがいいですが、ようするに放任主義でしょう。そのうちにみんなキラキラしたカバンを持ってくるようになりますよ。それでも取り締まらないんですか」
「取り締まるというのは、なんだか警察みたいでおだやかではないですなあ。教育の場には似合いませんよ」
「そうですね、生徒指導の先生には申し訳ないですが、毎朝、校門の前に立っての遅刻チェック、持ち物チェック、服装チェックというのも、やりすぎるとかえって生徒の反発を招くんじゃありませんか」
「まあ、私だってね、本音を言えばやりたくありませんよ。私なんかは金八先生の世代ですから、ああいうふうに教師と生徒がね、友達みたいな関係でいるのが理想なんですよ」
「ほう、これは意外ですな」
「いや、教育というのはやっぱり理想じゃないですか。生徒を信じないと始まらない」
「そうですなあ、われわれもきびしくやりすぎたところがあるかもしれない。考えてみれば、たかが遅刻じゃないですか、たかがキーホルダーじゃないですか。こんなもので大げさに職員会議まで開いて、いったい何をやっておるのでしょうね」
「だいたいね、マスコミが悪いんですよ、教師が生徒を殴ったというだけで、わあわあ騒いでニュースになるでしょ。昔はこんなことはなかった。私が学生だったころは教師が木刀を持ってました。反抗する生徒がいたら、木刀を振り回して問答無用でぶちのめしてたもんです。そこまでやっても親は何も言いません、逆に、よくぞうちの子を叱ってくれましたと感謝されたもんです」
「おおらかな時代でしたなあ」
「ほんと、いまは窮屈になったもんです。教師の体罰で死んだ生徒なんかいませんよ、あれはたいてい家庭環境とか生徒同士のイジメとか、そういうものが原因なんです。だけどマスコミはそういう真実を隠して教師を悪者にするんですな。そのほうが世間にウケるから。そのせいでわれわれも、必要以上に予防線を張って、こんなこまごましたことまで校則で決めなくちゃならないことになったんです。すべての元凶はマスコミですよ」
「同感」
ルートマンがそう言うと、先生たちはみな調子を合わせて、うんうん、とうなずきあった。
「それじゃあもう校則は全廃しましょう。規則があるからそれに違反する生徒が出るんです。規則をなくしてしまえば違反しようにもできない」
「私だってなにも好き好んで生徒を取り締まっているわけではないんです。校内の秩序を守るためにしかたなくやっているわけです。しかし生徒にはそれが通じなくて、たんなる暴力教師みたいに思われている、それが心外だ。私のことを生徒たちは、カッパゴリラなんてひどいあだ名で呼んでいるらしいじゃないですか」
「私だって髪型をからかわれて、ルートマンですよ。きりっとした七三分けのどこがいけないんですか、私は清潔感のあるこの髪型が子供の頃から気に入っているんです。お坊ちゃんだと笑われることがありましたけどね、自分に似合っていると思っているからやってるんです」
「私なんか、吸血モモンガだわ。もうそれを聞いて血の気が引きましたわ」
「ひどいですなあ。われわれの人権も何もあったもんじゃない。これは生徒による教師いじめですな。安い給料で、やってられんですよ。授業で手一杯なのに、さらに部活動だ、生徒指導だ、と教師の負担が多すぎるのです。残業時間が百時間を超える月もある、これは過労死ラインを超えていますよ。ともかく校則がなくなれば、もう生徒指導なんて必要なくなる」
「仕事が減りますね」
「それでけっこう。空いた時間で趣味の将棋ができますな」
カッパゴリラは、かんらかんらと笑った。




