変なお客さんばかりでお店はてんやわんや
自転車を押して校門から出ようとしたところで、うしろから雪乃ちゃんが追いかけてきた。
「あーちゃん、待って。一緒に帰ろう」
「ユキノン、バスケ部は?」
「なんだか今日はやる気が出なくって」
「自主練だからみんなだらけちゃって、遊んでばかりいるんでしょ。卓球部もそうだよ」
「でも遊べる方がいいよね」
「そりゃそうだけど。え? でもユキノンがそんなこというなんて意外」
雪乃ちゃんも自転車通学だ。自転車に乗るときはヘルメットをかぶらないといけないというのが校則で決まっている。ところが雪乃ちゃんは、ノーヘルのまま自転車にまたがってこぎ始める。
「ちょっと、ユキノン、ヘルメット忘れている」
「あ、そうだっけ。でもいいじゃん、たまには」
学級委員らしくないそんなのんきな言葉を返して、自転車をこいでいく。
あれえ、先生たちに続いて雪乃ちゃんまでなんか変になってる。
あずの家まで二人で自転車をこいだ。すると骨董店の前に二人組みのおばさんがいて、なにやら店の中をのぞき込んでいる。
「ねえ、お客さんじゃない?」
「まさかあ、保険の勧誘かなにかよ、うちはいつも暇だから」
あずは骨董店の前に自転車を停めた。巻き毛のおばさんが声をかけてきた。
「今日、おやすみかしら」
「あ、そんなことないです、お客様ですか、すみません、今から開けます」
あずは頭を下げて、あわてて店の鍵を開ける。
「お嬢さんがやってるの?」
「いえ、今日は留守番みたいなもので。あの、店の中、自由にご覧になってください」
すると雪乃ちゃんも表に自転車を停めて店の中に入ってきた。
「私も見せてもらっていい?」
「どうぞどうぞ」
あずはそう言ってから一旦外に出て、自転車を裏庭に持っていく。裏口から家の中に戻り、そこからまた店舗に回って顔を出した。
「あらあ、このカップ、すてきね」
巻き毛のおばさんが白いティーカップを熱心に見ている。
雪乃ちゃんはいつのまにかレジの横に立って、店員さんのような顔でお客さんに応対している。
「ユキノン、似合ってる」
「そう? ここでバイトしちゃおうかな」
「いいよ、でも、バイト代は安いよ」
「お金なんかいいわよ、こういうお店で一度働いてみたかったんだあ」
雪乃ちゃんは楽しそうに、ふふふ、と笑った。
そうするとまた一人二人と、お客さんが店に入ってきた。宣伝もしてないし、大安売りでもないのに、どうしたんだろう。
「ねえ、これマイセンかしら、きれいな柄よねえ」
「ほんと、これいいわ」
巻き毛のおばさんがカップを指さして、これマイセンかしら、と雪乃に尋ねた。
「はい、そうですよ。パリのシャンゼリゼ通りの骨董市で仕入れた掘り出し物です」
え? ちょっと、ユキノン、それはやりすぎ。あずはあわてて雪乃の袖口を引っ張る。
「ユキノン、骨董品のことわかるの?」
雪乃はにっこりしたまま首を横に振る。
「それなら、適当なこといっちゃダメよ」
「でも、マイセンっぽいよ」
「マイセンって何?」
「知らない」
あぜん。ユキノン、それは適当すぎる。あずは巻き毛のおばさんの元に寄って、すみません、と声をかける。
「それたぶん、マイセンっていうのじゃないと思います」
「そうなの?」
「たぶん、あんまりここにあるのって、そういう有名なブランドとかじゃないと思うんですよね」
「そんなこと気にしなくていいわよ、マイセンじゃないところがまた気に入ったわ。マイセンなんて買おうと思えばどこのお店でも買えるもの。絵柄がいいわね、これはきっとクマのプーさんね、プーさんが金太郎と相撲を取っている、こういう絵柄、なかなか見ないわ。センスがしゃれている」
あずはなんだかおかしいなと思いながらも、おばさんに調子を合わせてうなずく。
「これ、いただこうかしら」
「ありがとうございます」
「おいくらかしら」
あずは値札を見て、二万三千円です、と答える。雪乃ちゃんが近寄ってきて、カップをレジに持っていく。あれ、と声がした。あずが振り向くと、雪乃の手にはカップの取っ手だけがつかまれていた。
「あーちゃん、カップのこれ、取れちゃった」
「うああああああ」
あずはパニックになって声をあげた。しかし雪乃は顔色ひとつ変えない。
「すいません、取っ手がこわれてしまいました」
あずは巻き毛のおばさんに頭を下げる。しかしおばさんはにこにこしながら、あらステキ、と言った。
「え?」
「取っ手が取れたティーカップなんて、ますますステキだわ」
「でも、これじゃ紅茶が飲みにくいと思うのですが」
「そこがいいのよ、だって普通のティーカップならどこのお店でも買えるもの。しかもこれマイセンじゃないのよ、何のブランドかわからないなんて謎めいている、きっとそちらのお嬢さんの言うとおり掘り出し物にちがいないわ」
あずはちょっと困った。変なお客さんだ。骨董品を好きな人ってこんな変な人ばかりなのだろうか。
「あのう、それじゃ、申し訳ないので値段をお下げします、半額で……」
「そんなことしなくていいわ。むしろ高くしてちょうだい、これなら五万円でも惜しくない」
巻き毛のおばさんはハンドバッグから財布を出して、一万円札を五枚数えてあずに差し出した。
「こんなに、もらえません」
「いいのいいの。おもしろいものを見せてもらったから、お嬢さんへのチップということで」
あずが受け取るのを躊躇していると、横から雪乃が手を伸ばして平然と受け取った。
「ありがとうございます」
雪乃はにっこりと頭を下げる。こんな大胆なところがある女子だとは思いもしなかった。
「ねえ、これもいいわよ、万年筆」
「あらほんと」
巻き毛のおばさんは今度は古い万年筆に興味を示したようだ。どうぞ、お手にとってごらんください、とあずの接客態度もちょっとは板についてくる。
「モンブランかしら」
「はい。ロンドンのポートベロー・マーケットで仕入れましたそれも掘り出し物です。お客様はお目が高いですねえ、いまどき、どこの店でもこんなお値段では手に入りませんよ」
いつの間にか隣にきていた雪乃ちゃんがまた適当なことを言った。
「これもいただくわ。息子の誕生日プレゼントにちょうど万年筆がほしかったところなの」
「ありがとうございます」
「これって、インクを使うのかしら」
「どうなんだろう」
あずが悩んでいると、雪乃ちゃんが横から手を伸ばして万年筆を取った。
「そうですね、えーと、ここにインクを入れて使うのです」
雪乃は万年筆のペン軸を思いっきりひねった。ボキッと音がした。えええっ、とあずはまた声を上げた。万年筆は真っ二つに折れている。
「すいません、またこんなになっちゃって」
「あら、すばらしい。こうなっているとは気づかなかったわ。これでおいくら?」
「でも、これじゃ書けませんよ」
「書けないからいいのよ。書けない万年筆を売っている店なんて、他にはないもの」
「ほんとうに、いいんですか」
なんだか、からかわれているような気がしないでもない。それでもおばさんはこんな万年筆にお金を払うのだった。雪乃ちゃんは商品を壊したことを失敗だとも思ってないようで、当たり前のようにお金を受け取って万年筆を売りわたしている。みんな、どうかしちゃってる。
あとから入ってきたおじさんが、店の隅に展示してある古い鏡をほしいと言った。それがまたほこりまみれで、鏡の部分が特に汚れている。あずは雑巾で汚れをぬぐってみたが、人の顔が映らないほど汚れがこびりついている。
「ごめんなさい、これ以上汚れが取れないみたいで」
「そこがいい、それでいい」
「は?」
おじさんは古い鏡を眺めて満足そうにうなずいた。
「人の顔が映らない鏡、これこそ私が求めていたものだ、いやあ、素晴らしい」
そんなことを言って、三万円で買っていった。それにしてもパパったらどうしてこんな役に立たないものばかり仕入れてくるのかしら。いくら骨董品だからって、もうちょっと普通にいい品物だなってわかるようなものを仕入れてほしいのだが。
「あーちゃんのお店って、すごい繁盛してるのね」
雪乃ちゃんは感心しながら言った。
「きょうはなんだかおかしいのよ、いつもはぜんぜんなのに」
それからもひっきりなしにお客さんが来て、応対しているうちにいつもの閉店時間を大幅にすぎて時計を見ると午後八時を回っていた。表はもう真っ暗である。
「たいへん、たいへん、ユキノン、ごめん、遅くなっちゃって。早く帰らないと」
「いいのよ」
雪乃はそんなことを言いながら店じまいを手伝ってくれている。
「でも、家の人が心配するでしょ、電話したら?」
「そうだね」
雪乃はそう言って携帯電話を手にする。登録してある自宅の番号にかける。
「お母さん? うん、あーちゃんの家にいる、うん、お店を手伝ったりしてたの、うん、そうだね、うん、はーい」
「おこられなかった?」
「ぜんぜん平気、それより、今日は泊まっていっていいよね」
「え? どうして?」
「だってもう遅いし、めんどくさいもん。夜道を帰るのもこわいし」
「そんなこと言われても、あ、べつにあたしはいいけど、ユキノンはいいのかなって」
「うん。じゃ決まりね、お泊りする」
なんだか今日はユキノンのちがった一面をいっぱい見た気がする。雪乃ちゃんはまじめで優等生で、すごいしっかりした中学生だと思ってたけど、けっこうドジでだらしないところもあるんだな。人は見かけによらないものだ。




