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あーちゃんのアンティーク  作者: つばさねずみ
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因数分解ってなんの役に立つんですか?

 二時間目は数学だ。チャイムが鳴って教室に入ってきたルートマンの姿を見て、あずはおどろいた。そのあだ名の由来となったルート記号そっくりの鉄壁の七三分けのヘアースタイルが、ぼさぼさに乱れているのだった。

 さっきのミス鉄仮面と同じようにルートマンもまたどこかぼんやりした目をしながら、教壇に立った。

「あーちゃん――」

 いきなり名指しされてあずはびくっとした。

「昨日、プリントをわたしておいたはずだが、出してもらえるかな」

 ひーっ、そうだった。すっかり忘れていた。あずは机の中を手探りして、くしゃくしゃになったプリントを引っ張り出した。家に持って帰ってさえいない、もちろん計算問題は一問も解いていない。

 ルートマンがつかつかと歩み寄ってきた。あずがしわをのばして机の上に広げたプリントを見る。

 カミナリが落ちるぞ、と思った。あずは首をすくめる。

「おや、白紙ですね。できなかったのかな?」

「ごめんなさい」

「いや、僕は質問しているのです。それに答えてください。あなたは、この問題が一問も解けなかったのか、それともやる気がなくてやらなかったのですか」

「えーと、プリントを家に持って帰るのを忘れました」

「それは論外ですね。では、今からでもやる気はありますか」

「あー、なるべくならやりたくないっていうか、たぶん、やってもできない気がします」

「それはなぜですか」

 ねちねちと追い詰められる。いやな性格の先生だ。

「数学って苦手で、あんまりできないし」

「それは僕の教え方が悪いってことを言ってるの?」

「ちがいます、小学校の時はわりとできたと思うんですけど、中学になったら急にむずかしくなって、方程式とか、図形の面積とか、ちんぷんかんぷんで」

「だけど授業ではちゃんと教えてきましたよね」

「そうなんですけど、なんかそういうことって、将来あんまり役に立たないような気がして、勉強する気になれないんです」

 ふと隣を見ると、あーちゃん、そんなこと言ったらまずいよ、という顔をしている雪乃ちゃんと目が合った。そうだよね、やばいよ、こんなこと言うつもりなかったのに、問い詰められてつい口が滑っちゃった。

「数学は役に立たない、そう言いたいんだね」

「いえ、そんなことは、あの……」

「二次方程式とか、因数分解とか、社会に出ていったいなんの役に立つのかと思ってるんだね」

「それは、その……」

「役に立たないことを勉強してもムダ、だからやらない。そう言いたいんだね」

「いやあ、その」

 部屋の隅っこに追い込まれるみたいにどんどん追求されて、あずはしどろもどろになる。

「その通り!」

 ルートマンは、いきなりそう言ってあずの背中を叩いた。

「正直によく言った!」

 ルートマンは教室をぐるりを見回した。

「このクラスのみんなも、本音ではそう思っているんだろ? どうだ? 僕も教師生活は長いから、みんなが考えていることくらいすぐに察しがつくんだ。数学は役に立たない、こんなことを勉強してなんになるんだろう。さあどうだ、これがみんなの本音だ。こんなことを考えているから勉強に身が入らないし、成績も上がらない。だけどしょうがない、ほんとうのことなんだから。数学というのは一生懸命勉強しても、何の役にも立たない」

 あずは思わず顔を上げて、ルートマンを見た。何言ってんの、この人。教師のくせに。頭おかしくなっちゃった? しかしルートマンの顔は、いたってまじめだった。

「大学院まで行って数学者になろうって人には、役に立つだろう。理系の職業につきたいって人にも役に立つだろう。だけど、そんな人がこの中に何人いるか。たいていの人は数学とは何の縁もない仕事につくのだ。

 はっきり言おう、足し算と引き算、それに掛け算と割り算を知っていれば、何の不自由もなく生活ができる。いや、足し算と引き算さえ知っていれば掛け算を知らなくても何とかなる。世の中には九九を言えない人だっているが、それで電車に乗れないわけでもなく、スーパーで買い物ができないわけでもない。つまりは算数がわかれば、数学など知らなくても生活に何の支障もない。

 数学が好きな人は、教師がわざわざ教えなくとも自分から進んで勉強するはずだ。しかし他の人は、こんな難しい問題を強制的に解かされて、ややこしい公式をむりやり覚えさせられて、テストで理解度を調べられて苦しいばかりだろう。しかしそうまでして勉強したところで将来何の役にも立たない、こんなむなしいことがあるだろうか。これは児童虐待ではないか。先生は夕べそのことにはっと気づいて、眠れなくなった」

 そのせいで、髪の毛がぼさぼさなのだとあずは思った。

「自分はいったい何をやってきたのだろう。教師でいる存在理由がなくなってしまった。こんな気持ちでは、とてもみんなに授業をする気になれない。今日は、自習にします」

 ルートマンはそう言い残すと、すたすたと教室から出て行ってしまった。

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