カッパゴリラを笑わせるミッション
自転車を立ちこぎして、道路を疾走していく。朝ごはん食べてないから、力が出ないし頭くらくらしてめまいを起こしそう。空に太陽は出ているのになぜだか町の中は靄がかかったみたいにどんよりしてる。いつもは工場へ出勤する作業服のお兄さんや、開店準備をする八百屋のおばさんを見かけるのに今朝はいなくて、なんだか人通りも少ない。
もしかして日曜日? そんなわけないよなあ、日曜日に学校へ行くなんて、あたしはそこまでドジじゃない。
行く先々の電柱には「ゴミを捨てるのは、幸運を捨てるのと同じ」とか、「時は金なり、時間を守ればお金がたまる」とか、「こんにちは、ありがとう、魔法の言葉でにっこにこ」とか、ポジティブでアグレッシブな意識高い系の人たちが喜びそうな言葉がべたべたと貼られている。
この町の人たちは、ほんとこういうのが好きだ。学校でも、町を明るくする運動だとか、交通事故ゼロを目指す運動だとか、そういうことを訴えるための標語をうんざりするほど作らされる。
こういう努力目標みたいなのを高く掲げて、それに向って邁進していくというようなものが、あずはとても苦手だった。なんかネズミの大群がエサに釣られてダーって走っていって、あげくの果てにぜんぶ崖から落ちて死んでしまうようなイメージがある。
みんなそんなにがんばらなくていいのに。
中学校の校門が見えてきたと思ったら、その前に見たくない顔。生徒指導のカッパゴリラが校門の横に立って生徒の遅刻に目を光らせている。
あちゃー。昨日の今日だ、またこっぴどく怒られるぞ。
「あー、すいません、自転車のタイヤがパンクして、修理してたら時間を食って」
あずは自転車を停めるなり、そう言って頭を下げた。
「またそんな嘘ついて」
「嘘じゃありません」
「どうせ嘘ならもっと楽しい嘘をついてみろ」
「楽しい嘘って?」
「笑えるような嘘だよ」
「そんなこと言われても」
困っているあずの顔を見て、カッパゴリラが少し表情をゆるめた。
「よーし、今ここで俺を笑わせたら、今日のところは見逃してやってもいい」
なんなんだ、その条件は。あずは一所懸命に頭を働かせるが、いかんせん何も思いつかない。自転車で全力疾走してきたせいか血液が脳にまで回らない。それでも何か言わなくちゃ。
「あー、あの、それじゃとっておきの小話をひとつ。隣の囲いに、塀ができたんだってねえ、へーい」
われながらしょーもない小話だった。ところがカッパゴリラはぷっと笑ったのだ。
「あ、笑いましたね、先生」
あずがそう言うとカッパゴリラはもう堰を切ったように、ひゃっはっはは、と笑い出した。
「こいつはまいった。ひゃははは、おなかの皮がよじれるぞ」
「そんなにおもしろかったですか、じゃあもうひとつ、この帽子ドイツんだ、中国製」
「ふおっほほほほ、やめてくれ、ひゃっはは、こりゃたまらん」
カッパゴリラはもうたまらんという感じで体をよじって笑っている。こんな単細胞だとは思わなかった。
「これで見逃してくれるんですよね」
「しょうがないなあ、今日のところは見なかったことにする」
「ありがとうございます」
「もう遅刻するんじゃないぞ。毎朝チェックする俺の身にもなってみろ、めんどくさいんだから」
「はい」
あずは深く頭を下げて自転車を押して校門を通過する。あの熱血教師のカッパゴリラの口から、めんどくさいなんて言葉が出てくるとは思いもしなかった。なんにせよ遅刻を見逃してもらえたのはラッキーだ。なんだか今日は幸先がよいぞ。




