呼ばれて飛び出て貧乏神
「あんた、だれ?」
あずはそばにあった箒をたぐり寄せて握った。
「あ、いやあ、おぬし、わしが見えるのか?」
仏像のおじいさんは、とぼけた声で口を利いた。
「しゃべれるの? 仏像かと思ったら、もしかして人間?」あずは問いかける。
「仏像のようで仏像でない、べんべん、人間のようで人間でない、べんべん、それは何かとたずねたらぁ~」
しわだらけの顔をゆがめ、おじいさんは変な節回しでそう言った。
「なんなのよ」
「まあ、なんでもいいじゃないいか。そんな細かいことは気にするな」
「気にするわよ、なんでこんなところに隠れているの?」
「隠れているというか、住んでいるというか」
「住んでる? 勝手に住んでるの?」
「勝手にというか、だれにもないしょで、というか」
「それを勝手というのよ、いつからここにいるの?」
「そうだなあ、こないだから」
「こないだっていつよ」
「ほら、浦賀にペリーとかいうおっさんが黒船でやってきて、大騒ぎになったじゃろ」
「え? いつの話よ、それって大昔でしょ、歴史の授業で習った気がする」
「大昔ってほどでもないじゃろう、わしにとっては、ついこないだの出来事じゃ」
「何言ってんの、あたしがうまれるずっと前よ。まさか、黒船の騒ぎを見たの? それだったらおじいちゃん、すごい歳じゃない」
「まだまだ若いもんには負けんぞ」
おじいさんはあいかわらずとぼけた声だった。
「ずっとこのタンスで暮らしてるの? どうして?」
「ここは居心地がいいからなあ」
「でもせまくて窮屈でしょ?」
「せまくて窮屈なところが好きなんじゃ」
「変わってるのね」
「そんなことより、そのそばにいる毛むくじゃらのけだものを何とかしてくれんかのう。わしはそいつが苦手なのじゃ」
あずはドンキチを見る。ドンキチは背中の毛としっぽを立てて今にも飛びかからんばかりに相手をキッとにらんでいる。
「ドンキチ、おちついて。このおじいさん、あたしの勘だけどそんなに悪い人ではなさそうよ。なにか事情があるみたい、ちょっとお話したいから、おとなしく待っててね」
ドンキチはあずの声を聞くとちょっとだけ臨戦態勢をゆるめた。
「そもそもなんでタンスの中で暮らすことになったの?」
「なんでだったかのう、そんなことは考えたこともないので覚えてもいない」
「ずっとタンスと一緒?」
「そうだなあ」
「そうすると、もしかしてこのタンスと一緒に、あちこち移動してきたのかもしれないわね。おじいさんがこの中にいるなんてことをパパはぜんぜん知らずにこのタンスを仕入れたのよ、それであたしのところにやってきた。ここに来る前はどこにいたの?」
「同じような店だったなあ」
「骨董屋さん?」
おじいさんは枯れた木のような頭をこくりと動かした。
「もっと大きくて、きれいな店だったけどなあ」
「大きなお世話よ」
「だけどつぶれてしまった」
「え? つぶれちゃったの? どうして?」
「さあ、どうしてだか」
「不景気のせいかしら。円高とかデフレとか言うんでしょ」
「その前はたしか田園調布ってところにいたなあ」
おじいさんは華やかだった過去を振り返るように遠い目をした。
「そこってお金持ちが住むところじゃない?」
「そうだったなあ、大きなお屋敷で、部屋がニ十もあって、お手伝いさんが日替わりで五人も勤めていて、ご主人は不動産会社の社長さんで、長者番付にも載っていたなあ。骨董品を集めるのが趣味で、コレクションには何億円も使ってたなあ」
「すごーい」
「だけど、そこもいつの間にか、つぶれちゃったんだよなあ」
「そこもなの? おじいさん、ついてないわねえ」
「もともとこのタンスは、帳場箪笥といってなあ。帳場ってのはわかるかい?」
あずは首を横に振る。
「お店の中でお客さんが支払いをする場所のことじゃ」
「それじゃ、ここ?」とあずは、レジスターのある場所を指差した。
「まあ、そうじゃな。お金の出入りは商売人にとってはなにより大切なことじゃ。売った商品の代金を受け取ったり、お釣りを渡したり、仕入れた商品の代金を払ったり、いろいろ大変じゃな。それで帳簿ってのをつけるじゃろ。そうしたことをする場所のことを帳場というのじゃ」
「そういうの時代劇で見たことあるわ、番頭さんがお金を計算して、筆で紙に何かを書いていたの」
「うんうん。そういう部屋に備え付けられていたタンスのことを帳場箪笥というのじゃ。だからわしは、この扉の隙間から、金を勘定する人間の姿をじっと見続けてきた」
「大昔っから?」
「そうじゃなあ。大きな旅籠屋もあったなあ。ずいぶん旅人でにぎわっておった。呉服屋にいたこともあったなあ。きれいな着物を並べて豪勢な商いをしておった。そこの主人にはお妾さんが三人もいた。料理屋にいたこともあったなあ。老舗の料理屋で板前さんが二十人もいるような大きな店じゃった。あそこも繁盛しておった」
「立派なお店ばかりじゃない」
「だけどみんなつぶれてしまった」
「えー? なんで? まるでおじいさんの行くところすべてつぶれているみたいじゃない」
そう言ってからあずはなにかに気づいた。お店がつぶれたってことはみんな貧乏になったってことでしょ、それがおじいさんのせいだとすると、まさか。
「おじいさん、もしかして貧乏神?」
「失敬な。わしが行く先々で貧乏を味わったのはたしかであるが、それは栄枯盛衰と申してな、人の世の習いで栄えあるもものはいつか滅ぶ、繁盛していた店だっていつかつぶれる、そういう習いに従ったまでのことで、わしのせいなんかじゃない」
「だけど、おじいさんが住み着いたところがみんなつぶれちゃうなんておかしいわよ。やっぱ、おじいさんが原因なんじゃないの?」
「そんなことはない」
「でも貧乏が好きなんでしょ」
「うん」
「そうだと思った。おじいさん、やせててみすぼらしくて、活力とか気合とかぜんぜんなくて、見るからに貧相なんだもの。まわりの人たちの英気を吸い取っちゃうのよ、それで貧乏神が住みついた家はみんな貧乏になっちゃうの」
「ここは、いごこちがいいなあ」
貧乏神はまるで温泉にでもつかったような顔で、そうつぶやいた。
「たいへん、次はあたしの家が貧乏になっちゃうわ」
「もとから貧乏なような気がするけどのう」
貧乏神はお店の中をぐるりと見回してそう言った。
「それはそうだけど、これ以上貧乏になったら困るわよ。お願いだから出て行ってくれませんか」
「そんなことを言われてものう、わしはただこのタンスに住んでいるだけだから」
「他のタンスに引っ越してよ。よその家にはもっと住み心地のいいタンスがあるかもよ」
「そうはいかないのじゃ、このタンスを離れることはできないのじゃよ」
「誰かがこのタンスを買ってくれれば、それにくっついて一緒に出て行くってわけ?」
あずはタンスについている値札を引きはがして、500円と書かれた値段に赤いマジックで×をいれた。そして、0円に書き換える。
「ありゃりゃ、タダで追い払うつもりか」
「タンスを引き取ってくれる人がいるなら、こっちがお金を払ってもいいわ」
「ずいぶん嫌われたもんじゃなあ」
「貧乏神が好きな人っていないわ」
「どうやらわしについての、誤ったイメージが広まっているみたいだなあ。わしはべつに人に害を与えたりせんのじゃ。だれのじゃまにもならないように、おとなしくひっそりと住み着いているだけじゃ。このタンスの中のせまいスペースさえあれば、満足じゃ。ここで日がな一日、ぼけーっとしていて、眠たくなったら眠るだけじゃ。いびきもかかないし歯ぎしりもしない。いったん目を閉じたら死んだように眠る」
「きもちわるいんだけど」
「遊びたいとも思わないし、何を見たい、何を食いたいというのもない。若い娘さんがいたからとて、ちょっかいを出そうなんて気もない。もう欲望も枯れ果ててしまって仙人のような心持ちじゃ。ただちょっとその家を貧乏にするだけで」
「それが悪いのよ、仮にも神様なら人を幸せにしてよ」
「貧乏というのは、なれてしまえばそんなに悪いものではないぞ」
「不幸だわよ。貧乏から抜け出したくてみんなせっせと働いているのよ」
「そんな無理をしないでいいじゃないか」
「そういうわけにはいかないの。ねえ、お願いだから出て行って」
「しかし不思議じゃのう」
「なにが」
「わしの姿を見たのはおぬしが初めてじゃ。人間にはわしの姿は見えないはずじゃがのう」
「そうね、どうしてこんな奇妙な生き物が見えるのかしら」
おじいさんの視線があずの顔に向けられる。
「そのメガネ、ちょっとはずしてみて」
そう言われて、あずは自分がさっきのメガネをかけたままなのに気づいた。明治の文豪モデルの丸メガネ。あずはメガネをはずした。
「あ、見えない。おじいさんの姿が消えた」
メガネをはずすと目の前には時代物の箪笥があるだけだった。あずは再びメガネをかけた。
「やっぱりそのメガネのせいじゃ。そのメガネをかけるとわしの姿が見えるようになるんじゃ」
おじいさんの姿が目の前に現われて、しゃべる声が聞こえた。
「貧乏神の姿が見えるメガネ?」
「貧乏神とはあんまりじゃ」
「それならなに? 妖怪? モノノケ?」
「せめて、妖精と言ってくれんか」
「それはいくらなんでも妖精に失礼よ。妖精というのは透明な羽をもつ天使みたいな美少女のことよ」
「それも偏見じゃよ、こういう妖精だっている」
「いないわ、あたしは認めない。きっとディズニーだってサンリオだって認めないわ」
「まあ、しょうがない。そんなおかしなメガネさえかけなければ、わしの姿も見えない。今までどおり、わしのことなんか気にせずに暮らしていけばいい」
「それはむりよ、あたしは知ってしまったもの。もう知らなかったことにはできないわ」
あずはそう言って唇をとがらせた。ドンキチがにゃあと鳴いた。




