2話 再会
あの日以来、変なモノが見えるようになった。
得体の知れない、とても奇妙なモノが。
道を歩いているだけで、ソレに会う。
ソレの姿は大きさも見た目も様々だが、なんとなくソレの仲間だとわかる。
目は一応合わせないようにしているが、あっちから合わせてこようとするから不思議だ。
楽妖町に行ってから見えるようになったのだから、楽妖町が原因だと考えていいだろう。
…けど、こんなの楽妖町にいたっけ?いや、いなかったはず…。
危害は加えてこないためとりあえずほっといておこう、という結論に至り、私は気にせずに生活することにした。
…そう決めたはず…だったんだけど。
「じゃあ、ハルちゃんが水に顔突っ込むまであと10秒〜」
ニヤニヤしながら中山さんが宮本さんに合図する。
…お楽しみ中のところ悪いんだけど、後ろ…。
そう言いたくなるのをグッとこらえ、私はバケツの水に映る自分を見ていた。
幸薄そうな顔してるな、コイツは。
「3、2、1!」
宮本さんと花が、私の頭を水の中へ沈める。
…あ、結構苦しい…。
抵抗しようともがくものの、二人がかりで押さえつけられているためどうにもならなかった。
待って、本当にギブ…‼
意識がぼんやりとしてきた頃、やっと水から頭を上げられた。
「さすがに死んだらまずいもんね〜」
「ね!」
「ゲホッゴホッ」
私は咳き込み、喉を抑えた。
…何が死んだらまずい、だよ。いっそのこと私を殺して、捕まってしまえばいいのに。
いや、まだ生きたいけどさ。
私はチラリとミナミを見た。
ミナミは楽しそうに私を見ていた。
その後ろには、たくさんの目を細め、楽しそうにしているアレがいる。
あの様子だと、多分ミナミはアレに気づいてないのだろう。
私は溜息をつきたくなった。
ソレはスライムを柔らかくした感じで、ウニョウニョして黒い。赤い目玉がたくさんついていて、その目は血走っている。
…こんなモノを見せられてる私の身にもなってほしい。
今度は本当に溜息をついた。
「溜息つけるくらい余裕なんだね〜四ノ宮さんは」
「…別に、余裕じゃない…」
「えー、どうかな〜?…じゃあ、場所トイレにでも変更する?」
自分の顔が険しくなるのがわかる。
便器に顔を突っ込ませる気なのだろう、中山さんは。…この人に人間の心はあるのか?
「今日はそのへんでいいでしょ、中山」
ミナミが腕組みをしながら歩いてくる。
その動きに合わせ、奇妙なモノもついてくる。
ミナミに付いてくるってことは、取り憑いてる…ってことなのかな。
よくわからないけど。
「えー!こっからが本番なのに〜…」
「ごめんって。続きは明日」
「…まぁ、西原さんがいいならいいけど…」
中山さんは納得がいかない、という表情をして渋々私から離れた。
花や宮本さんも私から離れ、ミナミの側へ集まった。
中山さんが一番私をイジメるけど、あくまで主格はミナミなんだ。
そのことに苛立ってくる。
…アイツさえいなければ、こんなことにはならなかったのに…。
私は4人にバレないように唇を噛んだ。
校舎を出て、校門に向かう。
ちらりと校庭を見ると、部活動をしている生徒達の姿が目に入ってきた。
「やった!タイム上がった〜!」
「これだったら入賞できるかも!」
汗を流し、嬉しそうな顔で話している。片方は、自分のことじゃないのに自分のことのように喜んでいた。
「じゃ、走りに行くぞー」
「へーい」
部長の声かけにふざけて返事をし、皆に笑われている男子。
そして、とても楽しそうにして走って行った。
「すごい!この一週間で上達したね!これなら全国目指せるよ‼」
「やったー!」
「目指せ全国!」
「オー!!」
同じ目標に向かい、成長していく。
私も少し前まではあの場所にいたはずなのに、なんだかとてもキラキラして見える。
――四ノ宮はこの部のエースだよ!本当に!―――
――頼むよ!エース!――
あんな言葉、私を都合よく利用する為に言っただけだったんだ。
…何がエースだよ、クソ。
地面に転がっている石を蹴る。
石はコロコロと転がっていき、排水口の中へ落ちて行った。
バスに乗り、家の最寄り駅で降りた。
空は茜色に染まり、私の影を伸ばす。
私は、薄暗い道を早歩きで通った。
掃除が長引いたからな…。早く帰らないと、夕飯に間に合わない。
間に合わなかったら間に合わなかったで、きっとサランラップでもかけて残しておいてくれるだろうが、そのために会話するのは嫌。
歩いていると、公園が目に入った。
あの公園はいつも薄暗くて苦手で、いつも通らなかったけど…。あの公園を通ったら、早く着けるよね?
それにもうこんな空の色だし、暗いも何も無いよね。
私は公園の中へ足を踏み入れた。
電灯がチカチカと点滅しており、薄暗い。
…やっぱり、苦手だ。
早く通り抜けよう。
走って通り抜けようとして、顔を上げると前のベンチにいる人が目に入った。
自分が、目を丸くして驚いたような表情をしているのがわかる。
なぜ、そんな反応をするのか。
それは、目の前に以前楽妖町で助けてもらったあの狐の妖怪がいたからだ。
何でこんなところにいるのだろう。
そんな疑問が飛び出してきたが、それよりも気になるところがある。
彼がとても疲れたように眠っているところだ。
…大丈夫かな?眠ってるんじゃなくて死んでるとか、そんなことないよね?
私は妖怪に近づこうと、一歩足を前に踏み出す。
その時だった。
突然妖怪の後ろに、ドスンッという音をたて何かが着地した。
私はソレを見て、ハッと息を飲んだ。
肌色の大きなひょうたんのような体に、その体格に見合わない細い手足。
大きな真っ赤な唇に、大きな一つの目。
間違いなく、アレだ。
私が動けないでいると、ソレは狐の妖に向かって大きく口を開いた。
口の中には、大きな歯がずらりと並んでいて、その奥にはまるで血に染まったかのような赤い舌。
食べるつもりだ。
そうわかった瞬間、私は空き缶をソレに向かい、投げていた。
空き缶はソレに当たらなかったものの、地面に転がり音を出した。
その音に気づき、ソレはゆっくりと私の方を向く。
…やば、そのあとのこと全く考えてなかった…!
早くしないとあの人が食べられてしまう。
早くしなければ、早く早く…!と、だんだん焦ってくる。
焦っても何も良い案は思いつかない。とは言っても、この状況で落ち着けと言われたところで落ち着けるわけがないのだが。
そして、口からポロリと言葉が漏れてしまった。
「わ…たしの方が、美味しい、から…」
詰んだ。
…いや何言ってんだよ。
そもそもコイツに言葉が通じるかもわからないというのに。
それに私に注意を向けさせたところで、私にはどうすることもできないのに。
私が美味しいかなんてわかんないし。
いやそこじゃないし。
焦り過ぎて、まるで脳が何かで掻き回されたかのように思考がグチャグチャになっている。
もちつけ、私。
…もちつくのか?私。
とりあえず自分がすごく焦っていることはわかった。
よし、自分が何をすべきかを考えよう。
そこから始めよう。
私はソレを見た。
大きな真っ赤な口が、ニタリと笑った。
…‼
背筋が凍る。
公園から出たいと叫ぶ足を抑え、その場に踏ん張る。
ソレは、ベンチの縁から降りた。
そして、四本の手足を使い、ものすごいスピードで私の方へ来た。
待ってまだどうすべきかも決めてないんだけど⁉
化物が大きく口を開き、私に飛びかかる。
私は姿勢を低くし、反射的に横へ逃げた。
化物は、私がいたところの後ろにあった植物に顔を突っ込んでいた。
この化物を倒すなんてことは無理だ。
すべきことは決まった。あの人を連れてアレから逃げる!
まずはあの人を起こそう。
走ってベンチに向かっている内に化物は、やっと植物から体を抜いた。
化物はキョロキョロと辺りを見渡し、私を見つけるとまたニタリと笑い、ゆっくりと方向転換をするとまた猛スピードでこちらへ来た。
早!
こんなんじゃすぐ捕まえられてTHE・ENDだ。
でも、こんなわけわからない化物に喰われて死ぬのは避けたい…‼
それにまだ、助けてもらったお礼あの人に言えてないし!
「っうわ、」
化物の手が伸びてくる。
私はまた横に逃げ、そして化物は植物へ突っ込む。
するとまた化物はゆっくりと方向転換をし、また猛スピードでこちらへ向かってくる。
どうやらこの化物は、方向転換や咄嗟の行動に弱いらしい。
なら、勝機はあるかもしれない…!
化物を避けながら、公園に何があるかを見る。
そして、ある遊具に目を留めた。
…あの大きさは多分丁度いい。それにアイツは咄嗟のことにはついていけないんだし、引っかかるはず。
化物をアスレチックと反対の植物へ誘導し、植物へ突っ込ませる。
それで時間を稼いでいる間にアスレチックの側へ行く。
アスレチックは木製の柱で支えられている。
ここはアスレチックの滑り台の下で、その滑り台を支えるために四本の柱があり、その柱は四角く並んでいる。
二本の柱の間には、その柱と垂直になるように一本の棒がある。
…ここに挟まってくれれば、上手くいく。
化物は、一直線にこちらへ向かってくる。
そしてアスレチックに突っ込むギリギリのところまで化物が来た瞬間、後ろの二本の柱の間の棒を飛び越え、横へ逃げる。
化物は私の一瞬の動きについていけず、アスレチックに突っ込む。
そして、また私を探そうと目をギョロギョロと動かす。
その目は私をとらえ、またニタリと笑い、こちらへ向かおうとする。
が、アスレチックから出れない。
そう、化物は私の狙い通り二本の柱の間に挟まってくれたわけである。
化物はひょうたんのような体をしているため、真ん中の細い所までは入れてしまう。
出てこれるのも時間の問題だ。
私はベンチに駆け寄り、狐の妖怪を揺らした。
「起きて、起きてください!!早く!!!」
大声でそう言うと、「んぁ?」と言いながら、その人はベンチから体を起こした。
「!お前、前の――」
「そんなことより、ここから逃げましょう。見えますか、アレ!?」
私はアスレチックに挟まってジタバタともがいている化物を指差した。
すると、妖怪は「ぶっ」と吹き出し、笑い始めた。
「なんだあれ!お前がやったのか?」
「え…そうですけど…」
妖怪はパーカーに両手をつっこみ、化物に近づく。
「!危ないです、は、離れてください!」
「大丈夫だから、そこで見てな」
まだ少し笑いながら、妖怪はポケットから何かキラリと光るものを取り出すと上へ投げた。
するとそれはみるみる内に大きくなり、大きな鎌になった。
まるで死神が使うかのような鎌で、私にはそれがとても綺麗に見えた。
それをキャッチし、助走をするかのように、妖怪は走り出した。
そして、ジャンプすると同時に、鎌を大きく振りかぶった。
化物に、鎌が突き刺さる。
「ギャアアアアアアアアアア」
化物の声が公園中に響き渡る。
そのあまりの大きさに、私は耳を塞ぎ、反射的に目もつぶってしまった。
次に目を開けた時には、もう化物の姿はなく、あの大きな鎌も無くなっていた。
驚いている私の前に、狐の妖怪が来た。
「俺、今日一日中アイツに追いかけまわされてたんだ。お前のおかげでアイツを倒すことができた。ありがとな」
「あ…いえ…」
追いかけ回されてたとは、どういうことなのだろうか。
確かにあの化物は妖怪を狙っていたけど…。
何かしたのだろうか。
「ところで、お前なんで餓軀が見えたんだ?普通の人間には見えないんだけどなァ」
うーん、と考え込む狐の妖怪。
さっきあの化物を瞬殺した妖怪には見えない。
「…私にもわかりません。私のクラスメイトも、見えてないようでしたし…。あの、ところでがく?って何ですか?」
「ああ、餓軀っつーのは、人間や妖、それから神や神器の負の感情が集まってできたやつだ。」
負の感情…?
それに神とか何か中二病っぽいな…。
「そいつらは、人間と神器の欲を栄養としている。」
「欲を、栄養に…ですか。」
「ん〜まあ、欲っていってもそれは、世間一般的に見て悪い欲望のことだなァ。…それを持っている奴は餓軀にその欲につけ入られ、取り憑かれる。そして餓軀は欲を喰う。…欲を喰われた人間は、死ぬ」
「…欲を?欲望なんて食べられただけで、なんで死んでしまうんですか?」
逆に欲なんて食べられたほうが良いのではないのだろうか。
「そいつの欲全部喰っちまうから死ぬんだよ。だって、欲っていうのは、〜したいってことだろォ?例えば、食べたい、歩きたい、とかそういうのも無くしちまうんだ。…まともな人間の生活なんて送れやしない。そして、やがて死ぬ」
そんなモノがいたなんて、全く知らなかった。
先程の餓軀を思い出し、私は少し気持ちが悪くなった。
「…妖や神?は何を食べられるんですか?」
「んー…喰われるわけではないんだよな。普通に生活してても、妖とか神ってだけで取り憑かれて…一週間くらい経っちまえば餓軀と同化して、新しい餓軀になる。…ちなみに、妖や神で悪い欲を持っている奴は、自ら餓軀になっちまう」
餓軀と、同化…。
そんな死と隣り合わせで、この人は生きてきたんだ。
いや、この人だけじゃない。妖怪達は全員そうなんだ。
「しっかし、本当に何で見えたんだろうなァ?やっぱり…」
最後らへんの言葉がよく聞こえず、私は首を傾げたが、狐さんはそのことについては話さないつもりのようだ。
「ま、餓軀が見えたりあの町に入れたんだから、お前はただの人間じゃないってことだ」
「ただの人間じゃないって…なら、私は何なんですか…?」
「さぁな。そこまでは俺にもわかんねーや」
妖怪はくるりと私に背中を向け、ヒラヒラと手をふり、歩いていく。
だが、しばらくして立ち止まった。そして、私の方を振り返った。
「もうお前に会うこともねぇかもしれねぇからな。今のうちに、もう1回言っとく。ありがとな」
「はい」
妖怪は、暗闇の中へと消えて行った。
…あ。
結局、お礼言えてない…。
ま、いっか。
妖怪はああ言ってたけど、私は違う。
なんだか、また会えそうな気がするんだ。
私は暗い帰路を軽い足取りで進んだ。
2話を読んでくださりありがとうございました。