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『オドオド侍』 その1  作者: 美樹香月
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落語家 三遊亭円朝始末記

三遊亭円朝。寄席で落語を語る日々だが、ひとたび江戸に難事件が起きれば剣をその手に闇を斬る。全22話。根津神社には化け物が出るという。剣豪を自称する黒田藩士の正之進は、居酒屋に勤めるお弓を警護する約束を交わすが、さっそく根津神社の森に化け物が現れた。かたき討ちのために江戸にやって来た正之進は、辻斬りと勝負に及ぶ。化け物退治と、辻斬りと、かたき討ちに、落語家・三遊亭円朝は何を語り、何を斬る。

『オドオド侍』その2


夏の夜は短いが、長い。

短いのは日の出が早く、日の入りが遅いからだ。


長いのは、寝つかれないからである。

路地裏長屋などは、熱気の吹きだまりで、逃げ場を失った暑さが、とぐろを巻いて室内に座り込む。そこにやぶ蚊が追い打ちをかける。


眠ろうにも眠れない。文字を読める者は、滑稽本か黄表紙でも手に取るがいらつくばかりだ。


行灯の明かりでは、暗すぎで本など読めない。かといってろうそくは、高価で手が出ない。


寄席に行けば、わずかな木戸で、ろうそくの明かりを拝める。本の文字を追わなくても、噺家が世情や人情や色恋沙汰を語ってくれる。


しかも、麦茶や団扇まである。眠くなれば身体を投げ出して、横たわっても他の客は文句を言わない。もっともいびきなどかけば、叩き起こされるのが関の山ではあった。


そうした庶民が席を寄せるから、寄席と呼ばれる。


だから大店の主人や、武士は寄席の客ではなかった。


寄席は庶民の憩いの場で、夏は涼しく、冬暖かくその日の客を迎えてくれる。そうしたものであった。


夏の寄席の夜席となれば、怪談噺がお定まりで、次々と怪談噺を創作する三遊亭円朝は、どこの寄席からも、是非にもと招かれる。


ゾッと背筋が凍る噺を聞いて、涼み代わりにしようという客たちが寄席に集まる。


円朝にとってもあちらこちらの寄席を掛け持ちして、怪談噺を語ることが、夏の風物詩となっていた。


そうしたもので、円朝は末広町の薫風亭で、創作した怪談噺を語っている。


『牡丹灯籠』である。


旗本の飯島平左衞門の娘、お露は美男の浪人、萩原新三郎と出会い、互いにひと目惚れをする。


お露は新三郎に恋い焦がれ、あまりの恋しさに患いの床につき、あえなく息を引き取った。


乳母の老女のお米も、あの世のお露の世話をしなければと、あとを追って死んでしまう。

ことの次第を聞かされた新三郎は、数珠を両手にお露の成仏を念じる日々を送っていた。


萩原新三郎は、浪人の身の上ながら、貸家を数軒所有していて、生活の金子には困らない身分。


貸家に暮らす伴蔵を下男として、身の回りの世話一切を伴蔵の女房、お峰とともに任せている。


お盆の十三夜のことである。新三郎の家を訪ねて来る者がある。


「カラーン、コローン。カラーン、コローン」


夜の静寂のかなたから、下駄を鳴らす音が近づく。


「カラーン、コローン」


新三郎が気がつくと、死んだはずの乳母のお米が捧げ持つのは牡丹灯籠。


その後ろをやはり死んだはずのお露が下駄を鳴らしてやって来る。


死んだと聞かされた二人が訪ねてきたことに、驚きながらも招き入れ、おのれを恋しいと言ってくれるお露を、新三郎も恋しいと応えて、お米が部屋の隅で遠慮を配る蚊帳のなか、いだき合う二人であった。


それを下男の伴蔵が覗いていた。


蛍飛び交う蚊帳のなか、新三郎が抱いているのは、破れた着物にうじが這い、埋められた後に朽ち果てた、


「骸骨だったのでございます」


円朝が、男前の萩原新三郎が女を抱く姿から、抱かれてあえぐ朽ち果てた骸骨の女をその

顔に浮かべた。


「ひぇえぇーっ」


と客席から声があがった。


あまりの大声の悲鳴に、客までがゾッとして、振り向く客席のまっただ中に、寄席には不釣り合いな若侍のおびえた姿があった。

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