大好きな人。
「『恋する気持ちには共感できる』……!?」
「カイ、落ち着いて」
これが落ち着いていられるか!
それはつまり、ゲルトラウデに、俺のゲルトラウデに、想い人がいるという事だ。
おまけにあいつが読んでいた本は、確か上位貴族との恋物語ではなかったか。
つまり、俺に勝ち目はない。
「まさか……ノービレ伯爵令息か?それともラフィネ侯爵令息……ツァールト伯爵令息の可能性も……」
「だから落ち着いてカイ」
「これが落ち着いていられるか!」
「…ねえカイ、なんでカイはそんなに荒れてるのさ」
「そりゃあいつに好きな人が」
「だーかーらー、なんでゲルトラウデちゃんに好きな人が出来るとカイが慌てるのって聞いてるんだよ?」
「俺はあいつの婚約者だから当然だろ」
「婚約者でも、婚約解消すればいいだろう」
「それは……」
「カイ、いい加減ゲルトラウデちゃんの事好きなの認めたら?」
「俺は別にそういう訳じゃっ!」
「誤魔化さない!」
「……そうなのかも、しれない」
「ならさ、それを本人に伝えて来たら?」
「……あいつは、俺の事嫌いだろ」
「そうでもないかもよ?」
「あー、もう、分かったよ!」
俺は何が何だか分からなくなって、走り出した。
あいつは俺の事を嫌っているだろう。
でも、やっぱり俺はあいつの事が好きだ。
婚約してから十一年も経って恋をするというのもおかしな話だが。
いや、気付いていなかっただけで、恋はしていたんだろう。
「……そういえば、あんな事もあったな」
気が付けば、足は花屋へ向いていた。
「御機嫌よう」
……また可愛げのない反応を返してしまうなんて。
「久し振りだな、ゲルトラウデ。今日はお前に渡したい物があって来た」
…相変わらず彼は今日も素敵で、わたくしは何も言えなくなりそうな口を無理矢理動かして会話を続けようとしました。
「渡したい物ですか?」
渡したい物とは一体何でしょうか。
……考えたくはありませんが、やはり婚約解消のための書類でしょうか。
例えそうだったとしても、当然の報いでしょう。わたくしと彼は、どう考えても釣り合っていないのですから。ならば、わたくしのすべき事は、大人しく身を引く事。
「分かりましたわ、今サインを――」
「一年早いが、言わせて貰う。俺と結婚してくれないか」
「――え、」
「お前は俺以外の男を好きなのかもしれないし、俺の事が嫌いかもしれないが……俺は、お前の事が好きだ」
彼が差し出している赤い薔薇の花束とその言葉の前に、わたくしは混乱して動けなくなってしまいました。
「俺は騎士だから、身分としては釣り合っていないかもしれないが……幸せにするから」
こんな幸せな事があるのでしょうか。
都合の良い夢なのではないでしょうか。
「……駄目か?」
「……わたくしで、いいのですか?」
「お前だから、いいんだ!」
何と返していいか分からなくて、それでも一言、どうにか捻り出しました。
「喜んで、お受けします……!」
こうして、俺達は晴れて両想いになった。
あいつの冷たさが照れ隠しだと知った時は流石に驚いたが、そうと知ってみると今までの反応も可愛く思えてくる。
「お待ちしていました、……カイ」
「待たせた、ゲルト」
俺の事を名前で呼ぼうとしないゲルトに対して「昔みたいにカイと呼べば良いだろ」といってから、あいつは俺の事をそう呼んでいる。本人は恥ずかしいと言っているが。
その時に「なら私の事もゲルトと呼んでください」と言われたので、俺もあいつの事をそう呼ぶ事にした。相手にとっての特別な存在になれた気がして、中々気分がいい。
「でも、わたくしがカイ以外の人を好いていると思われたのは驚きでした」
「……お前が、恋していると言うから。てっきり俺は嫌われていると思っていたからな」
「恋している?そんな事を言った覚えは……」
「ほら、図書館で……ああ、あの時は変装してたな、俺」
「図書館って……あの方は、カイだったの?」
「ああ。リョートの力を借りた」
「ふふ、なら、リョートにはお礼を言わなくては」
「いやー、拗らせてる契約者を持つと苦労するね。でも何とかなって良かった良かった!」
~この時あったかもしれないお話~
ゲ「カイ、こんなに沢山ありがとうございます」
カ「…薔薇の花束渡すって、約束してただろ」
ゲ「これ、一体何本あるのでしょう?」
カ「百七本」
ゲ「百七本?中途半端ではありませんか?」
カ「一本は、先に渡してあるからな」
※意味が分からない方は「薔薇 本数 意味」で検索すると分かるかと。
これにて本編完結です。ご愛読ありがとうございました。