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悪徳の五 農業組合


 エルフ。

 王国内の深い深い森の中に暮らす妖精の一種。

 彼らは人が築き上げた文明と距離を置き、あらゆる面で人とは違う社会を作っていた。

 それが変化したのは、魔王の復活に伴う魔物たちの活発化だ。

 エルフたちが暮らす聖樹の森はエルフたちが崇め奉る聖樹の結界によって守られていたものの、一部の強力な魔物はその結界さえ超えてエルフたちを脅かした。

 彼らは存亡の危機に立たされ、森を捨てるか森と共に滅ぶかの瀬戸際へと追い遣られる。

 そこに現れたのが、エルフの持つ古の知識を欲した勇者一行だった。


「リーニはどこですか?」

 街の片隅で煙草を吹かしていた辻馬車の御者は、突然向けられた問いに目を丸くした。

 問いの主は、ローブを羽織った長髪の女性。輝かんばかりの美貌に、一瞬だけ御者は呆けた。

「おおっと!」

 彼は落としそうになった煙草を一気に吸うと、客に向けるための笑みを浮かべる。

「ええと、どこのリーニさんでしょ」

「リーニはリーニです。どこにいるのですか?」

 まったく話が通じない。

 とんでもない奴に話し掛けられてしまったと御者が逃げる算段をし始めたちょうどそのとき、彼は真っ直ぐ頭の横に伸びる彼女の耳に気付いた。

「もしかしてお客さん、エルフさんでいらっしゃる?」

「自ら名乗ったことはありませんが、そう呼ばれているのは知っています」

「なるほど、そりゃ色々ご存じないのも無理はないですなぁ」

 御者は相手がエルフと分かると、故郷から出てきたばかりの田舎者を相手にするような態度に切り替えた。

 人生の中でエルフに会う機会などそうあるものではない。ここはひとつ、同業者との話の種を作るためにもお近づきになりたい。

「それで、そのリーニさんという方ですが、どんな方です?」

「わたしたちの森にきたリーニです。あと、これをくれました」

 そういってエルフは自分の左手の小指を示す。

 そこには精緻な細工の指輪が煌めいていた。

 金属加工品を一切身に付けないとされるエルフが、金属でできた指輪をしているというのも驚きだが、それ以上に御者はエルフの言った言葉に驚いていた。

「ほほう……ん? エルフの森に行ったリーニ? それってもしかして……」

「あと、無愛想な勇者と、よく空腹で倒れる錬金術師と、ちんちくりんの魔法使いもいました」

 御者でなくとも、そこまで言われればすべてを察することは容易い。

 このエルフは、勇者の仲間であったリーニを探しにきたのだ。


「アイリアさんや、お前さん、二度と森から出ないとかいってなかった?」

「できればそうしたいのですが、リーニが森で暮らすのが嫌だというならば仕方がないではないですか」

「なんで俺のせいなんだよっ! っていうか、なんで俺が森の中で世捨て人にならにゃならんのだ。まったく……」

 ぶつぶつと文句を言うリーニに対し、アイリアはまったく気にした素振りをみせない。エルフといえば自分に向けられる悪意に敏感だという話だが、あくまで噂に過ぎないということだろうか。

 ローガンは辻馬車の御者に料金を払って――当然のようにアイリアは一枚の貨幣も持ってはいなかった――リーニの部屋に戻ると、突然の来客をどう扱うべきか判断できずにいた。

「リーニは聖樹の試練を乗り越えたのですから、森で暮らす権利があります。遠慮などいりませんよ?」

「遠慮してないです」

「あの、アイリア様。若になんの御用が……」

 ローガンが訊ねると、アイリアは彼を一瞥し、少し考える素振りを見せた。

 エルフは非常に気難しい種族である。ちょっとした発言でもその機嫌を損ねてしまう危険性があった。

 商会の番頭は、自分の質問の方法が悪かったのかと主人に窺うような視線を向けたが、当の商会長はアイリアを気にする素振りもなく、机仕事に戻ろうとしていた。

「若!? お客様の相手をせずともよろしいので!?」

「エルフの時間感覚は独特だからな。そのうち勝手に話し出すだろうさ。それまで放っておけばいい」

「そうですか……」

 ローガンの視線の先で、アイリアは虚空を見詰めて考え込んでいるようだった。

 これ以上は自分の手に負えない。

「――若、なにかあればお呼びください」

「おう」

 アイリアが目的を話し出したのは、四時間後だったらしい。


「えー、エルフ農業組合を作ります」

 翌日、リーニは真剣な表情で部下たちに告げた。

「農業組合ですか、あまり聞いたことのない組合の名前ですな」

 職業ごとの組合は数あれど、農業という大きな括りでの組合は存在しない。

 たが、ワイン用の果樹や薬草など、価値が高い農作物には地域ごとにそれらを管理する組合が存在する場合があった。

「アイリアの説明を要約すると、最近エルフと取引している人間の商人がどうにも信用ならないんだそうだ。なんでもエルフの香草を依存性の高い薬品にして売り捌いているとか」

 エルフは人間社会での自分たちの評価など気にしない。

 しかし、そうした人間の健康を害しうる作物が育てられているとなると、王国も放置できなくなる。

「アイリアの弟がいまの族長なんだが、そこに国王の使者が来て、エルフの森から採れる農産物は人間に渡さないよう要請されたらしい。でも、エルフとしては人間の指図に従うのだけは真っ平ゴメンなんだと」

「ええと、それではさらに被害が拡大するのでは?」

「その通り。人間の指図に従うくらいなら、人間を全員香草依存症にしたほうがマシだとか言ってるっぽいぞぉ。ちっくしょう、厄ネタだぞこれは……」

 リーニからすれば、エルフがなにをしようと関係ない。

 しかし、それはリーニからの視点で物事をみているに過ぎない。

 エルフたちにとって、自分たちの祖先と同じく聖樹の試練を乗り越えたリーニたちは同胞も同然。彼らは国王の使者に、自分たちの代理人としてリーニとその仲間を指名した。

「で、指名された我々ですが、その中で社会的に中立的立場に立つことができて、さらにエルフの作物の流通を制御できる人物は、パーティの中で俺しかいませんでした。はい、残念。ふぁっく」

 吐き捨てるリーニ。

 父親が死んで以来、どうにも運がない。

 思惑はなにひとつ上手くいかず、社会的成功ばかりを手にしてしまった。

(そら、お薬に手を出せば商会潰れるよ。だけどそんな悪評たったら、従業員たちの次の働き口ないじゃん。つまり俺に選択肢はない)

「――そういうわけで、誰か俺の代わりにアイリアと一緒に聖樹の森まで行って、農作物のリスト作ってきて」


 果たして、エルフと人間の仲介役となったリーニたちウェイランド商会は、あまりにも金儲けに無頓着なエルフから農作物をタダ同然で押し付けられ、それを人間の商人や錬金術師に販売することとなった。

 利益は膨大なものとなり、リーニは商会長室で一週間不貞寝した。

 また彼に降り掛かった不幸はそれだけではなく、正式に国王からエルフの森を治める代官として任命されてしまった。

 国王からしてみれば、王国の施政権の下にない勢力が国内にいるのは好ましくないのだ。それを間接的に統治できるならば、一介の商人を代官として任命するくらいどうということはない、と国王は側近に語ったというが、それを信じる者はいない。


「国王陛下にも困ったものだ。婿殿に花を持たせたいならば、素直にそういえばいいものを……」

「いや、公爵家との調整がまだ上手くいっていないらしい。しかしエルフたちは放置できないとなると……」

「なるほど、貴族位叙任は時期尚早だが、代官ならば貴族である必要はないということか。国王陛下も、公爵殿下も苦労されているな」

「はっはっは、若者に振り回されるのも年寄りの仕事というものだ。特に多いに期待が持てる若者が相手ならば、多少の無茶は聞いてやろうという気になる」

「そういえば、貴家はあの街と大きな街道で繋がっていましたな。税収も増えたのでは?」

「ええ、増えましたとも! あの若者に余計な手出しをせぬよう、寄子どもに釘を刺す程度には! わっはっはっは!!」

「羨ましいかぎりですな。そうだ、当家もなにか商売の種を売ってもらいにいくという手も……」

「では、なにかいい話があれば、ご相伴をお願いするということで……」

「ええ、我々の仲ですからね。はっはっは」


 というような事があったのかどうかはともかく、リーニは王国の権力者から横槍を入れられることなく日々を過ごしている。

 頑張れリーニ。負けるなリーニ。

 クローゼットの中で寝るのは、腰に良くないぞ。


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